1月 15 2015
法と縁を持てなかった悲劇
しかし、現在この名古屋で起きている現象を、後世の人はどのように呼ばれるのでしょう。(現代版過ぎ越しの祭りでは、少しダサいです)
どう呼ぶようになるのかは分かりませんが、どちらにしてもこの現象は、後世まで語り継がれることになるでしょう。それほどの現象ではあります。(さっきもサイレンがしていましたが)
このサイレンがいつ止まるのか、ということですが、昨日はさすがに青くなる人も多かったようです。(ブログの内容が内容でしたので)
それでも怒って、嫌がらせをして来た人もいるにはいますが、しかし、少なかったですね。そういう人もです。(少し前までは、ああいうことを書けば烈火のごとく怒って、嫌がらせをしてくる人がたくさんいたんですが、大分名古屋の人も変わってきました。これだけ長く、このような現象が続けば変わらざるを得ないんでしょうが)
そうであるなら、もう一歩進めて、この教えを勉強されてはいかがでしょうか。結局そうしなければ本当の救いは来ないからです。
昨夜のニュースで、最近死ぬ人が多くて、火葬がすぐできないところもあるといっていました。亡くなった祖母の火葬を一週間も待った人までいたのですが、去年死亡した人は百二十七万人で、年間で亡くなる人が、この十年間で二十万人も増えているそうで、これからも亡くなる人は増える傾向にあるそうです。
このような統計が物語っていますが、これからは死ぬ人が確実に増えるということです。
そうなると思いますよ。だって、もう法と縁が持てないと天が判断した場合、その人はあの世に引き上げられてしまいます。そういう人が多いのですから、日本は死んでいく人が増えることはあっても減ることはないでしょう。(この日本に生まれてきている人は、法の勉強をするために生まれてきた人ばかりです。〔如来が生まれられたのですから当然です〕そういう人が法の縁を持てなければ、この世に〔この日本に〕肉体を持っている意味がありませんから、当然そうなります)
高橋先生や園頭先生と縁を持たなければいけなかった人で、縁を持てなかった人が多いのです。
もちろんその理由は、弟子たちがしっかり働かなかったからです。今回の如来の弟子たちと、釈尊やキリストの弟子たちを比べてみてください。どれくらい違うのかよく分かります。今回の如来の弟子たちは、法を世に伝えることもしなければ、奇跡を起こすこともしないのです。
これでは、如来の名も法も世に伝わるわけがないのです。
やりたくても出来ないのです。なぜなら、今回の如来の弟子たちは正しい法がまるで説けていないからです。(高橋先生、園頭先生の下で一体何を勉強していたのでしょう)だから、法が広く伝わることもなければ奇跡も起きないのです。天がまったく協力しないからです。
今回の如来の弟子たちと、奇跡を次々に起こした、釈尊やキリストの弟子たちとの差はどうでしょう。これでは法に縁を持てなかった人がたくさん出るのも道理なのです。(法を勉強したのであれば、釈尊やキリストの弟子たち同様、次々に奇跡が起きないといけないのです。正しく法を説いている者には、その証明として必ず現象が現れるからです。しかし、そのような奇跡が起きているのは弟子の中では園頭先生と私だけです。つまり、高橋先生の弟子の中では園頭先生だけが、園頭先生の弟子の中では私だけが、正しく法の勉強をしていたということです。だから、園頭先生と私にだけ奇跡が起きるのです)
だから、日本は死ぬ人が増えているのです。一番大事な約束(法の勉強)を果たせない人が多いからです。
この日本に生まれて法の勉強をしないということは、それほどのことであり、命に関わることでもあるのです。
私の周りで、私に嫌がらせを繰り返し、病気か何かで亡くなった人がいるかもしれませんが、そのような人は、もう私との縁(法との縁)が持てないと天が判断したため引き上げられたのです。
別に、その人が亡くなったのは、私のせいでもなんでもなく、自分が自分で法の縁を断ち切ってしまったからそうなったのです。
それほど、この世で法と縁を持つということは大事なことであり、命をかけてもやらなければいけないことなのです。(このようなことを考えれば、その法の流布を邪魔することが、どれほどの罪になるのかお分かりいただけると思います。そういうことをしているところに、癌が続出するのも決して不思議ではないのです。法を伝えるか伝えないかで多くの人の命にまでかかわることだからです)
最近、一変で多くの人が亡くなるという現象も起きてきましたが(広島の土砂災害や御嶽山の噴火など)これも法の流布と無関係ではないでしょう。(少し前までは、このような現象が起きても、これだけ多くの人が一変に亡くなるということはありませんでした。明らかに天が多くの人をあの世に引き上げていると分かります)
あのような大きな災害が起きた地に、もし法が伝わっていたのなら、このような現象(人が一変に亡くなる)が起きることはなかったのです。
法を勉強することの大事さ、法を拡げることの大事さが少しはお分かりいただけるでしょうか。(本当にこのブログを見ている皆さんは罪をつくっています)
いい加減、この法の大事さを理解していただけないでしょうか。名古屋にこれほどの現象が現れているということは、それはそれだけ大事なものが(それだけ多くの人が知らなければいけないものが)名古屋に現れているということなのです。
この名古屋で起きている現象の本当の意味を、一人でも多くの人が早く理解していただかねばならないでしょう。
そうしなければ、日本で亡くなる人は増える一方となるからです。
この名古屋に現れた法を、理解し行ってもらう人が増えれば増えるだけ、日本で亡くなる人も減ってくるということです。
どちらにしてもこの教えは(日本だけなく)世界を救う教えであります。
その教えを無視しているほどの大罪はないのです。
追伸…昨夜のニュースで(これは別の局でしたが)安楽死のこともやっていました。
同じ死の問題なので書いておきますが、結局、安楽死しても同じなのです。この世で体験しなかった苦しみをあの世で体験することになるからです。(そのような体験を通して心を磨かなければいけない人は、必ず、そのような体験はさせられるのです)
そういう苦しみが嫌なのであれば、法を勉強して実践されることです。法を実践できれば、この世の苦しみもあの世の苦しみもなくなるからです。(天上界が導いてくださるからです)
この法を深く勉強すればするだけ、そのような死の悩みもなくなっていきます。
釈尊やキリストが説かれた、本当の神の教えとは、そのような万能なものであるのです。



人目の訪問者です。

ようやくインフルも終息期をむかえ体も回復の兆しが見えて来ました。
今朝は反省で、感染疾患とは言えこの休みで仕事に支障をきたす、また家庭内感染で家族を疾患させ、義理親には仕事の心配をさせてしまった。
思い込み過ぎなのかもしれませんが、私の行いが周囲を巻き込んだことに
反省をしました。本当に大矢先生からもご指摘を頂きましたように、神より、今年の行いが人生を左右するという意志を見せられた気がしました。
心して日々の生活を大事にしたいと思います。そして来週より仕事にも精一杯の努力をしていきます。