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3月 31 2015

限られた時間

10:36 AM ブログ

しかし、昨日すれ違ったお年寄りの半分くらいの人が、顔が引きつっていましたね。(苦笑)

それはそうでしょう。そのままでは地獄に行かなければいけないのです。この辺りのお年寄りは、この法を勉強する以外、救われる(天上界に行ける)手はないとすでに知っているのです。(おまけに既存の宗教ではもう救われないということも知っています)

それを知っているのですから、この辺りのお年寄りは、私の顔を見たら顔を引きつらせるでしょうね。自分の時間があまりないことも知っているからです。

それを知らないお年寄りは、まだ私の顔を見ると嫌がらせをしてきますが、しかし、怒って嫌がらせしてくるお年寄りの中にも、そのことを知っている人はいるのかもしれません。

知っていながら、それでもまだ私に嫌がらせをしてくるのです。

よくもこれまで信じてきたことを壊してくれたなとか、これまで通りでよかったのにとか、そういう進歩のない発想しかできないお年寄りは、怒ることしかできないからです。

しかし、もう現実を見ないといけないでしょう。今のままでは救われないのです。

では、もうやるしかないのではないでしょうか。お年寄りは、あまり時間も残されていません。その残り少ない時間の中で法を勉強しないと(実践しないと)救われない(天上界には行けない)のです。

怒っている暇はないのではないでしょうか。(そういう諸々の間違いを教えたのは私です。だから私には、怒るのではなく、感謝しないといけないのです。お年寄りはギリギリのところで救われたからです。早くその救いを完全なものとされてはいかがでしょうか)

しかし、怒っている暇がないのは、実はお年寄りだけではありません。もっと時間がない人たちがいるからです。

どうも、大変なことが起きているようですね。どこかの会社です。今日は朝から(正確にいえば、昨夜から)凄い怒りようです。どうしたんでしょうか?

もう怒っても仕方ないでしょう、といくらいったところで、この人たちは怒ることしかしないんですからどうしようもありません。(あまりの怒り具合に、なんか周り引いてますけど。この町中の雰囲気がおかしくなっています)

しかし、どれだけ怒ったところで、その現象が収まることはありません。そうして、恐ろしい現象が現れ、それでもし死ぬようなことにでもなれば、その苦しみは来世、再来世まで続くことになります。(何百年も続くということです。死んで地獄に堕ちて、そうしてまた生まれ変わって、今回の罪を償わなければいけなくなるからです)

法の流布のじゃまを何年にもわたってし続けたのです。その罪は、自分たちが思っているほど軽くはないのです。すでに大変な罪となっています。

だから、大変なことが起きているのです。釈尊やキリストが法を説いているのを、毎日のようにじゃましたら当然恐ろしいことは起きてきます。それと同じことをあなた方はしたのです。

と、何度書いても、自分たちの罪の重さが分からないようです。(凄いとち狂いぶりですから)

では、もうこちらは心静かに、この人たちを祈ってあげるしかないでしょう。それ以外やりようがないからです。(聞く耳待たないんですからどうしようもありません)

それにしても、サイレンは大分減ってきたように感じるのですが、その反面、身近に起きている恐ろしい現象は増えているように思います。段々、因果応報のそのものずばりの現象が現れだしたのかもしれません。(私に嫌がらせした人たち本当にやばいかもしれません。前の会社の人たち、すでにかなりやばい状況になっているからです)

この辺りの人は、今のこの異様な雰囲気をお分かりいただけると思います。

悪いことを私のせいにし続ければ、この会社のようになるのです。

いつまで責任転嫁を続けるのですか?責任転嫁をし続けたところで少しも救われないのです。むしろ、もっと救いのない深みにはまって行くのです。(それはそうです。責任転嫁は悪いことだからです)

負の連鎖を断ち切りたいのであれば、まず自分の責任を認め、そうして自分が悪かったと反省するしかありません。

そのような反省の心が出てきて、初めて神から救いの手が差し伸べられるのです。

異常な現象が次々に現れ始めたところもあるようです。

心当たりのある人は、急がれた方がいいのではないでしょうか。

(今日は書く内容が全く変わってしまいました。というか、前の会社がこうも異様な雰囲気だとこれ以外書きようがありません。〔それくらい雰囲気が変です〕何か大変なことが起きてきたようです。ソロソロ法の勉強を真剣にされてはどうでしょうか。法を知らないと、神から守られることはないからです)

2コメント

2 コメント to “限られた時間”

  1. ウナッシー2015/04/01 at 6:06 PM

    昨夜はPCで高橋先生を紹介しているブログを閲覧してました。
    理由は、ふとそう思ったからです。私が見たブログでは高橋先生の著書を主として自らの見解を綴ったものでした。だからどうもこうもないですが、一応は高橋先生や著書の紹介をしているのだから、法の流布に関係されているのだなと思いました。急いてはなりませんが、私も早く先生のお手伝いができるよう日々の生活を大切に過ごして行こうと思います。

  2. gtskokor2015/04/01 at 9:31 PM

    高橋先生のご著書を紹介しているとはいえ、このような人たちは、高橋先生が説かれた神理を間違った解釈をしている部分が多いのです。(だから奇跡が起きないのです)
    間違った解釈をしていては、法を流布しているとはいえません。(それは人を迷わしているというのです。だから天上界も協力しないのです)
    やはり、しっかり法を理解してからされないと、結局、道を間違えてしまうのです。
    急がば回れではありませんが、高橋先生のご著書にしても、園頭先生のご著書にしても、読みすぎということはありません。
    まずしっかり、法とは何ぞや、ということを知ってから、それを行うようにしてください。
    法をしっかり理解されるようになれば、奇跡もまた起きるようになってきます。
    法の流布はそれからでも遅くはありません。

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