3月 30 2010
釈尊出世の予言の検証④
高橋先生がつくられ主宰されたGLA(現在あるGLAは違います)は他の宗教団体にはない、不思議な現象をすることで有名でした。
特別、宗教団体に限ったことでもありませんが、どのような団体が講演会など主催しましても、その講演内容はさほど変わらないと思います。その団体の先生が講演され、あとは質疑応答くらいのものでしょう。
ところがGLAが主催する講演会は、講演や質疑応答が終わったあと、必ず現象という不思議なことを行いました。
現象とは、高橋先生の講演が終わり少し休憩したあと、高橋先生があらためて壇上にこられ壇上から、講演を聞きに来ている人に呼びかけます。そうして高橋先生から指名された何人かが、壇上に上がり、その人たちが高橋先生から光を受けると、いきなり異言を語りだし涙を流しながら懐かしがるのです。そのような不思議な光景が、講演会のたびに行われました。高橋先生から指名を受けて壇上に上がった人は、高橋先生の知り合いの方から、全く知らない人までさまざまだったといいます。
この高橋先生が行われた現象とはどういうものだったのでしょう。それは前にブログに書いたこともある、輪廻転生の証明でした。それを高橋先生はご自分の霊能力で行いました。高橋先生が壇上に上がられた人に光(その光とは高橋先生の手のひらから出ているようでした)を当てると、その人の心の奥にある過去世(過去の人生)の記憶が甦り、当時のことを当時の言葉で語る、というものでした。この輪廻転生の証明をGLAでは“霊道をひらく”といっておりました。
この現象を芝居だの、でたらめなことをしゃべっているだの、いう人もいましたが、もし高橋先生たちがでたらめなことをしているとしたら、この現象をビデオでとり、そのビデオが何十本も残っているというのはおかしな話です。この現象のビデオはGLAで販売もされていて(もちろん私も持っていますが)多くの人が、このビデオを見ています。そんないい加減なものを多くの人に堂々と売るでしょうか?しかも、この現象といわれた輪廻転生の証明は、日本各地で何千、何万という人の前で行われました。
私は高橋先生のビデオを何十本も見ていますが、同じ人も出ておりますが、一度しか顔を見なかった人もたくさんいて、その人たちが異言を語り、その一度しか顔を見なかった人の中には、ちゃんと異言を語れなかった人もいて、とても芝居をしているようには見えませんでした。いろいろな場所で、いろいろな人を相手に、しかも何千、何万という人の前で、そんなに簡単に芝居をしたり、いい加減なことをしゃべったりできるのでしょうか?この異言を語る人たちは古代のインド、イスラエル、中国あるいはギリシャといろいろな国の言葉で語っています。そして、この古代語を語る人たちは言葉を語っているばかりではなく、当時の歌や踊りまで披露し専門家も驚くほどだったといいます。
私も、高橋先生が古代の中国語で語っている場面がありましたので、その高橋先生が語っている古代中国語を、二人の中国人に聞いてもらったことがあります。一人の中国人は何を語っているのか全く分からないといっておりましたが、もう一人の中国人が面白いことを言いました。この人(高橋先生)の言っている言葉は、私には分からないが、聞き覚えがあるといいます。それは自分の友達に台湾人がいて、その子は台湾のかなり田舎のほうに家があり、その子が地元の子と話していた話し言葉にそっくりだというのです。その台湾の子の家のあるあたりの言葉に、非常によくにているというのです。
この話を聞く限り、高橋先生はなんらかの言葉をしゃべっている、と考えられます。もし高橋先生がでたらめな言葉をしゃべっているとしたら、二人の中国人に高橋先生の言葉はまったく分からなかったでしょうし、聞き覚えがある言葉とも思えなかったはずです。(高橋先生が話している古代中国語は、今から千四百年ほど前のものと言われておりましたので、現代の中国人に通じないのも、無理のない話しですが)
高橋先生の話していた古代の中国語が、台湾の田舎のほうの言葉ににているということでありましたら、やはり昔の中国の言葉であるということも、あながちないとはいえません。中国と台湾なら場所的にも非常に近く、その当時(隋から唐の時代)、古代の中国語を台湾の人たちは使っていたかもしれませんし、あるいは台湾の一部の人たちが当時の中国語を使っていたのかも知れません。はっきり分かりませんが、当時の隋や唐の勢力範囲は非常に大きく、当然その当時の台湾も何らかの影響は受けていたと思われます。当時の言葉が、いまだに台湾の田舎に残っていたとしても、さほど不思議ではありませんし、それが古代の中国の言葉といわれても、考えられないこともありません。というより、このようなことを考えましても高橋先生が行い、今もたくさん残っている現象のビデオは、当時の歴史を物語る歴史的大発見になるかもしれないのです。
高橋先生から光を受けて異言を語った多くの人は、それが自分が生きていた過去の言葉である、ということを知り過去の人生も知ることになりました。そして高橋先生の存命中、何十人という人が霊道をひらいたのですが、その霊道をひらいた人の多くが、高橋先生をブッダと呼んでいました。



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