1月 03 2015
モーゼとキリストの心
去年の話ですが(六月くらいに)ノアの箱舟(ノア 約束の舟)の映画が日本で公開され、今度はモーゼの映画(エクソダス;神と王)も公開されるようですね。(たしか今月末頃ですよね)
このモーゼの映画はいろいろいわれていますが(映画のキャストが人種差別丸出しだとか〔神やモーゼや王を演じる役者はみな白人で、盗賊や奴隷を演じる役者がみな黒人〕モーゼが海を二つに割るシーンが奇跡ではなく、地震によるものであるとかです)旧約聖書の出エジプト記を題材につくられたもののようですから、モーゼやモーゼの起こされた奇跡の迫力あるシーンは観られると思います。
そうであるなら、モーゼという人物を知るうえで、やはり観た方がいいのではないかと思われます。
人種差別や、いくつかの奇跡を偶然のように撮られていても、それは仕方がない部分もあるでしょう。まだそのような時代だからです。(未だ人種差別はあり、科学がすべてと勘違いしている人も多いからです)
しかし、このような映画が公開されるということが大きいのであり(神の心を、神の奇跡を多くの人が思いだすことになるからです)日本でも多くの人が、このような映画を観ることを望んでやみません。
要は、このような映画がヒットした後、モーゼとはどのような人物なのか、モーゼの大奇跡は本当に起きたのか、それを明らかにしなければいけないのが、法を知る人なのです。
法を知っている人は、あの映画はよかった、感動した、で終わらせてはいけないのです。そのような映画の奇跡は本当に起きたという、その証明と、そうしてモーゼの本当の心を多くの人に知らせないといけないのです。
それが法を知る人の使命と役割だからです。
実際に、現在のユダヤ教にしてもキリスト教にしても、モーゼやキリストの心が、そのまま伝わっているわけではありません。
もし、モーゼやキリストが説かれたことが、そのまま正しく伝わっているのなら、モーゼやキリストが起こされた奇跡と、同じ奇跡が現代でも起きなければいけないからです。
モーゼやキリストと同じことを説いている人がいるなら、当然ではありますが、天が(天上界が)その人に、モーゼやキリストにしたことと同じことをしてくれます。天が同じことをしてくれるなら、モーゼやキリストと同じ奇跡が起きるはずです。
しかし、現在、モーゼやキリストと同じ奇跡を起こせる人はいません。では現代に、モーゼやキリストと同じことを説いている人、同じ心を持っている人はいないということになり、ということは現在のユダヤ教、キリスト教では、モーゼやキリストの心を正しく伝える人はいないということになるのです。
モーゼやキリストの心を、正しく伝える人が現代にいないのですから、だから映画の制作も、そのまま奇跡を奇跡として撮らない部分もあるでしょうし、人種差別もあるのです。
モーゼやキリストの心を、そのまま映画に反映出来ないのです。モーゼやキリストの心をしっかりと具現出来る人がいないからです。
その足らない部分を足してあげるのが、私たち法を知る者の使命なのです。
現に法を知っている者には奇跡が起きています。それに当然ではありますが人種差別などもしません。(ただし役割の違いはいいますが)
だから法を知っている者は、モーゼが起こされたあのような奇跡は実際に起きた、と主張も証明も出来ますし、くだらない人種差別などということをいつまでやっているのですか?という意見もいえるのです。
私を知っている人は、そうなるのではないでしょうか。あのモーゼの大奇跡も起きたと確信できるでしょうし(実際にそのような奇跡が次々に起きているからです)人種差別がよくないということも分かるからです。(このブログを読んでいればです)
モーゼやキリストの心を知るなら、同じような奇跡は現代でも起きるのです。(現に私には起きています)ただ、現代の人は、モーゼやキリストの心を正しく知らないだけなのです。
モーゼやキリストの心を正しく理解していなければ、天は、モーゼやキリストと同じことはしてくれません。だから、同じ奇跡が起きないのです。しかし、モーゼとキリストの本当の心を知って、それを実践するなら、そのようなことをしているすべての人に、天はモーゼやキリストと同じ協力をしてくれます。
そうであるなら、モーゼやキリストと同じ奇跡が誰にでも起きるということになり、そうであるから、そのモーゼとキリストの本当の心を知らないといけないのです。
そのモーゼとキリストの心を正しく伝えているのが、この法なのです。(だから同じような奇跡が起きるのです)
肌の色が違うだけで人を差別するなど愚の骨頂でしょう。肌の色が違うだけで、人の良い悪いが決まるわけがないではないですか。現にモーゼやキリスト、あるいは釈尊も白人ではありませんでした。
それを考えるなら、逆に白人の方が偉大ではないと思えるのではないですか。肌の色で人を差別されるのならです。
しかし、モーゼやキリスト、釈尊は心が大事であるといわれたのです。その心の違いが人としての唯一の違いなのです。
モーゼやキリストは人間平等を説かれました。それなのにユダヤ教やキリスト教を信仰している人たちが、人種差別をしているようでは「モーゼやキリストの心をまるで分かっていない」といわれても仕方がないのではないでしょうか。
子供ではないのですから、単に肌の色が違うだけで人を差別する方がよほどおかしいのです。
また、モーゼの大奇跡を信じられないというのは、それは自分たちがしっかり信仰ができていない証拠なのです。日本の人々など大して信仰をまじめにしていないにもかかわらず、そのような奇跡を信じる人がたくさん出てきました。
日本には法(本当の神の教え、即ちモーゼやキリストが説かれた本当の教え)が存在するからです。
法が現れれば、日本のような唯物無神論などという、神から観れば、これだけ傲慢不遜な人たちはいないと思われる国の人たちでさえ、モーゼの大奇跡を信じるようになるのです。
それだけ法とは偉大なものだからです。(それだけモーゼやキリストが説かれた教えも偉大であるということです)
アメリカ、ヨーロッパの人たちも、この法を学ばれたらいかがですか?このような日本の人たちでさえこれだけ変わるのです。そうであるなら元々神を信じている、アメリカやヨーロッパの人たちはどれだけ変わるでしょう。(想像がつかないほどです)
法を学ばれるなら、せっかくのモーゼの映画を、人種差別や奇跡をしっかり描かないということで汚すこともないでしょう。
どちらにしても、この法を世界に拡げなければいけません。
それには、ノアの箱舟にせよ、モーゼにせよ、聖書を題材にした映画がつくられるのはありがたい話です。
このような映画が出来たのです。では、そのモーゼと同じことを説いて、同じ奇跡を現す者もいるということも知っていただきたいものです。
そうすれば、本当のモーゼの心と本当のモーゼの大奇跡が実感として分かるからです。



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