4月 29 2015
悪魔の洗脳
昨日も可愛い鳥たちがたくさんいました。
昨日は庄内川に行ったんですが、川べりをブラブラ歩いていると、あまり見たことがない鳥が二羽(つがいだと思いますが)川の上を飛んで行きました。
カワセミみたいな鳥でしたので、カワセミといっておきますが、あまり庄内川では見たことがありませんでした。
「変わったのが来ているな」と思いながら川岸を「お前ら元気か」と声をかけながら歩いていました。魚が跳ねればと思ったからです。(庄内川は堀川ほど魚が跳ねませんから)
最初は魚を目的で声をかけていたんですが、先ほどのカワセミが、私の近くに何度も飛んで来て、高い位置からまっさかさまに川に飛び込んで小さな魚をとっていきます。
それが面白くて、そのうちにカワセミに声をかけるようになり、するとカワセミたちも(いつの間にか四~五羽に増えていました)私の頭上や横を鳴きながら何度も飛んでいきます。そうして川にまた飛び込んだりして何かとっていました。
そのカワセミたちと遊んでいると、また違う鳴き声がしてきて、そちらを見るとツバメが飛んでいます。それにすずめなども交じって、私が歩いている近くに何やかやと鳥が飛んできました。(他に鳩やカラス、ムクドリなどいたものですから)
その鳥たちにかまっていると川で魚が跳ねます。「鳥ばかりでなく魚まで飛んでるじゃん」とかいいながら歩いていると、今度は目の前にカニが出てきていました。(もう少しで踏みそうでした)
「うわ、あぶね」とかいいながら、足をどけたのですが、そのカニは逃げようともせず私の方をジッと見ています。
それで私が「お前こんなところにいると食われるぞ。穴の中に入っていろ」といったのですが、まったく動こうとしません。「早くいけ」と私がいっても動こうとしないのです。
私がここにいるからいけないんだなとも思い、さっさとその場を離れました。そのカニがカラスなどに食われてもいけないからです。
このように私はどこに行っても、いろいろな動物たちにかまわれているのですが、そういう場面を見ているにもかかわらず、それでも嫌がらせをしていく人がいるのです。(庄内川の川岸には散歩しに来ている人がよくいますので)
この私に起きていることが分からないんでしょうか?
何で、これだけ動物たちがかまってくる私が(ということはそれだけ愛があるということですが)それほどの悪者なのでしょう。
普通に考えたら、これだけ動物が寄ってくる者がそれほどの悪人とは思えませんが、ほとんどの名古屋の人は、どれだけ私に奇跡が起きていても、それを奇跡とも思わず「こいつは悪い奴」としか思えないようです。
もう悪魔の噂が心の奥に入り込んでいるからです。つまりすでに悪魔に洗脳されてしまった人が多いのです。
だから私にどれだけ奇跡が起きても、その奇跡を奇跡とは思わず悪魔の業としか思えないのです。悪魔の洗脳にかかってしまった人が多いからです。
これは別に嘘でもなんでもありません。それが本当であるという証拠をいくつか書いてみましょう。
私は前から、このような人たちに違和感があったのです。やっていることがあまりにおかしかったからです。
例えば、私を異様に嫌っているあの態度です。
私の顔を見れば、凄い嫌な顔をする人やムッとする人も多いのですが、中には普通の顔をしていて平気で嫌がらせをしていきます。それどころか、私に笑顔を見せて少し頭を下げながら、私の横を通りすぎていく人まで嫌がらせをしていくのです。
あまりに顔としていくことが違うので、振り返ってその人の顔を見ると、その顔が凄い顔に変わっているのです。(冷たそうな顔でこちらを見ていたり、凄い形相でこちらを見ていたりとです)
そうして、バスやトラック、電車の運転手は、私の顔を見ると一方的にブシュブシュでかい音を立てていきます。
そうして、工事現場や工場の近くを通れば、やはり同じようにでかい音を立てられ、嫌がらせをされるのです。
このような行為は大人ばかりではありません。子供も同じなのです。
子供など何人かでからんできて、散々私をバカにしていくのです。私の顔を見ると、わざわざ走って来て嫌がらせをしていく者までいます。
大人ばかりか、子供まで凄い形相で私に嫌がらせをしていくのです。(子供の中にも何かに憑かれているのではないか?と思えるような、薄ら笑いを浮かべながら嫌がらせをしていく者や冷徹な顔をして嫌がらせをしていく者もいます。子供の様子まで何か変なのです)
こういう人たちのこのような態度、何かおかしくはないですか?
