2月 02 2011
税の確保②
私がいう、課税される人も喜び、多くの人も救い世の中も健全化するという課税とは、度々議題には上りますが、すぐ立ち消えになってしまう「宗教法人に課税」することです。
課税される人も喜ぶというのは、日本の借金が増え国が破綻しそうなのです。困った人を救うのが宗教なのですから、これほど国が困っているのなら、きっと大教団の教祖様たちは喜んで税金を納められると思います。(皆、愛と慈悲の塊の心を持たれた人たちばかりのはずですから)
それに宗教法人に課税すれば、その宗教団体の売り上げや利益がはっきり分かります。すると、あきらかに利益が出すぎている団体など、信者から布施を強要しすぎているのではないかということになり、口では慈悲だの愛だの言いながら、実際の教祖は欲の皮の突っ張った、ただの詐欺師であった、ということがそこの信者たちにもよく分かります。
そうなれば、今まで霊感商法のようなものにだまされていた多くの信者たちも目が覚め、おかしな宗教から足を洗う人もでてきます。
これが多くの人を救い世の中も健全化するという理由です。
実際に、高橋先生の名を散々利用して巨大化したある教団の教祖は、(ただいま離婚協議中でありますが)数千万の腕時計をして愛人をはべらせ、豪遊しているそうですので、こんな教祖の下で何を学ぼうと言うのでしょう。(このバカ教祖はそれがどれだけ恐ろしいことをしているのか、まったく自覚がありません。しかし、高橋先生の名を利用し、好き勝手にやっている者がどれほど恐ろしい目にあうのか、それはいずれ自分自身で知ることになります)
こんな詐欺師のような教祖の下では、何も得るものなどありませんし、金もむしりとられますが、間違ったことを正しいように教えられ、一生間違った人生を正しいと思い込まされて歩むことになりますので、このような人たちは生きている間だけではなく、死んだその後も苦労しなければならず(間違った心のままで死ななければなりませんので、当然地獄行きです)、実際は何一つよいことはありません。しかし、それが本人にはまったく分からないのです。
宗教は阿片とはよく言ったものです。間違った宗教は体だけでなく、心まで蝕んでしまうのです。
宗教法人に課税することは、このような人々も救い、間違った宗教にだまされる人が減れば社会も健全化しますし、一番の問題である恒久的な税が得られることになります。これ以上よい課税はないのではないでしょうか。
何も十パーも二十パーも課税しろと言うのではないのです。ほんの数パーセント課税するだけで、数兆からの税金が毎年入ってくるのです。こちらの増税をやらないで、他のものを増税するのはおかしいでしょう。
この宗教法人に課税する、ということは恒久的な税を得られるということもありますが、一番の目的は、おかしな宗教にだまされている人を救うということです。
寺社奉行制度がない現在、宗教はやりたい放題です。人をだまして金をとっても、それは神様がそう言われたからと言えば、その宗教を盲信、狂信している信者たちはそれをそのまま信じてしまいます。周りが何を言っても聞かないのです。
しかし、その教団が利益を上げすぎていると分かり、より多くの人があの教団はおかしいのではないかと騒ぎ出せば、さすがに盲信、狂信している人たちも、少しおかしいのではないかと気づき目を覚ます人たちも出てきます。
このような、宗教とは名ばかりの詐欺団体を白日の下にさらし、多くのだまされている人たちをも救うのが、宗教法人に課税するということなのです。
新燃岳の噴火が止まりません。なぜ大教団の教祖様たちはそれを指をくわえて見ているだけなのでしょう。大教団の教祖様たちは神や釈尊、キリスト以上の方々がたくさんいられるはずです。(さすがに釈尊もキリストも自分を神とは一度も言われなかったですし)神などと言われている方がいるのであれば、火山の噴火など簡単に鎮められるはずです。宮崎、鹿児島の方々は困っているのですから、新燃岳の噴火を鎮めていただきたいと思っています。
釈尊やキリストでもそれくらいのことはできます。神や釈尊、キリスト以上の方々ならそれくらいのことは朝飯前なのではないでしょうか。もし、そのような方が一人も現れないとなれば、日本にいる教祖は皆偽者ということになってしまいます。大教団の信者の人たちもぜひ教祖様に「新燃岳の噴火を鎮め宮崎、鹿児島の人たちをお救いください」と頼んであげてください。でないと、あなたたちの教祖は偽者と世間の人たちに思われてしまいますよ。
申し訳ありませんが、新燃岳の噴火を鎮めることのできる教祖など、現在の日本には一人もいないでしょう。ということは皆偽者ということになってしまいます(笑)。
マァ私ならできますが……ハハ、冗談です。宮崎県は鳥インフルエンザも拡大しているとのこと、どちらにせよ知事の心が変わらないと収まらないでしょう。



人目の訪問者です。
