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11月 03 2014

正しい祈り

10:58 AM ブログ

中国船の日本近海のサンゴの密漁が止まらないようです。

二百隻以上の中国船が来ているようですが、これだけの数が一変に押し寄せては、日本の巡視船が少々行ったくらいでは追っ払うのは無理でしょう。数が違います。

しかしあの連中、堂々とやってますからね。盗人猛々しい(ぬすっとたけだけしい)とはこのことなんでしょうが、この船団を一変で追い払うよい策が一つだけあります。

これをやれば、さすがに中国の違法船団といえども一変に引くでしょう。

それをされたら日本近海のサンゴもしっかり守れ、中国の違法船団にも一泡ふかすことができます。その策をされてはどうでしょうか。(自分でいうのもなんですが、私も軍師官兵衛並ですね〔笑〕)

本当は、この黒田官兵衛並の策、ただで教えるべきではないんですが、これも日本のためです。その策このブログに書いておきましょう。

策としては簡単な策です。あの中国の違法船団に一発ミサイルをぶち込めばいいのです。

さすがにミサイルを撃ち込まれては、違法集団とはいえ命があってなんぼの民間人です。みな一変に逃げ去るでしょう。この方法なら即座に一変に違法船団を引かせることができます。

そのミサイルも北朝鮮が撃ったミサイルが、間違ってこちらに飛んできたとかいってごまかせばよいのです。まさか日本がミサイルを撃つなど誰も思わないからです。どうです、完璧でしょう。これ以上のよい手はないと思いますがどう思われますか?

などという冗談も書きたくなりますよね。ああ堂々とやられてはです。

日本が何かいようが、世界が何かいようが、多分あの違法船団を引かすのは無理でしょうね。このままでは、日本近海にある希少な赤サンゴは取りつくされるのではないでしょうか。

しかし、このような問題も法があるなら解決できます。何度もいいますが、法に不可能はないのです。(もちろん不老不死とか何とか、そういうわけのわからないことをいわれても無理ですけどね。常識の範囲内の話ですが)

私は、園頭先生の悪口をいった人が次々に癌になるのをこの目で見ました。(この辺りでも、そういうことが起きているのかどうなのかよく分かりませんが)

日本近海で、違法にサンゴを取った中国の漁師たちが、次々に病気になったらどうでしょう。そうしてそれは「日本近海でサンゴを取ったせいだ」という噂を流すのです。

そういうことが起これば、この日本近海にサンゴを取りに来る漁師は、いなくなるまではいかないかもしれませんが、グッと減るはずです。中国船が減りさえすれば、日本の巡視船でも追っ払うことができます。

そうなれば日本の希少な赤サンゴは守られる、ということになるのではないでしょうか。

これは法を知っている人が祈れば、このようなことはすぐに起きるでしょう。「悪いことをしている人にはすぐに現象が現れる」そのような時代になっているからです。(何か私の周りでもそういうことが起きているようですし…それが私のせいになっていますが)

しかし、日本に法を知っている人はわずかしかいません。では、このような天罰を行える人もあまりいないでしょう。かえすがえすも(法を知る人が少ないということは)残念なことです。

しかし、これ以上のやり方はないと思います。人の手でどうこうするわけではなく、神の手でそれをするのですから、こればかりはご本人が反省するしかないからです。(マァ、それがなかなかしないんですけどね)

すべて神が(天が)その人の心に合わせて現象を現すのです。これ以上の手はないのではないでしょうか。また、これ以上その人のためになる手もないわけです。天が、その人の心と行いを観て現象を現すからです。

こういうよい手が現れているにもかかわらず、それを逆恨みして悪いことを全部私のせいなどにしているから、よけいひどい目に遭うのであって、素直に自分が反省すればいいのです。自分の悪い心と行いが現れているだけなのですから。

恨みを込めて祈っても確かにそのような現象は起こりますが、しかし、それをやればやった本人も自滅します。しかし、正しい祈りであるならば、祈られた人も祈った人も両方がよかったという現象が現れるのです。(本来はです。ところが一方が逆恨みなどしているものですから、不幸な結果しか出ないのです。あまりに感謝の心が足りないからです)

法を知った正しい祈りであるならば、人だけでなく間違った方向に行っている国さえも(どことはいいませんが)正すことが出来るのです。

国といえども所詮は人の集まりだからです。その国の上層部の人々が、次々に倒れるようなことがあれば、その国も変わらざるを得ません。そういうこともやれないことはないということです。(一人や二人では無理ですけどね。一人や二人の考えで、多くの人の考えを無理やり曲げるなどということは、神が許されないからです。どれだけ間違ったことをしていてもです。その人たちにはその人たちの心の修行の順序があるからです。その順序は守らないといけないのです。釈尊やキリストのような偉大な方々が、世に出ても世の中がなかなかよくならないのは、こういう理由があるからです)

しかしそれも、多くの人々が賛同してくれて初めて行うことが出来る神の奇跡の現象ですが、法を勉強される人が増えるのなら日本のみならず、そのような違法なことをしている、外国の人々まで救うことが出来るということです。(違法をやめさせるのですから、その人の心を救ったということになります)

日本の人々は、この法をあまりに軽く考えすぎているのです。釈尊やキリストが説かれた教えがそんなに軽いわけがないのであって、その教えの中には多くの人を救うことが出来る、そのようなたくさんの方法が教えられているのです。

その教えに素直に従わず、勝手な解釈をして逆らってばかりいるから不幸になるのです。

この辺りで起きていることから、日本で起きていること、そうして世界で起きていること、このすべての問題も、法に従い行っていくのであればみな解決する問題ばかりなのです。

何度もいいますが、あまりにこの法を甘く、そうして軽く見すぎているのではないですか?

しかし、法をよく知らない、これ以上の不幸なことはないのです。

(こちらは天下国家のためにブログを書いているというのに、ずいぶん小さなことで怒っているものです。〔苦笑〕)

2コメント

2 コメント to “正しい祈り”

  1. ウナッシー2014/11/03 at 12:44 PM

    昨日は久しぶりに母に会いました。自分のピロリ菌の除去をする前から両親への反省を続けているので(自分ではそのつもり)、変化があったのか楽しみにしていました。会うまでには母に多少の出来事があったのを別ルートから聞いていましたので、これも母には良い結果となっていることを期待もしていました。
    会ってみると雰囲気が僅かですが、雰囲気が明るくなっていたように見えました。そのまま買い物やら食事をしましたが、やはりあの世のことも少しは話さないといけないと思い話の流れの中で取り入れました。母曰く「散々、義理の親達を見てきたのだから、良くしてもらいたい(亡くなった親のご加護が欲しい)」と言うのですから、あの世があることは信じている様なのでそこから切り込みました。私が自分の感じる全てを出して来ました。そしてその晩ふと思ったのが、変わったのは母ではなく私自身だと気付きました。これまで話せなかったあの世の話が出来たり、話している自分の心の状態もこれまではぎこちなかったのが、平常心でしかも、しっかりと母のことを想い話せたのが良かったと振り返ります。
    これから機会があれば、どんどん進めて行ける自信が湧いて来ました。

  2. gtskokor2014/11/03 at 1:41 PM

    それはよかったです。法の実践の賜物でしょう。
    私の母とはずいぶん違います。また私の母のことも書く機会があれば書きたいと思っています。

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