10月 26 2014
本当の地方創生
昨日は、中川運河と堀川に行ったんですが、魚はほとんど跳ねませんでした。(中川運河は鵜がいて魚を取っていましたからね。あれでは無理でしょう)
最近はこの辺り、何か様子が変だなと思い昨夜祈っていると、あることが浮かんできました。それが『同じところでばかりで撮るな』という思いでした。
それで分かりました。一昨日あれだけ山崎川で跳ねた魚が、昨日の堀川や中川運河では跳ねなかった理由がです。
同じ場所で撮っていたからです。もっといろんな場所に行き、そのような動物たちの奇跡を撮らないといけないからです。
だから、あまり行かない場所である山崎川では魚が跳ねまわり、よく行っている場所である堀川では最近魚が跳ねなくなったのです。
だから、これからは違う場所に行き、そのような動物たちの不思議を撮らないといけないのでしょうが、とはいえ、一昨日行った瑞穂競技場にある山崎川でも行くまで大変だったのです。
何が大変かといえば、行くまでに地下鉄に乗らないといけないからです。私は地下鉄に乗って移動するのも大変なのです。
だって私が地下鉄に乗れば、鼻ばかりすすってくるのはいる「ゴホゴホ、ガハガハ」咳かなんかしだす奴はいる(それも露骨にです)そういうことをされれば私も黙ってはいない。
「鳥も寄ってこんような人たちはさすがにやることが違う。愛がない」などと、またその場で辻説法が始まるからです。
一昨日の瑞穂競技場の辺りにいった時もそうでした。わずか四~五区の間、地下鉄に乗っただけでしたが、その乗ってる間中しゃべりっぱなしでした。(笑)
乗っている乗客の何人かの人が、そういう態度を取ったからです。
しかし、私の話を聞いても「ムッ」としている人がほとんどで(本当に、私が悪いと思っている人ばかりのようです)神妙になる人などいません。まして「ギョ」とする人など一人もいませんね。みな私のことを知っているからです。
電車の中で(それなりに)大きな声で一人で話していたら、普通なら、ギョとしたり、こいつ頭がおかしいんじゃないか(最近は危険ドラッグでもやってるんじゃないか)と思われ、青くなる人もいるはずですが、そういう人一人もいません。
その地下鉄に乗り合わせた乗客のほとんどの人が、青くなるどころか怒っているんですからね。まったく笑ってしまいます。(苦笑)
マァ、そのような状況ですので、電車やバスは(バスなどもっとひどいです。何せ、そのバスの運転手にまで嫌がらせを受けますから〔笑〕)あまり乗りたくはないのですが、法の流布のためです。そうもいっていられないでしょう。
そのような動物たちの不思議な生態を記録した動画が、来週くらいには公開できると思いますが(来週には出来ますよね、社長)いろいろな場所で、そのような奇跡が起きるということを証明しないといけません。
嫌でもそれをするしかありませんね。それが私の使命だからです。
しかし、このようなことは町おこしにならないのでしょうか?
例えば、これから公開する私の動画には、庄内川の河原やら、堀川、白鳥公園、あるいは名古屋市内のいろいろな場所が出てきます。そういうところで(動物たちの)不思議なことが起きているからです。
この私の動画は、いずれは世界中の人が観ることになります。私の周りでは、誰もが興味を引くような奇跡が次々に起きているからです。
その事実を知るのであれば、日本人であろうが他の国の人であろうが、興味がわくのは当然のことでしょうから、その事実が知られていくのであれば、いずれは世界中の人が私の動画を観て、そうして名古屋のいろいろな場所で起きている奇跡を知ることになります。
では、そういう奇跡が、名古屋で起きていると世界の人が知るならば、その世界の人は名古屋に来ないのでしょうか?
来る人も多いと思います。このような奇跡はどこにでも起きているということではなく、この名古屋でしか起きていないことだからです。そうであるなら、そのような奇跡が起きている地に来てみたいと思うのは、神の子の人間として当然起きてくる思いだからです。
そうであるなら、これは町おこしになるのではないですか。(これ以上の町おこしはないと思いますが)
なるでしょうね、今の政府は外国の観光客を呼ぶのにやっきになっています。この事実を世界に知らせるなら、外国の観光客は黙っていても来てくれます。だから私は、日本に如来が出世されたことを、世界に知らせないといけないと何度もいっているのです。
如来の教えを勉強すれば、このようなことが起きるからです。このような奇跡が日本各地で起きていると知れば、ほっといても外国の観光客は来てくれます。(観光客といういい方が正しいかどうか分かりませんが。聖地巡礼の旅なのですから)
カジノなどつくるよりずっと健全なのではないですか、神の奇跡で人を呼ぶからです。
外国の人ばかりではありません。日本の人々でも、この法を勉強するなら、そういう周りが木々に囲まれた自然の多い場所に行くだけで、例えば川の前で一服でもしているなら、前の川では魚が次々と跳ね、回りの木々には鳥がたくさん来て「ピーピー」鳴きながら戯れている。
そうして、自然の多い道を歩いてきて汚れた靴の泥を、そこにいるカニが食べてくれる、そういうところに行くだけで、身も心も自然と動物たちに癒されるのです。これほど良いこともないのではないでしょうか。(現に私にはそのようなことが起きているのですから)
この法を多くの人が知って行ずるなら、それだけで、外国の観光客はもちろんのこと、人口が減少している町にも(そういうところは自然が多く、鳥や魚もたくさんいるでしょうから)人々が自然とやって来て、地方も潤うということです。
法を勉強するなら(神の心を自覚したいのなら)逆に静かな場所の方がいいからです。そのような自然に囲まれた中の方が、心の勉強になるからです。
つまり、この法を拡げるだけで、自然に地方創生はなるということです。
逆にいえば、この法を拡げようとしないから地方創生もならないのです。
本当の地方創生は「町・人・仕事」だけではできないからです。そこにある大自然と、そこに住む動物たち、そのすべての力を合わせないと出来ないことだからです。(動物が〔犬や猫が〕町おこしとなった例も現にありますから。可愛い鳥などがたくさん出迎える町や村があるなら、それだけで人が集まってきます)
しかし、そのすべての力を合わせる方法は、法を勉強しないと分からないということです。
ここに書いたことが嘘か本当かは、これから私が証明します。
ですから、これから私のすることは、町おこしや地方再生になり、そうして日本の復活までかかっているのです。
何度もいいますが、こんな私に少しも協力しようとしなくて(法を少しも勉強しようとしなくて)本当によろしいのですか?



人目の訪問者です。

先週会社では奇跡的なことが起こりました。以前ブログでコメントした組合関連の件で、祈りをすると書いた記憶かあります。そしたらこれまで頑なな社長さんが、組合発足のきっかけとなった不条理な勤務時間の変更に対し謝罪の言葉が聞かれました。これまでも組合員が数回会社側と交渉してきたとは言え、私が祈りはじめてから1週間以内での出来事には驚きました。他の社員さんはまだどうのこうのいちゃもん付けてますが、私はこれからもっと変わっていくと思い今回のことに感謝しました。
奇跡ですね。ウナッシーさんの祈りがきかれたのでしょう。
こういう時に不足をいってはいけません。神に感謝され、そうして社長さんが反省された、そのような心に感謝され、さらに祈られるとまたよい結果が得られると思います。
頑張ってください。