2月 11 2011
現代科学の矛盾①
今の自然界(物質界)を、現在いわれている科学的な方法で捉えようとした始まりは、紀元前六世紀のギリシャの時代までさかのぼります。
それまでは宗教だけの世界観でしたが、天体の運動を観察してその規則性を探ることによって、自然科学の考え方である天文学が生まれます。これをまとめたのがアリストテレスで、自然界のさまざまな現象は、数学的・物理学的な規則に沿って成り立っている、という説を打ち立てます。
このアリストテレスの説などを基に、プトレマイオスが天動説を唱えます。
十三世紀に入ってキリスト教の教義と結びついた天動説は、物質は「地・水・火・風」という四つの元素の組み合わせからできているという、四元素説をくわえてさらに発展していきます。そして心や魂を説明する霊的宇宙と、天体の運動などの自然現象を説明する物理的宇宙とが、同じものであるという心と物が一体となった宇宙観が生まれ、それが絶対的な真理として十六世紀まで信じられていました。
このころまでは宗教と科学は結びついて考えられていたのです。
ところが、この天動説に異を唱える者が現れます。それがコペルニクスでした。
コペルニクスは地動説を唱えます。そしてガリレオが、実際に多くの観察や実験を行って、理論を組み立てるという科学的方法で、地動説の正しさを説明し天動説の矛盾点を明らかにしたのですが、この地動説を、当時神の代理者と信じられていた、ローマ法王が否定してしまったのです。
当時は科学よりも神・霊といった宗教のほうが、多くの人に信じられていました。そして、何百年も天動説を信じてきた人々には、太陽を中心に地球が回っているという地動説は、いくら理論的に説明しても、とても信じられるものではありませんでした。
そしてガリレオを宗教裁判にかけ、死刑にしようとしますが、殺されてはかなわないと思ったガリレオは、法定では天動説を正しいと認めて死刑を逃れます。しかしガリレオもよほど悔しかったのでしょう法廷を出た玄関で「それでも地球は回る」と言ったのです。(現在の日本でいえば「神などいない」と言う多くの人に、私が「それでも神は存在する」と言っているようなものです〔笑〕)
現在では地動説が正しいというのは常識ですが、四百年ほど前までは、地球は動かず太陽が地球の周りを回っている、という天動説が常識であったのです。
いつの時代でも、正しい意見をまったく認めようとしない、頭の固い保守的な人は多かったようで、このことが原因となってガリレオを中心とした科学者たちは、ローマ法王を中心とした宗教は、科学が分からない迷信を信じている人の集団であるとして、宗教は迷信であるということが、このころから言われるようになります。
こうして近代科学は神を否定したところから発達し始め、ニュートンが独自の科学的方法で、自然界の様々な現象を神や霊の力なしに説明してしまいます。万物の創造主である神がいなくても、自然は機械的、自動的につくられ運動しているという理論です。
このニュートンの概念の登場により、宗教と科学はまったく相反するものとなっていきます。
その後、十九世紀に入ると生き物を対象とする「生物学」においてまで、肉体だけを対象にしたダーウィンの進化論により、心が入り込む余地がまったくなくなっていきました。
このような概念が近代及び現代科学の基盤になっています。



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