>>ブログトップへ

6月 13 2015

動物たちの心

11:07 AM ブログ

それにしても意識してやっているんでしょうか?

毎回やることが違うからです。何が違うのか?魚たちのパフォーマンスがです。(あれはもうパフォーマンスの域に達しています。〔笑〕)

昨日堀川に行くと、いつも歩く堀川のすぐ脇の道が水であふれていました。そこは潮が満ちてくると水に浸かって歩けなくなるのですが、昨日はそんな感じでした。

しかし堀川を見ていると、どうも潮が引ている感じだったので「もうしばらくしたら歩けるな」とも思って、その道に降りて行く通路の途中で川をしばらく見ていました。(堀川のすぐ脇の道の方が魚がよく見えますから、その道を歩きたかったからです)

そうしたら、また小さな魚が私の前に集まってきたのです。

「何だ、お前ら来たのか」とか話しかけながら見ていると、その集団は十数匹くらいでしたが、そのうちにあちらにも十数匹、こちらにも十数匹と小魚の集団が寄ってきて、あちこちでピチピチ、パチャパチャ始まりました。

私のすぐ前に来てパチャパチャやっている集団もあります。

しかし、この道はもう水が引きかけているのです。

「オイオイ、お前らそんなにこっちに来て大丈夫か?戻れなくなるから早く向こうの川の方に行け」と私が心配しているのに、川の方に行くどころか、この小魚たち私が近くに寄って行っても逃げようともしません。

「危ない連中だな」とかいいながら、私もその場面を動画に撮っていました。

動画を観てもらえれば分かりますが、その場面を撮り始めた時には、その道には水があふれていましたが十数分後、その動画を撮り終える頃には、その道に水はなくなっています。(鳥が、さっきまで小魚が泳いでいた道をトコトコ歩いている場面で、その動画は終わりますので違いがよく分かると思います)

本当に潮が引きかけている道に、小魚がたくさん集まってきたのがよく分かると思いますが、その後のことです。

私が、とろこどころ水が残る潮が引いたいつも歩く堀川の脇の道に下りて、逃げ遅れた小魚はいないだろうなと、キョロキョロその辺りを見ていましたが、どうやら逃げ遅れた魚はいないようでした。(よくあんな潮が引くギリギリまでこちら側にいて〔最後は小魚の背びれが水から出ていたくらいですから〕一匹も逃げ遅れなかったなとちょっと感心しましたが)

そこからを堀川を見ると、またすぐ近くに小魚がたくさん水面まで出てきていて、それがずっと続いています。

「また、たくさん出てきたな」と思い、出てきているのを無視するわけにもいかないので「お前ら元気か」と声をかけながら、その堀川の脇の道を歩いていました。

そうしたらです。その小魚がたくさんいるなかの数十匹の集団が急に飛び跳ねだしたのです。

その辺りにいた小魚が一変に跳ね出すのですから、それはそれで迫力がありました。(小魚数十匹が一斉に凄い勢いで跳ね出したものですからね。驚きました)

あんなの始めて見ましたが「凄いな」と興奮しました。(もちろん動画に撮りました)

何でこうもやることが毎回違うのか、だから私は最初に、この魚たちのやることはもうパフォーマンスの域に達していると書いたのです。(笑)

見ていると毎回違うことをやるからです。意識してそういうことをしているのか、それとも意識せずにそんなことをしているのか、それは分かりませんが、とにかく私は外に出て行くだけで、もうそこは自然の動物園であり水族館であるのです。(ある場所のすずめたちも同じようなことをしているからです。毎回やることが違うというすずめたちがいるからです)

人が仕込んだわけでもないのに、勝手にパフォーマンスをする動物たち、本来、人と動物たちとの関係はそのようなものなのかもしれません。

ほっておいても動物たちは人を癒してくれる(現に、犬や猫などそのような存在であるのですから)そのような存在なのかもしれませんが、そのような動物たちの心を人が分かってやれないのです。

だから、動物たちは人を喜ばそうと思っても、それが素直に出来ない、その前に自分たちが襲われるのではないか、そのような恐怖心が先に来てです。

そのような心を持っている人が多いからです。だから動物は人が来ると逃げていくのです。そのような動物に対する愛のない心を恐れてです。

しかし、本当は動物たちは(どのような動物であろうとです)人の味方であり、決して敵ではないということです。

人の心が愛と調和に満たされれば、どんな小さな動物も、どんなに気の弱い動物もみな喜んで人に寄ってくるのです。(現に私にはそのようなことが起きているのですから、これ以上の証明はありません)

このように私は、外に出て動物たちを見るのが毎回楽しみでもあり癒しでもあります。

毎日、今日は何が起きるのかなと楽しみに一日が始まるのと、同じ、今日は何が起きるのかなと思うことでも、誰かがまた病気をするのではないか、また悪いことが起きるのではないか、と思うことでは、その思いは天と地ほどの差があるのです。

神に従えば楽しみが、神に逆らえば恐怖が、毎日のように起きてくることになります。(その両極端な現象が、私と私の周りには起きています)

神に従われてはどうでしょう。そうすれば、これまでには考えられない奇跡の出来事が次々に起きてくるからです。

(何度もいいますが、そこらにいる動物たちが、このようなパフォーマンスを行うなど誰が知っていたでしょう。誰も知らなかったんではないでしょうか。神の心を勉強していると、これまで起きなかった奇跡的な現象が次々に起き出すのです。まだまだ、そのような奇跡はこれから起きると思いますが、皆様方がしている体験と、私がしている体験ではずいぶん違うのではないでしょうか。このような奇跡の体験まで出来るのが、神の心の勉強するということなのです)

2コメント

2 コメント to “動物たちの心”

  1. ウナッシー2015/06/13 at 2:07 PM

    久しぶりに映画を観に行ってきました。流行りの「イニシエーションラブ」です。イニシエーションつまり大人になる通過点を、ラブ=恋愛に絡めた内容なのです。若かりし切ない恋の苦さを、視点を変えて癒してくれるものでした。でも途中で高橋先生の事を思い出し、この映画を観る様にあの世に帰ったら自分を振り返るのだろう、やっぱり声を出しても届かないし過ぎし日々のことで当然のことであろうと思います。その事を改めて感じるものでした。
    また映画は恋愛の内容でしたが、自分から見た自分の反省だけでは足りないところもあるような気がしました。常に周りとの関係の中で過ごしているのだからもっと視野も拡げた方が良い気がしてきました。

  2. gtskokor2015/06/13 at 2:41 PM

    最近映画は観ませんが(その映画、そんなに流行っているんですか?)ウナッシーさんもずいぶん観られる映画がお若い。(笑)
    しかし、そういう心を忘れてはいけませんし、そういう恋愛で反省すべきことも過去あったでしょう。(私もありました。〔苦笑〕)
    ウナッシーさんは、その反省を奥さんに生かしてあげればよいのですが、私はこれから生かさないといけません。(笑)
    そのような点でも、お互いに心の若さは忘れないでいましょう。

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。