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1月 21 2015

唯物無神論の危なさ

11:18 AM ブログ

誰も反応なしですか。(相変わらずです。何年たっても変わりません〔苦笑〕)

他のところはともかく、これほどのことが起き続けていても、それでもまだ名古屋の人は心を変えようとしないのですか。

大丈夫ですか。そんなに突っ張り続けてです。ずいぶん名古屋は意識が変わった人が多いはずです。(この辺りの人など、もうあの世を信じている人ばかりです。私に嫌がらせしてきた爺さんや婆さんに「そんなことしていると地獄に堕ちるぞ」というと、ほぼすべての人がビクッとしますから。〔笑〕)

それに感謝もせず、多くの人が私の顔を見れば嫌がらせです。そんなことをしていたら災いは止まりません。今日も朝からずいぶんサイレンがしていました。(どこかの会社もコロコロ雰囲気が変わりますし。今日はずいぶん静かです)

このサイレン、一つ一つに神の業が現れているとしたらどうでしょう。ずいぶん恐ろしいことが次々に起きていると思われないでしょうか。それこそ、このサイレンが聞こえてくるたびに「なんまいだぶ、なんまいだぶ」といいながら、手を合わせる爺ちゃん婆ちゃんも出てくるのではないでしょうか。

そのような神の業が次々に人に現れているというのに、ほとんどの人が無関心を装うか、怒っているだけです。(もちろん私のせいにしてです)

それでは明らかにまずいでしょう。

これほどの現象が毎日現れ続けているのです。そうであるなら、そこは謙虚になり「こういう現象が現れているのは、自分たちに何か悪いところがあるからだ」と考え、自分の心を反省するとか、神に手を合わせ「お助けください」と祈るべきなのであって、このような現象を無視していたり、人のせいにして怒っているなど言語道断なのです。

昔の人なら(その昔の人といっても唯物無神論になる前の人たちですから、かなり昔の人たちです)皆そうしたのです。

しかし、現在の名古屋でそのような態度を取る人は(ゼロではないかもしれませんが)ほとんどいません。これでは止まらないですね。このような神の業に、ほとんどの人が傲慢であるからです。

これほどのことが起きているのに、自分は何も悪くないと思っているんですから、傲慢以外の何ものでもありませんが、そういうことに誰も気づかないのです。

各地で起きている異常現象を知るならば、これは名古屋だけの問題ではなく、日本全体の問題であると思いますが、多くの人が、知らず知らずのうちに神から心が離れ傲慢になっている、これが唯物無神論という思想であり(現在の日本を見てもらえれば分かりますが)非常に危険な思想であったということです。(これほどの異常現象を起こしているのですから、それはそうです)

ただ、これまではそれに気づかなかったのです。そのような時代(末法の世)でもありましたし、私のような者もいなかったからです。(高橋先生と園頭先生がいられましたが、末法の世でもあり、他の霊能者との区別が多くの人にはつかなかった。これも唯物無神論の弊害です)

しかし、正法の世となり、本物の神の使いの業だけが現れ始めると、それが一発で分かることになり、それと同時にこれまでの人々の業(ごう)が一度に現れ始めたのです。

それが名古屋をはじめとした数々の異常現象です。

このような時代(正法の世)になったから、唯物無神論の危なさ、間違いが分かるようになったのであり、このような時代になったから、誰が本物かも分かるようになったのです。

これまでの唯物無神論のままでいれば、ほとんどの人が死後、地獄に堕ちたか、またはそれに近い世界にしか往けなかったのです。(幽界、霊界などの天上界でも低い世界です)唯物無神論の思想では救われないからです。

しかし、この唯心有神論の思想になるなら、人はどれだけ心が進歩するか分からないのです。(ということは死後、神界、菩薩界に往くことも出来るということです)

現に、そのような思想になったばかりに多くの人が神の存在を知り、あの世存在を知り、人の輪廻転生を知りました。それを知っただけでも心が軽くなったはずです。心が軽くなったということは、それだけ心のレベルが上がっているのです。心が軽くならないと心の高い世界にはいけないからです。(心が重いから、心の世界では下層にある地獄界に堕ちるのです。軽ければ上に行き、重ければ下に行く。この世と同じ現象ですが、それが心の世界では人に〔霊に〕如実に現れるのです)

