11月 26 2014
奇跡の時代
それにしてもうるさい(前の会社ではありません。最近、前の会社…これ以上は書きません。いろいろ起きているみたいですから)最近の鳥たちは雨が降ろうがやりが降ろうが、私が歩いていると騒いでいます。もう耳鳴りがしてきそうです。(笑)
昨日は名古屋も雨でしたので、私が出て行っても、鳥たちもそれほど騒がないだろうと思っていたんですが、考えが甘かったです。家の近くの公園辺りまで行くともう騒いでいます。(鳴き声のうるさい鳥ですが、名前忘れました)
雨の中、歩いているだけで、そこらじゅうで鳥たちに騒がれるのです。さすがにこの状況少し呆れますね。(たまに静かに歩ける時がありますが、そういう時はホッとします)
先日、大高緑地公園にも行ったんですが(動画の撮影にです。あまりいい場面は撮れませんでした。すずめなどは急に集団でこちらに飛んで来たり、前を横切ったりするものですから、一瞬のことでとても撮れませんし、大きな池もあったんですが、ああも鳥が多くては私が呼びかけても、多少さざ波が立つ程度で魚も跳ねませんでした)公園内にいる間、鳥にギャーギャー騒がれ、本当に耳鳴りがしそうでした。
私の周りは、なんかすごい状況になっているんですが、相変わらず人の顔を見れば嫌がらせをしてくる人がたくさんいます。
それもまた凄いですね。鳥たちが騒ぐのでよけい頭に来てやっている人もいるようです。
バスやトラックなど前よりは減ったんですが、歩いてくる人はまず何かやって行きます。それで私が「何で悪人にこれだけ鳥が寄ってくるんだ」と声をかけると、ほとんどの人が「ビクッ」とします。
いま私に起きている現象を、そういう嫌がらせをしてくる人たちどのように考えているんでしょうか?
私の周りは、いろいろな現象が起きているのに(鳥や魚が寄ってくるという現象の意味は無視して)悪い現象だけ捉えて(いろいろ病気になるなど)その悪い現象を全部私のせいにして「あいつがみんな悪い」と、私に嫌がらせをしているんでしょうか?
だとしたら、ずいぶん偏った見方をしている人が多いんですね。
周りに起きている現象で判断するなら、その起きている現象の全部を見て、そうして総合的に判断すべきでしょう。何で部分的な現象だけ捉え、それはお前のせいと勝手に決めつけるんでしょうか。
それでは正しい判断はできないのではないでしょうか。
しかし、こういう話題を真剣に書けるところが、すでに時代が変わったと思わずにはいられませんが、こういうことを真剣に議論できる時代になったのです。(二十世紀に「次々に病人が出るのはお前のせい」などという議論が出来ましたか?そんなことをいえば大笑いされたはずです。完全に時代は変わりました)
その時代が変わったということを、多くの人が早く自覚しないといけないのです。
現に、衆議院議員の候補者がおかしなことをいえば、それだけでおかしな現象が出る時代になっているのです。これは今回だけではありません。すでに二年前にこのような現象は起きていました。(前回の衆院選の時です。あの時、天気が急におかしくなったことは、このブログにちゃんと書いてありますのでそれをお読みください)
ということは、もう何年も前から、このような現象は現れていたということであり、そうであるなら、この辺りの急にサイレンがたくさんしだした現象も、私が原因ではなく、皆さんの心に原因があるということも理解できないこともないわけです。
すでに何年も前から、そのような心が現れる時代となっているからです。
このようなサイレンが私が原因といわれるなら、何でそんな次々に人を病気するような悪い者に、鳥がこれだけ騒いだり、寄って来たりするんですか?私には魚やコウモリまで寄って来ますが、これはどういうことなのでしょう。(もし私が人を次々に病気にさせているなら、鳥や魚たちも寄ってこないでしょう。自分たちも病気なるかもしれないんですから)
このような奇跡が起きている者が悪人と、いえる根拠がある人がいるのでしょうか?
いませんね。そんな人。だから嫌がらせをしてくる皆さん、こういうことをいわれるといやらしそうな顔をして逃げていくのです。私に起きていることと、皆さんが思っていることの辻褄が合わないからです。
辻褄が合わないなら、自分たちの考えが違っているんでしょう。では、そちらの考えを直すべきではないでしょうか。
この辺りの多くの人は、いま起きている悪いことを全部私のせいにしているようですが、自分たちのこれまでの生活に悪いところは本当になかったのですか?
人の悪口をいったり、人に嫌がらせをしたりしたことはありませんか?嘘をついたことはありませんか?人を憎んだり、そしったり、ひがんだりしたことはありませんか?犯罪にはならなくても、残念ですが、そういうことはみな悪いことなのです。十分自分の心を汚します。
その心の汚れが現象として現れているのです。
そういう悪いことをしたことがない、という人が一人でもいるのでしょうか?
多分、そのような人は一人もいないでしょう。では、どういう病気が現れてきても、どういう不幸が現れてきても文句はいえない(人のせいに出来ない)ということになります。そういう心が現れる時代となっているからです。
私の周りに現れている鳥や魚が寄って来るという現象は、それも私の心が現れているのであり、自分たちの周りが次々に病気になるという現象も、そのような人たちの心が現れていることなのであり、この現れている現象に嘘はありません。
現れている現象こそ正しいのです。正しくその人を現しているのです。
それをどれだけ認めなくても、自分たちの心は周りに正しく現れます。
もう責任転嫁をしている時代ではないのです。自分が悪いことは自分が悪いとはっきり認めるべきでしょう。
そうしない限り、自分たちの周りに起きている悪い現象は収まらないからです。
もう責任転嫁はやめ、自分が悪かったと反省され、心と行いを変えられてはどうでしょう。このような時代となり、その反省ができた人だけが、その時代の勝利者(幸福)となれるからです。
そのように自分が変われば、その心に応じた奇跡が現れてきます。
この時代は、そのような奇跡が次々に現れる時代だからです。それを災いが次々に現れる時代にしているのは、多くの人々の心がそうさせているのです。
しかし、多くの人々の心が変われば、世に次々に奇跡が現れます。
この二十一世紀は、本当はそのような奇跡の時代であるからです。



人目の訪問者です。

今朝は車のトラブルに見舞われ会社を半日休むことになりました。普通の生活はこのまま出勤して業務をこなし退社し帰宅になるわけで、そうなると今日は普通の生活は出来ないということになりますね。現象には理由があるわけで、何かあったのか考えて見ました。会社のことを考えても大きな不安とか仕事に対し嫌な思いもないし、家の生活も以前よりは快適になっていると思うし何かこのキッカケがまだ思いあたらないでいました。そうしたらあることに思い当たったのです。約1年前の年末に、車のトラブルがありました。しかも、内容も今回と同じでした。その時はこのブログに出会うキッカケとなったことを思い出しました。あの時はそのトラブルで約一日心を痛めていた、そのことが結果的にこのブログに出会うキッカケとなったのでした。今回は分かりませんが暫く静かに自分の心と向かい合うこととします。
そうなんですか。
じゃ、そのことを思いだすために同じことが起きたんじゃないですか。(笑)