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4月 01 2015

罪の重さ

10:57 AM ブログ

今日から雨の予報が出ていましたので、昨日のうちにと思い桜を動画で撮ってきました。

桜を動画で撮っても仕方ないかもしれませんが、私が動画で撮るのは桜だけではありません。他の人なら写真なんでしょうが、私の場合は写真では意味がありません。したがって撮るのであれば、全部動画です。(笑)

テレビでは、山崎川などがよく映されていましたので、あの辺りはさぞきれいなんだろうと思いましたが、そういうところは人も多いでしょう。人が多くては撮影もしにくいので(私の場合いろいろじゃまされますので。〔笑〕)いつもの白鳥公園の辺りに行って撮ってきました。(白鳥公園も桜がたくさん咲いていますから)

きれいな桜も撮れましたが、横の堀川では魚がたくさん跳ね、すずめやカラス、ムクドリや鵜などもついでに撮れています。

鳥たちなど何時も撮っていますので、特別撮らなくてもいいんですが、マァ、入ってきますので仕方ありません。(鵜など集団で飛んできましたから。〔苦笑〕)

しかし、今年くらい春が来たことを実感した年はありません。それはなぜか?もちろん、このような動物たちのせいでです。

普通、春を実感するなら、暖かくなってきたからとか、桜が咲いたからとかいうことで実感するものですが、今年の私はそうではありませんでした。

昨日でもそうです。白鳥公園の近くまで来ると、すでにすずめの鳴き声が違っていました。例の「ジジジ…」という鳴き方をするすずめが何羽もいて、飛び回っているすずめもいます。

暖かくなってくるとすずめたちの動きもよくなるのです。それにツバメも勢いよく飛んできて、暗くなるとコウモリまで飛んでいます。(昨日など、すでに家の近くではコウモリがガンガン飛んでいました)

そうして堀川に行くと魚がたくさん跳ね出します。昨日などそこら中で魚が跳ね出して堀川は大騒ぎでした。(笑)

そのような生き物たちの動きが、冬の間と春になったのとでは全然違うのです。

このような体験は初めてでしたが、これだけ生き物たちの動きが違い、冬にいなかった生き物たちが元気よく出てくると春を実感しないわけがありません。

それで今年くらい春を実感した年はないと書いたのです。

このいろいろな動物たちが寄ってくるようになったのは、たしか去年の三月くらいからだと思いますが、最初はすずめが寄ってくるくらいでした。それが段々、カラスやムクドリなども寄ってくるようになり、ツバメやコウモリも寄ってきて、そうして魚まで跳ね出し、もう現在では(水族館も動物園にも行って確認していますので)どういう動物たちが寄ってくるのか、想像がつかないくらいです。

ずいぶん凄いことが起きていると思うんですが、このような現象に対し、名古屋の人たちは本当に無関心なのです。(ちょっと驚くくらい無関心です。昨日もあれだけ堀川の魚が跳ねていたのに、それに驚く人はいませんでした。桜を見にたくさんの人が白鳥公園に来ていたにもかかわらずです)

世界でも起きないようなことが、名古屋で起きているにもかかわらず、そのような奇跡には全く無関心で、サイレンのような災いには、その責任を私一人に押し付けています。

名古屋の人たちは、一体どういう神経をしているのか、全く分かりませんね。

現に、このブログで多くの人の心が変わったのです。(このブログがあったから、多くの人が唯物無神論から唯心有神論に変わったのです。動物たちが不思議な動きをすることが分かったのも、このブログに動画を貼り付けたからです)

それが分かっていながら、平気でこのブログを書くことをじゃましている人たちがいるのです。(今日もやっていますがまったく呆れますね。どれだけ恐ろしい目に遭えば、そういうことはいけないと分かるのでしょう)

そうして、じゃまをしていながら、そのじゃまをしている人たちも、このブログから多くのことを学んでいるのです。

このブログから多くのことを学んだ人は、ブログをじゃましている人たちばかりではありません。私に嫌がらせをしてくる人たちも、このブログから多くのことを学び、そうして自分の心を変えたのです。

自分が、多くのことを学んでいるブログの書くことをじゃまをして、そうして、そのブログを書いている人に嫌がらせをして、そうして、自分たちに何か悪いことが起きてきたら、その悪いことの原因まで、そのブログを書いている人のせいにして、それで自分たちは、そのブログから知らないことを次々に教えてもらっている。

これだけ都合のいいことをしていて、それで「自分は何も悪いことをしていない」とは、一体どの口がいうのでしょう。

あまりといえば、あまりな発言なのではないでしょうか。そんな人がもしいたとしたらです。

しかし、他の地域の人は驚くでしょうが、なんとそのような人が名古屋にはたくさんいるのです。

多くの人の心を変え(それはもちろん自分たちの心もそうです)そうして知らなかったことまで教えてもらっていながら、一言のお礼もいわず、このブログを書くパソコンの音がうるさいと、散々このブログを書くことのじゃまをして、そうして内容が少し気に食わないと、さらに嫌がらせまでして、そうして悪いことが起きてきたら、それもそのブログを書いている人のせいにして怒りまくっているのです。

こういうことをしている人は、悪いことをしているといわないのでしょうか?

私はこれだけ都合のいい人たちを初めて見ました。

この人たちは、これだけ知らないことを教えてもらった私にお礼一ついわず、また、多くの人たちの心を変えようとしている、このブログを書くのを散々じゃましたあげく、嫌がらせまでしていて、それを少しも反省しようともせず、自分たちに災いが起きてきたら、その災いまで私のせいにして、それに怒って、私にもっと嫌がらせをするのです。

こういう人たちを、わがままで自己中とはいわないのでしょうか?こういう人たちに起きる災いを天罰とはいわないのでしょうか?

私は、こういう人たちが何も悪いことをしていないとは、とても思えないのです。だから天罰を食らっているとしかいえないのです。

だから私は「自業自得だ」といっているのですが、そういう言葉にさえも、このような人たちは怒っているのです。

しかし、この人たちがいなければ、私はもっと多くのことを伝えることが出来たのです。(かなりじゃまされましたから)そうして、このような人たちが普通に感謝してくれ、少しづつでも布施をしてくれていたのであれば、この法はもっと拡げることが出来たのです。(ということは、もっと多くの人を救えたということです)

このブログを知って、大きく心を変えた人もいるでしょう。知らないことを知った人も多いと思います。動物たちが、これだけ不思議な動きをすると誰が知っていたでしょう。

このブログを世界中の人が知ったのなら、世界の人の心が変わるのです。

世界の人の心が変わるかもしれない、稀有なブログのじゃまをし続け、その多くの人の心を変えつつあるブログを書いている者に、散々嫌がらせを続けているのです。

そのような人たちの罪は重くはないのでしょうか?

このブログがなければ、日本の多くの人が、唯物無神論から唯心有神論に変わるということもありませんでした。動物たちの不思議な事実を知ることもなかったでしょう。

このブログは現在においても、多くの人の心を変えつつあります。

その多くの人の心を変えつつあるブログのじゃまをし続け、そのブログで多くのことを伝えている者に嫌がらせを続けているのです。

そのような人たちの罪は大変重いといわざるを得ないでしょう。

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