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4月 26 2015

唯一の救われる道

10:40 AM ブログ

この辺りの人は、このブログを読んでいる人が多いんですね。ブログの内容がすぐに伝わります。(それほど多くの人に、このブログは読まれていないはずですが、何でみんな知っているんでしょう?)

散歩させている犬を、私の方に向けないようにすればするだけ犬はこちらに顔を向けたいようです。(笑)チラチラこちらを見る犬が逆に昨日は多かったです。

昨日は、そのような飼い犬だけではなく、野良猫も「ニャーニャー」鳴きながら、私に体を擦り付けて来たのがいましたが、私が誰であるのか、動物たちの間にはドンドン知られていっているようです。(だって、家で飼っている犬でも「お前俺が誰か知っているか」と聞くと、ビクッとするくらいですから。動物が人の言葉を話せたらと本当に思います。そうしたらあの世のことなども含めたいろいろな謎が解けると思うからです。一体私は誰なんでしょう?)

相変わらずすずめたちもうるさいし、私が表に出て行くだけで何か大騒ぎですね。(苦笑)

私は、これだけ動物たちには好かれているのに、人からはずいぶん嫌われているようです。

嫌がらせする人はまだ多いですし、昨日は小学生の一団に(四~五人いたと思います)散々バカにされました。(一昨日も中学生の一団にバカにされたのですが、さすがに天もこのような行いはもう許さないそうです。それはそうでしょう。あまりに私が小、中学生にバカにされては法が説けなくなるからです。〔子供にバカにされているような者のいうことなど誰も聞きませんから〕このようなことをする子供も天は引き上げるそうです。昨日私にバカといった小学生はやばいかもしれません。〔汗〕)

そればかりではなく、昨日、私が帰ってくるとわざわざ私を待っていて、わざとらしい嫌がらせをした人がありましたが(前のマンションの人みたいです)昨日もいいましたように、悪いことが起きたからとそれを全部私のせいにされても困ります。

自分たちに悪いところはなかったのでしょうか?

少し自分たちを省みてはどうでしょう。それをいつまでもしようとしなければ、最悪どこかの会社のようになってしまうからです。

現に名古屋は、これだけ多くの災い(数々聞こえてくるサイレン)が起きているのです。

それも悪魔の噂を信じ、悪いことの原因をすべて私一人に押し付けているせいです。(責任転嫁)知らなかったとはいえ自分たちがこれまでしてきた神への態度、人への態度など、反省すべき点はいくらでもあります。

それを反省しなければいけない時がすでに来ているのです。

何度もいいますが、私が名古屋の多くの人が思っているような悪者であるなら、これだけ多くの動物たちが寄っては来ません。

鳥や魚、野良猫や人が飼っている犬まで寄ってくるのです。よほどの愛がなければこんなことは起きないのです。何で、それほど愛がある人がそれだけ悪いことをするでしょう。

認めたくはないでしょうが、自分たちが間違っているのです。それを認めるしかないのです。

口ではどうとでもいえますが(いくらでも嘘はつけますが)起きている現象に嘘はありません。人の噂より、この起きている現象を信じることです。

そうして、それほどの愛ある現象が起きている者のいうことを一度聞いてみることです。そうすれば、これまで自分が知らなかった世界が見えてくるからです。

お年寄りも、最近はずいぶん私に嫌がらせをする人が減りました。しかし、嫌がらせをするお年寄りは減ったのですが、その分、私とすれ違うお年寄りの顔が、かなり引きつっている人が多いのですが、それはどうしたことでしょうか?

お年寄りは時間がないことを知っています。内心は焦っている人も多いでしょう。

もうこの辺りのほとんどの人が、既存の宗教では救われないと知っているのです。では、私のもとに聞きに来られてはどうでしょうか?もうそれしか本当に救われる道はないと知っている人も多いからです。

釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているのです。そうであるならそれは、釈尊やキリストと同じ神理を説いている証拠なのですから、もう既存の宗教では救われないと知っているなら、その釈尊やキリストが説かれていた神理を、聞くしか救われる方法はないと誰でも分かるはずです。

では、私にその神理を聞くしかないと思うのですが、そのようなこともすべてこの辺りの人は知っているのです。

知っていながら、それでもそれを認めたくなくて、なお嫌がらせをしてくる人、嫌がらせはやめたがお前のいうことなど聞かんという人、聞きたくても聞きに来る勇気がない人と、そのような人たちばかりなのですが、そのどの人も救われません。

私のもとに来て法を学び、それを実践するしか救われる方法はないからです。(他の地域の人たちより、この辺りの人たちの方が、そのようなことを実感として分かっているだけによけい切実でしょう)

動物たちがすでに気づいて私のもとに寄って来ているのです。すべての動物が気づいているのに、人が気づいていないではあまりに情けないでしょう。

私に気づけば天上界の道が開き(ということは、すべての動物たちに天上界への道が開いているということになります)いつまでも気づこうとしなければ地獄への道しかありません。(ということは、ほとんどすべての人が地獄への道しかないということになります)

これだけ分かりやすいことが起きているのです。もう救われる道は目の前に見えているのです。救われる道が見えているのに、その道を行こうとしないのは愚の骨頂でしょう。

動物たちは、その愛ある道をずいぶん先に進んでいます。動物に先を越されているなど人としての沽券に関わることなのではないでしょうか。

その愛ある道の先を進んでいる動物たちの愛ある動画がまだ残っていますので、それを公開したいと思います。

その愛ある動画を観て(あまりに愛のない)自分たちを少し省みてはどうでしょう。その道を進む以外他に救われる道はないからです。

しかし、自分が愛を出さなければ、その道を進むことはできないからです。

その唯一救われる道を、進んでくれる人がたくさん出てきてくれることを願ってやみません。

(ということは、愛ある人がたくさん出てきてくれることを願ってやまないということですが、その願いはなかなか聞き届けられないようです)

2コメント

2 コメント to “唯一の救われる道”

  1. ウナッシー2015/04/26 at 4:35 PM

    今日の日曜日の心は清々しいです。
    高橋先生の言葉で聞いた「改むるに憚る事なかれ」にはよく心の拠り所としていましたし、坂本龍馬の「我が成すことは我のみぞ知る」の言葉を借りてまた一歩歩んで行きます。先達の言葉は本当に力があり今のこの時代が科学的な理論が網羅している中にあっても、道標となり己の背中を押してくれる事に神の力を感じただただ感謝する意外何もないです。来週を過ぎれば連休になり、また自分を見つめる良い時になるので効果的に過ごしていくよう心掛けます。

  2. gtskokor2015/04/26 at 8:44 PM

    そうですね。心の勉強に休みは関係ありません。
    頑張ってください。

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