時代が変わるとともに、これまで分からなかったことが次々に分かるようになってきました。それもまたよいことであり(当然、この世に生まれたら、知識はつけなければいけないことですから)分からないことが分かってきたのなら、それに合わせた行いは当然しなければいけないのです。

これまでの唯物無神論の思想のままで、神など存在しないと神に祈ることもなく、何が起きても責任転嫁ばかりしていては、それはいいこと起きません。そのような起きてきたことすべてが、自分に責任があるからです。

だから、起きてきたことに責任を持たなければ、悪い現象は収まりませんし、悪い現象を収めたいのであれば、先ほどいいましたように自分が悪かったと反省し、神に許しを請う以外、救われる道はないのです。

特に、名古屋など悪い現象が毎日次々に起きているのです。それなのに、未だ多くの人は心を変えようとしません。

すでに時代は変わりました。では、時代に合った心(愛、慈悲、感謝、寛容、反省など)にならなければ悪い現象は収まりませんし、悪い現象が収まらなければ不幸な人が続出するということになります。

だから、現在の名古屋に不幸な人が続出しているのです。前時代の心のままの人が多いからです。(怒り、ねたみ、ひがみ、責任転嫁)

私にどれだけ八つ当たりしても名古屋の現象は収まりません。いい加減もう感謝されてはどうですか?(これだけいろいろなことを教えてもらえたのです。しかもそれを大人から子供まで分かりやすくです)

そうしなければ名古屋の現象は収まらないでしょう。「お前みたいな奴に…」と思っているのは、そのような悪いことを全部私のせいにして、勝手に私を悪者に仕立て上げているから、そのように感じるだけで実際の私のことなど誰も知らないはずです。(案外いい奴かもしれないでしょう)

それほど悪い者に、鳥や魚は寄ってきません。私は鳥や魚が寄っていかない人よりよほどいい人なのです。

私に感謝し協力すれば救われますし、しなければ救われない、簡単な話です。

悪い人間がこれだけ多くの人の心を変えることができますか?(もちろんよい方にです)

自分のことを棚に上げ、人をいつまでも悪者に仕立て上げていては救われないのです。

いつまで悪魔の言葉に惑わされているのですか?いい加減、目を覚まされてはどうでしょうか。

追伸…悪魔といえば、イスラム国が、ついに日本人を人質にして日本に身代金を要求してきましたね。(しかもその額が二億ドル〔約二百三十六億円〕という法外な額です)

こうなってしまうと、もう総理が判断されるしかありませんが、こうならないためにも、この教えを一刻も早く世界に伝えないといけないのです。

これほどのことが起きる教えなのです。この教えが拡がるなら本当の世界平和も見えてくるからです。

日本の皆さん、小さな考えを捨て、世界平和のため、いい加減、立ち上がられてはいかがでしょうか。

4コメント

4 コメント to “唯物無神論の危なさ”

  1. ウナッシー2015/01/21 at 12:41 PM

    昨夜は夢を見て、今朝はその夢を覚えていましたので書きます。
    それは、私が色々な場所で掃除をするというものでした。
    道の掃除、親しき感じの家での掃除、何か小分けの袋の中身を見ては処分する等のものでした。きっと先生からご指摘頂いた反省を実践している、その事がその夢を見せたのでしょうか。

  2. gtskokor2015/01/21 at 1:42 PM

    そうでしょうね。その調子で頑張ってください。

  3. 飯田陽介2015/01/22 at 10:14 AM

    大矢先生、ウナッシーさん、ブログを読んでいる方、今日は!イタリアで法を広めている飯田陽介です。愛の心を宇宙大に広く、大きく拡大して、お互いに頑張りましょう!全ての根源は神様、本来当たり前の事が、忘れられる時代になってしまいました。アインシュタインは寒さ、本来なし、寒さとは暖かさがない状態である。闇、本来なし、闇とは光がない状態である。悪、本来なし、悪とは神の無限の愛を人間が忘れてしまった状態である。またコメントしまーす。有り難うございまーす!

  4. gtskokor2015/01/22 at 11:08 AM

    さすがに飯田さんは博学ですね。
    でも、このブログを読んでいる人は、まだ法をよく分かっていない人が多いですので、いまいちピンと来ないかもしれません。(笑)

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