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10月 15 2014

思想の転換

11:09 AM ブログ

昨日すずめを撮っていたら凄いことになりました。(かなりやばかったです)

あのすずめがたくさん集まる場所で、そのすずめたちを撮っていたんですが、昨日はいつもよりすずめが集まっていなかったのです。

それで私が「何だ今日は少ないな」とかいいながらすずめを撮っていたら、すずめがあっちから数羽、こっちから十数羽と集まりだして。最後にその場所が(マンションや家などがあるんですが)すずめだらけになり、大騒ぎになってしまったのです。

さすがにあれには驚きましたが、そこのところは動画に撮れております。(私は「やばい」を連呼しています。あまりにたくさんのすずめが集まってきたからです)

その違いをよく観てほしいと思っています。(最初のすずめがあまりいない場面から、一変にすずめが増える場面に動画はとんでいますが。その次から次にすずめがき出した場面は、録画のスイッチが入っていなかったものですから撮れていませんが、しかし、すずめが増えた後もたくさんのすずめが飛んできます。その数の凄さは十分理解していただけると思います)

しかし、こういうことが起きていても、回りで驚く人など一人もいませんでした。その場所は、たしかにすずめが集まる場所ではありますが、わずか十分ほどの間に、数百羽のすずめが集まって大騒ぎになったのです。(もっといたかもしれませんが)

いくらなんでも起きていることが異常でしょう。

普通であるなら(すずめでなく人が)そのような場面に驚き、大騒ぎになるはずですが、何のことはない全然普通でした。こういう人たちの神経が分かりません。(というか、こちらがビビりました。「何だ、こんなにすずめが集まってきて、迷惑だろうと」と怒る人が必ずいますから)

私は、このようなことが表に出て行けば毎日起きるのです。(雨でも降っていない限りはです。魚は飛び跳ねる、鳥はよく鳴かれ集まる。コウモリも寄って来るとそんな感じです)

何でこんなことが起きる人が、そうも悪者なんでしょうか?まったく不思議ですが、動物にかまわれない人の方がよほど悪者です。動物たちは、そのような人の心よく知っているからです。

そういえばこの前、自然科学は遅れている、ということを書きましたが、その自然科学の一分野である生物学もやはり遅れていると思いますよ。

だって、あの進化論を信じているからです。

しかし、人間が猿から進化したという証拠は一つもないのです。(そのような証拠をでっち上げたり、勘違いした事件はいくつもありますが。人骨とオランウータンの顎の骨をくっつけたピルトダウン人事件とか、ラマピテックスの頭蓋骨を人の祖先の頭蓋骨と勘違いしたり〔実際はオランウータンの頭骨〕とかです)

何で証拠がないものを科学者が信じるのですか?

他の人ならともかく、科学者が証拠がないものを信じ、それを平気で発表しているというのは言語道断でしょう。科学者にあるまじき態度であると思います。

もう進化論のおかしさは前に書きましたので、ここで詳しくは書きませんが、恐竜の化石の地層から始祖鳥が発見され、この始祖鳥が鳥の祖先であり、爬虫類から鳥に進化したのであるといわれましたが、それより前の地層から鳥が発見されてそれが間違いであると分かりましたし、馬の祖先とされる小さなエオピックスが段々大きくなり、現代のサラブレッドのように大きくなったと絵が示されていますが、これもまた全くの嘘であったと(生物学者のノーマン・マクベス氏により)明らかにされています。(ヘッケルの「系統発生説」もねつ造です)

猿から人間が進化したという証拠だけでなく、すべての生き物が進化したという証拠が何一つないのです。

それに一番の疑問は、進化途中の中間生物がいないということです。(それにシーラカンスや蛇など何億年も前から全く進化しない生物もいます)

これだけ疑問だらけの(というより進化論の証拠は一つもないのですから)進化論を信じる方がおかしいのであって、早くこんなバカげた説は否定して、人間は元から人間であり、猿は元から猿であり、他の動物も元々そのような姿かたちをしているのであり、進化論は間違いとちゃんと発表しないといけないのです。

この進化論の否定を(一部の生物学者は認めていますが)多くの生物学者が認めないというところも、自然科学が遅れていると思わざるを得ない部分です。

しかし、そのような遅れた理論に縛られているうちに、信じられない現象まで動物たちは現すようになっているのです。(私のこの現象を生物学者はどうやって説明するのでしょうか?)

我々人間と動物は、別々につくられ、そうしてそれぞれの使命を神から与えられ、その使命を全うするため、この世に生を得ているのです。

しかし、その根本(神)はつながっているのであり、神の心をこの世に生を得ているすべての生き物は知っているのである、ということがいずれ多くの人に分かることになります。

私が記録した動画を観れば、鳥や魚が人の言葉が分かり、人の心まで理解できるということが分かるからです。

天変地変だけでなく、動物たちのことまで、これまでの常識がこれから大きく変わることになります。

世は刻々と神の心に近づいています。

いつまでも二十世紀の考えのままでいてはいけないのです。

3コメント

3 コメント to “思想の転換”

  1. ウナッシー2014/10/15 at 12:42 PM

    今日は仕事上のことなのですが、半年位前から体調不良で休んでいる方(院卒で30歳前)がデスクワークから現場である私の職場に来ました。どうやら会社ではそれで様子をみるそうです。直接関わることはないのですが昨日近くにいたので体調不良の話について聞いてみました。朝に目覚めると胃の辺りがムカつき出掛ける頃には、胃酸も一緒にもどすくらいに嘔吐するそうです。しかも夜は眠りが浅く目覚めはスッキリしないようです。
    直接関わることはないのですから話はできませんが折角同じ職場にいるのです。このような方への接し方はどのようにすべきでしょうか。御指南の程宜しくお願い存じ上げます。

  2. gtskokor2014/10/15 at 1:37 PM

    私も同じような体験があります。
    二十年ほど前のことですが、同じ職場の後輩がやはり胃腸が弱い奴で、よく仕事場ではいていました。
    そいつは生まれつき胃腸が弱くて、医者に行って薬をもらっているがよくならないとのことでした。
    それで私はその後輩に(法のことをいっても理解できそうもなかったので)一ヶ月の間だけでいいから、朝、起きた時と寝る前に、自分の胃腸はすでに健康であると健康な自分をアリアリと心に描き「自分の胃腸を健康にしてくださりありがとうございます」と神に祈れといいました。
    一ヶ月の間だけでいいから、そのような祈りを朝と晩に一度づつやりなさいとその後輩にいったのです。
    後輩は医者に行っても胃腸がよくならないので、藁にもすがる思いだったのでしょう。その私のいったことを実践したのです。(私はその間、その後輩の胃腸がよくなるよう祈りました)
    その結果、一ヶ月もしないうちに後輩の胃腸は健康になったのです。
    この通りいくかどうかは分かりませんが、その人を祈ってあげるなら何か奇跡が起こります。愛の心でその人の健康を祈ってあげてください。(少しでもその人に法を伝えてあげると、その効果は一層増すと思いますが、それが無理であれば、黙って祈ってあげることも愛なのです)

  3. gtskokor2014/10/15 at 2:01 PM

    追伸…「その人を通し、法の証明をせしめたまえ」という祈りでもよいと思います。
    そうするとまずその祈りはきかれるからです。

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