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11月 29 2014

サンゴ密漁事件の真の意味

10:44 AM ブログ

中国のサンゴの密漁船が姿を消したようですね。

とりあえずよかったですね。日本や中国の取り締まり強化がきいたのでしょう。

こうして密漁船がいなくなると、とたんに「最初から十一月中には密漁船は引くつもりだった」などと、したり顔でいう人がいますが笑ってしまいますね。

そういうことはもっと早くいってもらわないと引きます。

例えば、あの十一月初め頃の一番密漁船が多かった時に「この密漁船はあと一ヶ月もすれば引くから大丈夫」とでもいっていれば、今頃はみな凄いと思うんでしょうが、あの時に「日本近海のサンゴが取りつくされる」だの「中国政府が裏で糸を引いている」だのいって大騒ぎしていながら、今そんなことをいっても、では、あの時の発言は何だったんだと思う人ばかりでしょう。

あまり信用を無くすような発言をテレビでされるのもどうかと思います。(この前の「二十一世紀は激しい現象が起きる世紀である」といった学者連中ではありませんが〔笑〕)

結局あの密漁船は、中国政府が裏で糸を引いていたわけではなかったんですよね。勝手にやっていたようですが、しかし、あの密漁船を引かすことになった本当のきっかけは、日本や中国政府が取り締まりを強化したからだけではなく、あの神風(台風二十号)が吹いたからではないか、私にはそう思えてなりません。

神の助けがなければ、これほどきれいに密漁船が引いて行ったとは思わないのです。

あの台風が来る前(十一月初め)密漁船は凄い数に増えていました。(小笠原や伊豆諸島に二百隻を超える船が集まっていました)しかし、あの台風でバラバラになり、その後また戻りはしましたが、台風の前の勢いをなくしているのではないかと私は感じていたのです。(だから黙って見ていたのですが)

その後、中国政府の取り締まりが強くなり、そうして日本政府も、海上保安庁の見回りを強化したり罰金を引き上げたりして、そうして徐々にあの密漁船団は姿を消していったのです。

もし、あの台風が来なかったら。あの台風で密漁船の勢いを殺さなかったら、こうもうまくいっただろうかと私は思うのです。あの神風が吹かなかったら、未だに小笠原諸島辺りに残っている密漁船は、多々いたのではないかと思うのです。(だから「十一月中には密漁船は引くつもりであった」などと、いまさらいう人をおかしいと書いたのです)

神の力と、この世の人の力が両方合わさった時に、最高の結果が出る、今回はその見本のような気がしてなりません。

神の力がなければ、日本に来ていた密漁船団はこうも簡単に引かなかったでしょう。日本政府はもちろんのこと、中国政府もこの連中には頭を痛めていたくらいですから。

しかし、神風が吹き(十一月にそう簡単に日本に台風など来ません。それが密漁船が一番集結している時に、集結していたその場所に台風が直撃したのです。これが偶然起きる出来事でしょうか?明らかに神風です)密漁船をちりじりにして、そうして勢いをなくしたところに日本と中国がともに取り締まりを強化したのです。

今回のサンゴの密漁船事件は、神の力と日本と中国両政府が協力して(調和して)取り組んだ結果、調和と安らぎのうちに解決していった奇跡(だって韓国のように、争いになって死人まで出るということがなかったんですから)のように思えてならないのです。(密漁船がたくさん来ている時は「密漁船は中国政府のいうことも聞かない」だの「中国政府はまじめに取り締まりをしていない」だの、いっている人がたくさんいました。しかし、結果は揉めることなくきれいに密漁船は引いたのです。これは日本と中国が協力して取り締まりを強化したからこそ、そこに神の力が働いて、このような調和した解決の道がついたのではないでしょうか。密漁船が引いた後ではどうとでもいえますが、私は神が力を貸してくだり、そうして日本と中国が〔あくまで今回はですが〕調和した結果、起きた奇跡であると思います)

このように調和するのであれば、人であろうと国であろうと、そこにどんな奇跡が起きるか分からないのです。

調和しようがしまいが、力ずくだろうが騙そうが奪えばそれで得をする式の考えは結局損なのです。

そこに神の力が必ず作用するからです。(今回のようにです)

調和して協力した方が必ず得(徳)をするのです。

今回のサンゴの密漁事件は、それを教えているような気がしてなりません。

3コメント

3 コメント to “サンゴ密漁事件の真の意味”

  1. ウナッシー2014/11/29 at 3:48 PM

    先週のNHKでいつだっのか覚えていませんが和食文化について何故和食として美味しくなったのか見ました。簡単に言うと、曹洞宗開祖の道元が精進料理を造ることも修行の一環として作り手(料理人)の心を築き、また茶人の千利休がそれを食べる側の規律、マナーを築いたというのです。道元は当時の宗教は道を外れそれを憂い宗(今の中国)へ渡り、そこで出会った年老いた僧侶と出会い結果的に修行の本質は日々の暮らしにあることを教えられ、料理もまたそのものと確信した結果が料理を高めていったとのことです。また千利休においては、当時の茶会では現在とは違い武士達の宴会そのもので半日も騒いでいて茶をもてなす機会もなかったようです。それで千利休の師匠である方が一汁三菜を厳しく説いたのがきっかけで作法を見出だし、現在の肘をついて食べない等のマナーが伝えられているようです。
    千利休、曰く「振る舞いは小まめの汁にエビなます、亭主給仕をすればそれですむ」、他に当時のかまぼこは、骨を向き蒸してと2~3日かけ作ったその手間を感謝していただく、などの内容を放映していました。私の家は曹洞宗ですがこのTVを見て道元という方はどのように現在を見ていられるのかと考えますし、千利休では、現在はご馳走と言えば高級食材で普段口にしない西洋料理とか高い金を出すものと思いがちですが、やはり作り手の心を頂くのが本当であるのだと思うと大事ことを忘れていることに気付かされます。

  2. gtskokor2014/11/29 at 9:25 PM

    そのNHKの番組を観ていないのでよく分かりませんが、料理にあまり凝っても所詮は舌で味わうだけのものです。
    出されたものに感謝されいただくのが一番でしょう。
    ウナッシーさんの家が曹洞宗で、道元に思いを馳せるのは結構なことですが、それなら道元の道を求めて中国まで渡られた、そのようなひた向きな心を学ばれるとよいと思います。

  3. ウナッシー2014/11/30 at 9:27 AM

    分かりました、自分を急き立てぬように心に問い掛けて行こうと思います。

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