2月 17 2015
神への態度
青森、秋田、岩手、宮城の東北四県で震度4の地震が起きたそうです。この地震は津波の心配もあるようですが、ずいぶん広範囲で大きな地震が起きたものです。
北海道の大雪も続いていますし、異常現象はまだまだ続いていますね。
こういうことが、朝から起きているのですから書かないといけないでしょう。(まるで天から促されているかのようですからね)
こちら名古屋も異常現象が続いていますが大丈夫ですかね。このまま、この状況を無視して同じような生活を続けていてです。
神の業が次々に現れているのに、一切、心も行いも変えようとしないのです。普通であれば、どれだけ傲慢なのか、ということになるのですが、どうしてもそれが理解出来ないようです。
理解出来ないなら仕方ない、では、もう済みそうもないところもあるようですが(昨夜も私が家に帰ってくるとやたら興奮していたようですが)私のところに来なくてよいのですか?
私が「どうぞこの人をお許しください」と祈らなければ、もう許されないところまで来ているのではないですか?
私の祈りは天を動かします。その私に頼みに来なくて本当によいのでしょうか。
怒っているだけでは何も解決しません。もう「自分たちが悪かった」と心から神に詫びる以外、救われる道はないのです。
そうであるなら、私が神との仲介をしますよ。(それが私の仕事であるからです)
それをしなければ、あなたたちは滅ぼされるかもしれないのです。それでもまだ意地を張り続けるのでしょうか?
もう意地を張っている場合ではないと思います。
そういう危ない人たちが名古屋にはたくさんいます。バスやトラック、電車の運転手はどうなんでしょう。
あなたたちが、ブシュブシュやる嫌がらせを始めたばかりに、天を怒らせ、名古屋の多くの人たちが病院に運ばれているのです。(それは現在も続いています)
それをしなければこのようなことは起きなかったのです。(何度もいいますが、あなたたちが天を怒らせたのです。私ではありません)
どれだけそれを私のせいにしたところで(人は知らなくても)天はすべてを知っています。
では、あなたたちにも、いずれは(これだけ多くの名古屋の人々を病気にした)その責任は取らされることになります。
そのようなことをした人、一人残らず、後で恐ろしい目に遭うことになりますがよいのですか?(一人残らずです。あなたたちは大変なことをしてしまったのです。この名古屋に大変な現象を現せてしまったからです)
これは脅しでも何でもありません。これだけのことが名古屋で起きているのです。嘘ではないということはお分かりいただけると思います。(どっちみち私は嘘など書けませんから。ここに嘘を書けば、それで一変に祈りなどきかれなくなり、鳥や魚が寄ってくるという奇跡も起きなくなりますから。法を説く人は、それだけ間違ったことは書けないということです。これは釈尊やキリストを知っていれば分かることです)
あなたたちも、心から神に詫びなければ許されないところまで来ているのです。
あまりに皆さん神のことを知らなすぎるのです。
いってはいけませんが、日本は優秀な人が多いのですが、そのような優秀な人も含めて、皆が皆、こと神のことだけはあまりに理解していないのです。
逆に、優秀な人であればあるほど神のことを理解していないのです。優秀な人ほど唯物無神論という思想が心に深く入っているからです。
そのような神に無知な人が多いのに、今起きている現象の意味が正確に分かる人がいると思いますか?
いるわけがないのです。知ったかぶりして話しているだけで、実は全然、このような(例えば名古屋のようなです)現象が起きている意味など分かっていないのです。分からないのに、あいつが悪いと責任転嫁しているだけなのです。
自分が悪いとは夢にも思わないからです。神のことを思わないことが、それほど悪いことであるという自覚が日本の人々にはないからです。
しかし、他の国の人々を見ていればそれは分かります。
他の国の人は(もちろん共産圏以外のですが)必ず、まず「神に感謝」をしてから、物事を始めるのです。何かよいことがあった時は、必ず「神に感謝」するのです。
他国の人から見れば、神に感謝する(神を一とする)それが当たり前のことだからです。(人はみな神の子です。このような神への態度が当たり前なのです)
しかし、日本の人々で、それをする人はまずいません。それどころか、日本の人の前で「神に感謝」してから何かを始めれば、この人、少しおかしいのではないか?と思われるのです。
よいことがあって、それを「神に感謝」するとバカにされるのです。
日本の多くの人たちが神を認めていないからです。だから『神』というとバカにするのです。(この世のすべてをつくられた神をバカにしているんですから、ずいぶん恐ろしいことを平気でしていると思われないでしょうか?その恐ろしいことをしているという自覚すら日本の人々にはないのです。神の存在をまったく理解していないからです)
神から観たら、これほど不遜な人たちもいないと思うんですが、だから私は「日本の人たちは神に対し傲慢不遜である」といっているのです。
そうして「それは大きな罪である」といっているのです。(大きな罪になると思いませんか。この世のすべて〔もちろん自分たち人間も含めたです〕をつくられた神を認めようとしないのですから。特別、神から観なくても他国の人から見ただけでも、これだけ神に不遜な人たちはいません)
日本の人々は、優秀であればあるほど、神に対して傲慢で不遜な態度を取り続けているのです。神のことは、日本の場合は優秀な人であるほど、よく分かっていないからです。(だから、両親に聞いても、あるいは学校の先生に聞いても、本当の神のことは分からないのです。そのような人ほど神のことをよく勉強していないからです。これは、坊さんや、どこかの教団の教祖に聞いても同じです。そのような人たちで、私ほどの奇跡が起きている人はいないからです。名古屋の異常現象を止めることが出来る人もいないからです)
これほどの現象が現れていて、なおかつ、神のかの字も日本の人々は思おうとしないのです。それが正しいことだと思われますか?
どこをどうとっても、日本の人々は(神に対し)正しい態度をとっていないのです。
その神に対する態度を正さなければいけない時が、すでに来ています。
それでもまだ神を無視されるのですか?



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