3月 11 2015
本当の愛
全国的にずいぶん荒れた天気になっています。
北海道など暴風雪となり、大雪や農業ハウスが飛ばされる被害などが相次ぎ、あちこちで強い風と雪で被害が続出しているようです。
今日もまだ各地大雪に注意しなければいけないようですが、三月の半ばとは思えない天気です。まだまだ異常気象は続いています。
名古屋も今日は雪が積もっているのですが、今日で東日本大震災が起きて四年となります。
このような天気は、東日本大震災後の日本の多難さを現しているようですね。
この東日本大震災で被災した建物を、残すか、それとも解体するかでよく議論をしているようですが、このような物を残しておいても、あの大震災の悲惨さを思いだすだけでしょう。
東日本大震災は、これから多くの人が語り継ぐであろうことですから忘れることはありません。わざわざ、その時被災した物を残さずとも、東日本大震災のことを日本の人々は忘れることはないのです。
そうであるなら、そのような当時の悲惨さを思いだすような物は早く解体し(当時を思いだして暗い心になるのが一番いけないことですから)被災者の方々は早く心を切り替え、前向きに希望をもって進んでいっていただきたいと思います。(園頭先生は、広島の原爆ドームも解体した方がいいといわれていました。やはりその当時のことを思いだして心が暗くなる人が多いからです)
心を暗くすることが一番いけません。その心の通りの世界が世に現れて来るからです。暗いことより、明るいことを考えましょう。そのような人が増えてくれば、この世も明るくなっていくからです。
少しは心を明るくしてもらうために、ちょっと心が明るくなるような話も書いておきましょう。ちょうどよいことに昨日また水族館に行ってきました。その話を書きましょう。
昨日はこの前行った時に、見物できなかったところをしっかり見ようと思って行ってきたのですが(イワシの群れやペンギン、サメがいるところなど、人が多くてよく見られなかったものですから)そのどの場所も、今回はよく見ることが出来ました。
特によかったのはやはりペンギンですね。(マァ、予想通りですが。〔笑〕)
ペンギンなど、ただでさえコミカルな動きで人気があるのです。そのペンギンがよく知っている人が目の前に現れたら、どういう動きをすると思いますか?
少し考えてもらえれば分かると思いますが、よけいコミカルな動きをします。(笑)それが実に面白かったのです。
おぼれかけのような泳ぎ方で、私の前を泳ぎ回るペンギンもいれば嬉しそうに寄って来るペンギンもいます。そうして私の目の前に来て、すごい形相で私を見ていたペンギンもいて本当に面白かったです。
イワシなどの小さな魚さえ、中にはとぼけた動きをするものもいて、本当にあの場所は見ていて飽きません。
イルカやシャチ、ベルーガも相変わらず可愛らしく、ウミガメなど何頭も私の前にたかってきて、後から来た人が「ここで餌でもやっているのか」といいながら通り過ぎていきました。(笑)
そのように勘違いするほど私の前にウミガメが寄ってきたからです。
そういえばこの前の中日新聞に、この水族館のイルカの飼育員が載っていました。その飼育員はイルカは多分、人の言葉が分からないんだろうといっていました。
しかし、残念ではありますが、イルカは人の言葉がよく分かっています。
それは昨日あった出来事でも分かることです。
昨日私は、イルカたちに「もう飛ばなくていいから、ちょっと顔を出せ」と何度も呼びかけました。
すると、この前はあれほど飛び跳ねていたイルカたちが全然飛ばずに、水面にゆっくり浮かんで来たり頭や体を出したりしていました。
イルカたちは浮かんでは来ますが、なかなか顔まで出そうとしません。
それで私が「なんだ恥ずかしいのか?そのハンサムな顔を皆さんに見てもらえよ」とかいっていると、そのうちに顔を出すようになり、最後はしっかり顔を出して「キィーキィー」と鳴き出したイルカまでいたのです。
私がいった通りのことをイルカたちがやっているのですから、そのイルカが人の言葉を分からないわけがありません。(もちろんこの場面は動画に撮ってあります)
イルカたちはみな人間の言葉が理解出来るのです。