そればかりか、すれ違いざまに嫌がらせをして、振り返ると恐ろしい形相に変わっていたなど(薄ら笑いで嫌がらせをしている子供なども同じですが)まるで悪の心を隠した悪魔のようです。(悪魔は心を変えると瞬時に顔も恐ろしく変わるそうですから)
それにサイレンがたくさんしてくると、目を血走らせて私に嫌がらせをしてくる人までいるのです。(このような悪いこともすべて私のせいです)
普通に考えても、あまりまともではないと思うことを平気でやっているのです。(何か、世にも奇妙な物語を地でいっているような感じです)
よってたかって一人の者に嫌がらせをする、そのような愛も慈悲もない態度、そうして笑顔から一瞬で恐ろしい顔に変わってしまう二重人格者のような態度、こちらの意見など聞く耳を持たないという一方的な傲慢な態度、悪いことを全部人のせいにする責任転嫁、もちろんこのような態度を取ってくるのですから、さぞ陰で私の悪口もいっているのでしょう。
愛と慈悲のなさ、二重人格、傲慢、責任転嫁、悪口、このようなことを考えますと、どう考えても、やっていることが悪魔としか思えないのです。
つまり、こういうことをやっている人たちは、そのやっていることが非常に悪魔に似ているということです。
だから私は、悪魔に洗脳されているというのです。
やることが悪魔そのものだからです。
洗脳されている人は、洗脳されているということが自分では分かりません。だから自分が私にやっていることが、悪魔と同じことをしているとは思わないのでしょうが、もし、悪魔に洗脳されていなければ、このようなことはしないのです。
悪魔の洗脳がなければ、必ず人には(多かれ少なかれです)愛と慈悲の心が備わっているのですから、たった一人の者によってたかって嫌がらせをするということは出来ないのです。
かわいそうという心が必ず出てくるからです。
それに相手の意見をまったく聞こうともせず、一方的な嫌がらせも責任転嫁も出来ません。謙虚な心も持っているからです。
そうして、そんな人をだますような二重人格のような態度もとらないでしょう。そのような態度はまともな人のすることではないと分かっているからです。(そのような態度は詐欺師のようです)
陰で悪口も言わないでしょう。正々堂々と話をするはずです。それが人として当たり前の態度であるからです。
このようなことが出来ていない、ということは完全に悪魔に洗脳されているからであり、だから私に起きている神の奇跡を見ても、奇跡とは思わないのです。
自分の心が悪魔とかし、すでに神の業を神の業と見られなくなっているからです。だから私に鳥などが集まってくる奇跡を見ると腹が立つのです。心が悪魔であるからです。(悪魔は神が起こされる奇跡を見ると腹が立つのです。自分の力とは真逆の力が現れているからです。そのような力を見ると悔しくて仕方ないのです)
私を見るとやたら腹が立つ人は、すでに悪魔に洗脳されているのです。(だから嫌がらせをせずにおれないのです)
しかし、悪魔に洗脳されていては幸せになれるはずがありません。(自覚のないまま悪いことばかりするからです)
早くその洗脳に気づいて、洗脳から抜け出さなければ、どのような不幸が現れるかしれないのです。
「自分が洗脳などされているわけがない」などと自己逃避をしていても、その洗脳は抜けません。
しっかり自分を振り返り反省してみることです。そうすれば、自分が悪魔に洗脳されていたということは、誰にでも分かるからです。



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