10月 25 2014
不思議を起こす者
昨日は、久しぶりに瑞穂競技場の辺りに行ったんですが、やはりそこでも同じようなことが起きました。一年ほど前に行った時とは全然違っていました。そこにいる鳥や魚たちが私のことを知っていたからです。
瑞穂競技場の中には川(山崎川)が流れているんですが、その川岸に下りてみると、その川には大きな鯉から小さな魚までたくさん泳いでいました。
瑞穂競技場には何度か行ったことがありますが、そこの川は橋を渡ったくらいで、川岸まで下りたことは一度もありませんでした。昨日初めて川岸まで下りたのです。
ということは、そこにいる魚たちは私のことを全然知らないはずですが、しかし、その川にいる魚たちはすでに私のことを知っていたのです。(魚たちが、川岸に来る人のことを知っているのかどうかは知りませんが)
そこのところはビデオで撮りましたので分かると思います。私が山崎川の川岸に下りて行くと、最初その川にいる魚たちは逃げていましたが、そのうちに私が「飛べよ」とか「俺のこと知ってるか」とか川に向かい声をかけていると(小魚ばかりですが)あちこちで魚たちが飛び跳ねだしたのです。(山崎川は浅いので、大きな魚たちは危なくて跳ねないでしょうね)
そこの山崎川の魚たちは、岸にいるのが私だと気づいた瞬間から、庄内川や堀川にいる魚同様、飛び跳ねだしたということです。
ということは、私のことをそこにいる魚たちはすでに知っていたということであり、初めて行った川の魚までが私のことを知っていて、よく行く川の魚たちと同じことをやりだすなど、これほど不思議なこともないのではないでしょうか。
そういう奇跡が昨日起きたのです。これは嘘でもなんでもありません。その山崎川の小さな魚たちが次々に跳ねる映像は、ちゃんとビデオに撮れています。
そうして、そこら辺りにいるすずめたちも私の近くに飛んできて、ひとしきり遊んでいました。そのすずめが来た場所は、小魚がたくさん跳ねていた場所から少し離れたところで、そこには小さな魚は全然いなくて、大きな鯉(四~五十センチくらいでしょうか)が数匹泳いでいました。
すずめに声をかけながら、そのすずめたちをビデオで撮っていると、鯉たちも寄って来ます。(目の前の川には鯉たちが、その川の向こう岸にすずめたちが何羽か来て遊んでいました。川幅は四~五メートルくらいだったと思います)
フッと気づくと、最初は五~六匹しか泳いでいなかった鯉が十四、五匹に、数羽しかいなかったすずめが二~三十羽に増えていました。私がすずめと鯉を交互に撮っている間に、飛んで来たり泳いで来たりしたようです。
目の前の川には十数匹の鯉たちが悠然と泳いでいて、その川の向こう岸には、多くのすずめたちが「ピーピー」鳴きながら、楽しそうに飛び跳ねて遊んでいました。
こういうすずめや鯉を見ていると本当に心が安らぎました。まるで現在日本に起きている異常現象とは無縁な、のどかな安らいだ風景がそこにはあったからです。
私がほとんど行かない(瑞穂競技場に行ったのは一年ほど前で、しかも、私は瑞穂競技場になど、その前でも数回くらいしか行ったことがありません)場所のすずめまで私のことを知っていて、それこそよく行く白鳥公園のすずめなどと同じような態度を私に取るのです。
よく行く場所の鳥たちも魚たちも、あまりいかない場所(または初めての場所)の鳥たちも魚たちも、みな同じような態度を私に取ります。
まったく不思議なことですが、現代の常識では考えられないこのような奇跡が、現実に起きているのです。このような事実を、このブログを見ている皆さんはどのように考えるのでしょうか。
鳥や魚が、餌を与えるわけでもない人になつくでしょうか?
私は一度も、鳥や魚たちに餌を与えたことはありません。仮に餌を与えたとしても、それで川の中にいる魚が、あちこちで跳ね出すということの説明はつかないはずです。(餌をやることで鳥や魚が寄ってくる、という説明はつきますが)
魚や鳥が寄ってくるだけではなく、川の中にいる魚が、あちこちで跳ねるということも不思議なら、道を歩いていても、そこらにいるすずめなどが、私の近くに飛んできて騒ぎ出すのも不思議です。(このような場面も昨日のビデオでは撮りました)
つまり、そこらじゅうにいる鳥や魚たちがみな私のことを知っているのです。これほど不思議なことはないのではないでしょうか。
それだけではありません。その者に嫌がらせを繰り返している者たちに、次々に天罰が下っているということも不思議なことなのではないでしょうか。
これもまた事実でしょう。いずれそのようなことが起きた人、あるいはそれが起きたことを知っている人たちの口から、その事実は語られることになります。そのような事実をいつまでも口を閉ざしているわけにもいかないからです。
いわなければ、その人たちにもいつかは天罰が下るからです。
このような奇跡が起きている者をいつまで無視しているのですか?そうして、いつまでその者に悪いことの罪を全部かぶせ、悪者に仕立てあげて嫌がらせを続けるのでしょう。
そのようなことをしている間にも、その者には次々に奇跡が起きているというのにです。
なぜ、これほどの奇跡が身近に起きているのに、みな自分のことだけをやり続けているのですか?頑なに無視を続けるのでしょう。
これほどの神の業が現れているのです。その神の業に驚き畏れ従うのは、神の子の人間としての取るべき当たり前の態度ではないでしょうか。
そのような態度を全くされようとしない、それは神を冒涜している以外の何ものでもありません。
早く、そのような傲慢不遜な態度は改められることです。そうすれば、今とは全く逆の世界が現れるからです。(私に起きているようなことが、多くの人に起きるということです)
謙虚になって反省する、まずやらなければいけないことはそれなのです。



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