では、何で飼育員がイルカは人の言葉が分からない、と感じるのかといういうことです。
昨日、たまたまベルーガが芸をやっているところを見たのですが、何かするたびに毎回餌を与えていました。
イルカやシャチ、ベルーガなどのパフォーマンスは、決して好きでやっているわけではありません。餌をもらってそれで仕方なしにやっているのです。
そこに愛があるわけではありません。(飼育員たちは、愛を持ってやっているというのでしょうが、それは愛ではなく、ただの取引にすぎないのです。餌をやるからこちらのいうことを聞けというです)
だから飼育員たちは、そのような動物たちは人の言葉が分からないと感じるのです。いくらいってもいうだけではいうことを聞かないからです。
しかし、そこに本当の愛があるなら、いうだけで動物たちはこちらのいうことを聞くのです。なぜなら、人間は万物の霊長としてつくられ、元々、動物たちは人間に従うようつくられているからです。(ということは、動物たちは人間の言葉を理解するようつくられているということです)
すべてのことに愛は必要なことであり、その愛があるなら、どのような動物にも人の言葉は通じるのです。
水族館の飼育員がやるような、派手なパフォーマンスはありませんが、私の動画には本当の愛で動く、動物たちの真の姿がそこにあります。
また近々その動画を公開する予定です。そのような動物たちの愛ある姿をよく見ていただき、忘れてしまっている、人としての本当の愛ある姿を思いだしていただきたいと思っています。(本当に私の周りは怒っている人が多いですから)
夕方、水族館を出てくると、水族館の前に十数羽のすずめがいました。今度はすずめたちが、私が出てくるのを待っていてくれたようです。
「何だお前ら待ってたのか」と呼びかけると、嬉しそうに飛び回っているすずめもいました。(そこも動画に撮ってあります)
愛があれば、このような奇跡が次から次に起きてくるのです。(普通、水族館の生き物が異常に騒いだり、すずめが待っていたりしないでしょう)
その本当の愛は、この法を知って実践しないと出てきません。
このような体験も、されてみてはどうでしょうか。



人目の訪問者です。

先生聞いて下さい。以前書いたクレームの対応を昨日から始めまたのですが、今非常に難儀しているのです。それは私は心を主体に考えて原因、行動の話をする、そうすると相手の言い分は不真面目な本筋から逃げる内容と受けとめるらしいのです。
見えないことより、見える現象のなかで話を進めないと進展がないのです。
しかし、そこはしっかりと順を立て話をすると、それはそうだけれど・・
となるのです。一応そこで私は折れます。分かってもれえたら良いし、そうしないと解決が遅れるからです。
こうした中にあって、どんな場面でも心の話が受けとめてもらえるだけの知恵を使わねばと反省しました。
そうですね。智慧を使って乗り越えてください。
私の勘違いなのかも知れませんが、昨日からのクレームの件で気付きを頂きました。今回実は忙しい中でのポカミスではあったのですが、これまで傾向的に気持ちの焦りがそうさせることがたまにありました。だとしたら、今回起こしたクレームは、気持ち、心の状態が身体機能に影響を及ぼす心は即ち行い、ということをこの身を持ってお役目としているのではないのだろうか、と思いました。
それは、自分を問われるほど相手の幸せを思えるし心は増して晴れやかであるのです。河豚を喰うべきか、喰わざるべきか。松蔭の話ではないですが、志をより強く持って反省をします。神に感謝です。
マァ、前向きに、相手の幸せを思いされるなら、それでよいと思います。
(今日は東山動物園に行ってきました。というのも家の前の道で舗装工事があるとのことでしたので。〔そうするとうるさくてブログが集中して書けませんので〕そうしたら母が今日は工事をしたとか、しなかったとかはっきりしません。〔何で家の前の工事がよく分からないのでしょう?〕今週中とかいっていましたので、今日やってなければ明日やるんでしょう。だから、明日もまた朝から出かけてブログを書かないかもしれません。面白い動画かなり撮れています…本当に不思議です)