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6月 23 2015

反省

10:53 AM ブログ

今日は書かせてもらってよいのでしょうか?

なにしろ前の会社の顔色をうかがいながら書かないといけません。本当に大変です。(昨日はやたらうるさかったですからね)

今日もこちょこちょやっていますが、音がずいぶん遠くで聞こえます。また何か起きたんでしょうか?

一昨日の日曜日の話です。

朝から雨が降っていました。その雨が私がブログを書いている最中は強く降り続け、そのブログを書き終わるとほぼ同時くらいにやんだのです。

その雨のお蔭で、日曜日は誰にも邪魔されず(日曜日は日曜日で、前のマンションの人たちやらが網戸をバシバシやってきますので)ブログを書けたのですが、あまりにタイミングがよかったものですから、私は「ブログを書いている最中は雨が降り続け、書き終わると同時に雨がやんだよ。凄いね。このブログが天に通じている証拠だね」みたいなことを得意げにいったのです。

そうしたら、その声を聞いていた前のマンションの二、三の人にバシバシやられたのですが、その声を聞いていたこの辺りの人も何人もいたはずです。

あれは偶然だったのでしょうか?それとも必然だったのでしょうか?

この辺りの人たちで、あのような現象を偶然と思う人の方がもう少ないと思いますが、いま考えると、まるで翌日の、このブログを書かせないことがいかに悪いことか、それを暗示したかのような出来事でありました。

天に通じているものを書かせなければ、当然そのようなことを行っている人たちは天罰を食らいます。だから食らったのではないですか、天罰をです。

なのに、それが私のせいですか?

まさに盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しいとはこのことでしょう。悪いことをしているのはあなたたちの方なのです。

悪いことをしているから天罰を食らい、私は、悪いこともしていないしよいこともしているから奇跡が起きるのです。

何でこんな分かりやすいことを認めようとしないのか、本当に意味が分かりませんが、こういう場合は結果がすべてです。(結果が過程を教えています)

悪いことが起きてほしくなければ、悪いことはやめることです。

この辺りの人たちは結果しか見ませんが、その結果を見る見方が違っているのです。

悪いことが起きている方がよくて、悪いことが起きていない方が悪いと見ているのですから話になりません。そのような見方をする人たちはたぶん史上初でしょう。(悪いことをしている方に奇跡が起きて、悪いことをしていない方に災いが起きる、考えられない発想だと思うんですが…)

悪いことが起きている人が多いので、それ(悪いことが起きている方が悪い)を認めたら自分たちの悪いことまで認めないといけない。それを認めたくなくて、それでそのような強引な考えでいるというのであれば、あまりに不誠実でしょう。

そういうことをしているから名古屋はいいことが起きないのです。

反省されてはいかがでしょう。もうどちらが悪いかは火を見るよりも明らかであるからです。

自分たちはまじめに神を思っていましたか?ちょっと気に食わないからと、人の悪口をいったり嫌がらせなどをしなかったでしょうか?よいことをしてくれた人に感謝をしましたか?

そのくらいのこと、他の人でもやったりやらなかったりしているではないか、ではないのです。

名古屋の多くの人は法を知ったのです。法を知ったのであれば、一番最初に、そのようなことを反省しなければいけなかったのであり、そのような謙虚な心がなかったばかりに(傲慢な人が多かったばかりに)気づきの現象が次々に現れたということです。

病気やけがなどすべてそうですが、それは自分が反省しなければいけないという気づきの現象であり、意味もなく現れているのではないのです。必ず自分のどこかに反省すべき点があるから、そのような現象が現れたのであり、なければ現れません。

また、現在そのような現象が現れていない人でも、それは様々な理由があり(我が強かったり〔我が強い人は、そのような気づきの現象もなかなか現れないのです。自分の我がじゃまをして反省の機会を逃しているのです〕まだ反省の期間を与えられていたり)そのような心のままだといずれは反省させられるのです。

それは特別名古屋の人たちばかりではありません。すべての人にそれは現れるのです。(ただ早いか遅いかだけです。名古屋の人は法を知ったのでそれが早く現れた、それだけのことです。早く現れた方がいいでしょう。間違いを早く知ることになるからです)

名古屋の人々は法を知ったにもかかわらず(心が救われたにもかかわらず)まったく感謝しませんでした。そればかりか、法を教えてくれた人を悪者に仕立て上げ嫌がらせまで始めたのです。

そのような心と行いがいけなかったのに、それをまったく反省しようともせず(そのような心と行いのせいで起きてきた)天罰まで、その人のせいにして嫌がらせをし続けているのです。

これでどうして名古屋にいいことが起きるのでしょう。

こういう悪事をし続けていて、名古屋によいことが起きるわけがないのです。(あまりに名古屋の人、悪いという自覚がなさ過ぎです)

いつまでデタラメな噂を流し続けて私一人を悪者にしておくつもりですか?そんなことをしていても、最後に泣くのは、そのようなことをしている人たちなのです。

自分たちの心と行いを反省されてはどうでしょう。本当に悪いのは反省しようともしない名古屋の人たちだからです。

悪いことが起きている方が悪い、これは善悪を判断するうえでの基本なのです。

(また多数決でもありません。私が悪いという人が多いからと、だから私が悪いではないのです。それだけ〔知らずに〕悪いことをしている人が多いというだけのことです。何度もいいますが、こういう場合は結果がすべてを物語っているからです)

追伸…なんか毎回、同じようなことを書いている印象があるのですが、私の周りでは次々に現象が現れている人たちがいます。そういう人たちをほってもおけないので、同じようなブログになってしまうのですが、他の地域の人たちはそこはご容赦ください。

いずれは自分たちの参考になると思うからです。(たぶん名古屋と同じようなことがどこも起きてくると思うからです。現にサイレンなどあちこちでしだしたようですし)

先ほどもヘリの音がしていましたが、それにしてもあのヘリは一体いつまで飛んでくるつもりでしょうか?(昨日は庄内川の川岸をずっと歩いて探検していたのですが、昨日など十機くらい〔しかもいろいろなヘリが〕かわるがわる飛んで来ました)

それにどこにいても飛んできますし。(勘八峡に行った時も、木曽川や長良川に行った時も、どこに行った時でも飛んできました。本当に異常ですね。〔苦笑〕)

もう何年にもわたってですから、あれ莫大な費用がかかっていると思うんですが、何度もいいますが、その費用を少しこちらに回せないのでしょうか?

これほどの現象が毎日のように起きているのです。こんな教えは他にありません。

本当にこの教えを、一刻も早く世界に伝えないといけないと思うからです。(こんな名古屋で私一人がいっているような教えではありません。世界中の人が知らないといけない教えなのです)

このブログを読んでいる皆さんが、早くそれに気づいて動いてくれればいいんですが、一向に動こうとしません。(それどころか、逆らい続けているのですから呆れます)

どれだけ書いたら、どれだけ現象が現れたら、この教えの偉大さに気づくのでしょうか?

このブログを読んでいる人の罪は本当に大きいといわざるを得ません。

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