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3月 09 2015

愛を出す大切さ

10:50 AM ブログ

何かこの辺り微妙な雰囲気ですね。(なんとなくいるだけで胃がピリピリするようなです)

今日も朝から、でかい音をたてているところもありましたが、何が起きているのか知りませんが、怒りや憎しみよりも愛や喜びです。

同じ思うであれば、愛や喜びを思った方がいいでしょう。その方がよほど幸せになれるからです。

怒ってばかりいるから不幸になるのです。今起きている状況をどれだけ人のせいにして怒っていても、不幸になっているのは自分たちなのです。

では、不幸が起きている人たちが心を変えるしかないでしょう。その心をよい方(愛や喜び)に変えることが、その不幸から抜け出す唯一の方法だからです。

人の幸、不幸は、そのような心の在り方にかかっているのです。

マァ、そんな話ばかり書いていても、それこそ心が暗くなるばかりです。この前の水族館の話などもう少し書いておきましょう。

しかし、不思議なものです。どこにいる生き物もみな私のことを知っているからです。

イルカなどただでさえ愛嬌があり、みなから好かれているのですが、そのイルカたちがみな私のことを知っていて愛ある態度を取るのです。どれだけ可愛いか、その可愛らしさといったらもう書き現しようがありませんね。(笑)

私がイルカたちのいる水槽に近寄っただけで、バンバン跳ね出して泳ぎ回っています。ブシュブシュ背中の穴から水を吹き出すイルカや、水面から顔を出して「ギャーギャー」鳴いてるイルカもいます。

名港水族館(名古屋港水族館)には、いくつかイルカの水槽があるのですが、一番大きな水槽でもイルカが泳ぎ回って跳ねていました。

下に行って、その一番大きな水槽を横から見ていると、中で泳いでいるイルカたちが何度も私の方に泳いできて、キィキィ鳴きながら泳いで行きます。すぐ横にロープがたれていたのですが、そのロープにかみついて遊んでいるイルカもいます。

もう可愛いといったらありません。

イルカたちの横の水槽にはベルーガがいましたが、このベルーガも(別名白イルカといわれているくらいですから)イルカたち同様、可愛らしい仕草で泳いでいました。

私が水槽の上から見ていると、私の前をグルグル回って泳いでいます。そうして、その水槽にはボールが浮いていたのですが、そのボールについている紐を加えて泳ぎ回ったりもしていました。(このベルーガは体長が四メートルもあるのです。色の白いそんな大きなものが私の前をグルグル泳ぎ回っているのです。何か未確認生物のUMAを見ているような錯覚におちいりましたね。ベルーガを直接見たのも初めてだったし)

本当に可愛いらしいことこの上なしです。

他の水槽をのぞいてみれば、いろいろな魚がたくさんいる水槽の中では、エイが泳ぎ回り、私が動画を撮っていると、その画面に何度も入って来るのです。

エイばかりではありません。いろいろな魚が、私が動画を撮っていると画面に入ってきました。魚によっては、私の目の前から動かずに私を凝視している魚もいました。

その魚たちの仕草を見ていると、どの魚も、その魚なりの愛嬌があり、あのような無表情な顔をしていても、みな特徴があって可愛くて仕方がないのです。

愛があると、あの恐ろしい顔をしたウツボまで、可愛く見えてしまうのですから不思議なものです。

それ以外でもゴマフアザラシやシャチ、そうしてやはり愛想がないウミガメまで、可愛らしい態度を取ります。

はっきりいってたまりませんね。(笑)

そうして、水族館から出て、横の公園に行けば、今度はすずめが飛んできて、ピィピィ鳴いています。私の足元まで来たすずめもいます。もう水族館の横にある公園のすずめはみな私のことを知っているようで、離れたところで私を見かけると私の方に嬉しそうに飛んできます。

最近はやりだした動物カフェなどありますが、私はどこに行っても、その場所にいる動物たちに癒されるのですから、わざわざそんなところに行かなくても、そこらの公園で自販機のコーヒーを飲んでいるだけで、そこが動物カフェに早変わりしてしまうのですから、これだけありがたい話もないわけです。(だから私が外にいれば、それがそのまま動物カフェ状態となるのです。〔笑〕)

何にでも愛を持って接するのであれば、動物たちに毎日癒される、このような奇跡的な毎日が続くわけです。

とにかく私は(人間以外の)生き物のいるところに行けば癒されます。そこにいる鳥などの生き物が必ず私を知っているからです。

だから、動物園とか、他の場所にも行って、いろいろな動物の不思議を撮ってこようかとも考えています。愛を出すなら、このような奇跡が起きると、現代の人たちだけではなく、後世の人たちにも知らせたいからです。(というか、あの水族館の動物たちが可愛すぎて、もう行きたくて仕方ないのです。年間パスポートを買おうかと思っています。これだけ動物たちに愛を出されてはもう行かずにはおられません。〔笑〕)

そのような動画をたくさん残しておけば、多くの人が愛の大切さを知るからです。愛があれば奇跡が起きるということを知るからです。

その愛とは正反対の怒りばかりだし、災いばかり起きているところもあるようです。(今日も朝から怒っている人がたくさんいます)

愛の大切さをもう少し自覚されてはどうでしょうか。

2コメント

2 コメント to “愛を出す大切さ”

  1. ウナッシー2015/03/09 at 12:30 PM

    昨夜は今年初めてNHKの、花燃ゆを時間通り見ました。この時間はいつも風呂の時間となってしまうので後で録画を観たり観なかったりで話が飛んでしまいます。また、最近は過去の大河ドラマ「篤姫」「龍馬伝」も観ているので時代背景に膨らみをもたせ、面白いです。しかし、吉田松蔭の言葉には心を動かされます。昨日の中では志という言葉で「なぜ、なぜ、そうしたいのか」なぜなぜ分析には、気付かない間に自分を照らし合わせて考えていました。なぜ反省をするのか、なぜ神に感謝するのか、等です。しかし、志を持つためには必要であったようで、お陰様で気付きを得ることが出来ました。今日は特に清々しい気分です。
    神に感謝です。

  2. gtskokor2015/03/09 at 1:46 PM

    私も昨日の花燃ゆは見ましたが、松陰の言葉もそうですが、塾生たちの日本を思う心にも感動しました。
    最近は自分のことしか考えない人たちが多いからです。
    幕末の志士たちは、どれだけ身分が低かろうと、日本を救いたいという心はみな持っていました。
    そういう心の広さをみな持ち合わせていたのです。
    しかし、現代の人たちはどうでしょう。そのような身分制度もなくなり、やる気になればいくらでも日本を救うことが出来るのに、そのような気持ちがある人など、ほんの一握りの人たちだけです。
    ほとんどの人が自分のことしか考えていないのです。本当に嘆(なげ)かわしいことです。(このような心の狭さが不幸を呼ぶのです)
    幕末の志士たちの爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいくらいですね。

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