7月 01 2009
王妃茉莉花
釈尊の時代の女性達は、魅力的な女性が多かったようですが、今日ここに書く女性も
やはり聡明で魅力的な人でした。
釈尊が一番長くいた精舎が祇園精舎ですが、その祇園精舎があるコーサラ国にマツリカ
という王妃がいました。マツリカは奴隷の身分でありましたが、それが一国の王妃にまで
なったのには次のようなことがあったからでした。
ある大金持ちのバラモンの召使の一人にカピラーという女がいました。このカピラーはジ
ャズミンの花園の手入れをしている女で、顔かたちは醜かったのですが、心がきれいな女
でした。
ある朝カピラーが、弁当をもって花園へ行く途中、祇園精舎から出てこられた釈尊を見て、
自分の食べる弁当を布施しました。(当時のインドは修行者を見ると布施するのが習わし
のようになっていました)そして、腹は減っていても、布施した喜びの心いっぱいで花園で
仕事をしていたのです。
ちょうどその日、コーサラ国王のパセナディ王は多くの兵士をつれ、狩りに出ていたのです
が、獲物を追っているうちに兵達と離れ離れになり、王は暑さと疲れでどこかで一休みしよ
うと、近くにあったジャズミンの花園の中に入って行きました。
花園の中に入ってきた国王は、兵士を一人もつれていませんので、それが一国の王とは
誰も思いません。カピラーも入ってきた人が、身なりからして身分の高い人だとは思いまし
たが、まさか国王とは思いもしませんでした。
カピラーは国王に「さあ、どうぞ」と、自分の着ていた着物を一枚ぬいで下に敷き、その上に
座らせ、尋ねました。
「足をお洗いになりますか」
王がそうしてほしいというので、カピラーは蓮の葉に水を入れてきて王の足を洗いました。
「顔をお洗いになりますか」
「水をお飲みになりますか」
そうして「少し横になられませんか」といい、自分の着ていた着物をもう一枚ぬいで、王を横
にならせ、足をもみ身体のふしぶしをさすって、疲れをいやします。疲れていた王は本当に
気持ちがよく、自分が何も言わないのに、自分の思い通りに世話をしてくれる、この女の賢
さに感心しました。
またカピラーもお腹は減っていましたが、自分のする行為を心の底から喜んでくれる国王
を見て、自分も嬉しかったのです。
いつの時代でも、何も言わなくても先に先にと心をつくして、男のためにしてくれる女には、
男は弱いようで、このあとカピラーが奴隷の女と分かっても、国王は周りの反対を押し切っ
て、カピラーを妃として迎えます。
カピラーは宮中に入ると、さまざまな学芸を習い、書や画や歌や舞など、何一つできないも
のはないようになり、天性の心の素晴らしさにさらに磨きがかかり、宮中の女達からも尊敬
され、王の第一夫人となります。そして、王と出会った花園にちなんで心の美しい香りのす
る女性という意味で「マツリカ」と呼ばれることになります。茉莉花とはジャズミンの花のこと
です。
今、このようなことを女性に求めると、それは男のわがままだと叱られそうですが、少々顔が
悪くとも、よく気がついて心根のやさしい女には、どんな男も惚れるようです。それに、心が
やさしければ、それが顔の表情にもでて、かわいく見えてくるものですが、逆の人も多いよう
です。
この前テレビで、ある女性のスポーツ選手を久しぶりに見たのですが、ずいぶん顔がきつく
なっているのには驚きました。その選手は日本で活躍しアメリカに渡ったのですが、日本に
いるときは、ずいぶん活躍しましたが、アメリカにわたってからは、活躍しているというところ
までは、いっていないようです。
アメリカでの気苦労もいろいろあるのでしょうが、あれではかわいい顔も台無しですね。
勝負の世界は厳しいといわれるかもしれませんが、何べんもいいますが、勝ちたいとか、負
けず嫌いの心を持つより、調和する心を持つ方が、よほどよい結果が出るのです。(それは
あるチームが最近急に勝ちだしたということでも、その事実が分かります)それに、心の在り
方は顔にでます。勝ちたい勝ちたいという心が常に心にあるなら、顔がきつくなるのも当然と
言えば当然です。逆に調和する心が顔にでてきても、それは、笑顔とかやさしい表情にしか
なりませんので、周りの人も和らいで、よけいによい結果がでてくるということになります。
女性のスポーツ選手など特にそうですが、自分が勝ちたい勝ちたいばかりで、それが顔に
でて必死の形相でやっている人がいますが、見ていてこちらが辛くなります。もう少し笑顔
でやれないものでしょうか。その方がよほどかわいらしく見えます。などといえば、選手は勝
つために必死でやっているのに、まじめにやれといわれそうですが、とんでもありません。
いたってまじめに言っています。
一つの試合があると、その試合の参加者は皆優勝したいと思っています。ということは自分
が優勝できなければ、他の誰かが優勝するということになります。
それでいいのです。私は昨日も書きましたが、人の幸福を我がことのように喜ぶ、そのような
心をもつと、結局それがまた自分に返ってきます。考えてみてください、その優勝した選手も
同じように、悩み、苦しみ過酷な練習に耐え、優勝しているのです。その苦しみを自分は知っ
ているのです。ならば、その苦しみを乗り越えて優勝できた喜びも、自分は知っているはず
です。それを自分だけのものとせず、他の人にも分け与える、これが調和する心です。
このような大調和する心がでてまいりますと、その心に比例した奇跡が起きてきます。自分
の心が広がれば広がるほど、自分によい結果がでてくるということです。
よい結果をだしたいなら、自分ばかり勝ちたいという小さな心は捨て、調和することです。
いずれにしても、自分が勝つことばかり考えている女を、男はなかなか好きにならないでしょ
う。やはり、顔は少々悪くてもマツリカのように、思いやりがあって、聡明で魅力的な女性に男
は憧れます。どのような仕事をしていても結構ですが、マツリカのような女性が増えていって
くれることを、男は願っています。



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