7月 08 2015
偏向報道と歴史観
昨日は鹿児島も雨が降らなかったようですね。(全国的には雨になったのにです)
今日、明日も大丈夫そうですが、もちろん、なぜ雨が降らなかったのかはお分かりであると思います。昨日から川内原発の核燃料の搬入が始まったからです。
原発の再稼働を急がれた方がいいでしょう。その方が異常気象も和らぐと思うからです。
そのような原発の話はまたにして、昨日の歴史問題の話をもう少し書きます。
昨日書いた、左翼の人を祈るというのはもちろん冗談ですが(下手に祈って、民主党や共産党の議員がバタバタ倒れて病気にでもなったら、殺人宗教といわれかねません)国会議員に言論弾圧だの、言論統制だの、言論の自由を守れだのいうのなら、少しくらい歴史観が違うことをいったくらいで、その議員を辞めさせるようなことはしないことです。(それは言論弾圧とはいわないのですか?)
日本は、近代の歴史に関することを政治家が発言すると異様な騒ぎになります。(異常にマスコミが騒ぎます)何でこれほどの大騒ぎになるのでしょうか?
それにテレビでいう歴史観は、とにかく日本は悪いことばかりしたの一点張りです。それに異を唱える政治家は議員を辞めさせられます。(マスコミによってたかって叩かれてです)
その政治家が、何か問題を起こして辞めさせられるというのなら話も分かりますが、歴史問題について「日本は悪いことばかりしたわけではない」その一言をいっただけで辞めさせられるのです。
これは異常なことなのではないでしょうか。(あまりに過敏過ぎませんか?やっていることがです)
これこそ人権弾圧、言論弾圧の最たるものなのではないでしょうか。
しかし、こと歴史認識に関しては、このような人権弾圧も言論弾圧も不思議と通ってしまうのです。(誰もそうとは思わないのです)
この日本の(特にマスコミの)歴史認識に対するおかしさは、とてもまともとは思えないのです。
その歴史認識が、正しいものであるなら別にそれもかまわないのでしょうが、例えば植民地政策一つとっても、日本と西洋の植民地政策では大違いのはずです。
それが分かっている人たちも多いのに、なぜ、そのような検証を少しもせず(あの検証好きなマスコミがです)日本は韓国を植民地支配し、韓国の人たちにひどいことばかりしたの一辺倒なのでしょう。(しかも台湾のことはわざといわずにです)
大東亜戦争を決断するに至った、アメリカが日本に突きつけた最後通牒であるハルノートでも、あれはアメリカ議会を通っていないはずです。(議会を通せば絶対に通らない内容のものであったからです。それだけ当時の日本にとって過酷な内容のものであったということです)
アメリカ議会を無視して、議会を通りそうもない過酷な内容の通牒を突きつけられたら、日本も立たざるを得ません。
しかし、そういう事情など一切無視して、あの戦争は軍部の暴走だの、政治家が止められなかっただのしかいわないのです。
なぜ、こんな単純な放送の仕方しかしないのですか?これでは、あまりに正確さを欠いた放送の仕方なのではないでしょうか。
一つ二つ例を書きましたが、少し書いただけでも、こと近代の歴史に関することはおかしなことばかりなのです。
こういう放送は正しい放送といえるのでしょうか?(明らかにおかしいと思いますが)
この前の、あの言論弾圧だの、言論統制だの、言論の自由を守れだの、烈火のごとく怒っていたマスコミの人たちは、では、そのような近代の歴史に、少しでも異を唱えた政治家をことごとく辞めさせたことや、分かっているのに意識的に間違った歴史を流し続けていることなどは、悪いことであるとは思わないのでしょうか?
「罪なき者、まず石を投げうて」とキリストにいわれたら、石を投げられる人はいるのでしょうか?
これまで何人(それではきかないですね。何十人、もっとですか)もの政治家を辞めさせて(もしかしたら、その政治家は何の罪もなかったかもしれないのにです。間違った歴史観を持っていたのは自分たちの方だったかもしれないのにです)平気でいられる。あるいは意識的に偏った歴史を放送し続けても平気でいられる、それはもう罪をつくっていることになるのです。
今年は戦後七十年にあたります。
もうこの辺りで、特に歴史観など、これまでのような一方的な(日本だけが悪いという)間違った放送の仕方ではなく、その当時の世界情勢や時代背景、日本の立場、そうして他国の立場なども考えた、正しい放送をしていくべきなのではないでしょうか。
なぜなら、これまでのような放送は、戦前や戦中と同じような偏向報道であるからです。必要以上に日本を貶める放送としか思えないからです。(いつまでも放送の世界は変わらないのですね。日本を必要以上に貶めるか、持ち上げるか、必ずどちらかに偏ります)
戦後七十年もたったのです。ソロソロそのような偏向報道は卒業していただかねばと思います。
そうしなければ、本当に自由な正しい報道などいつまでたっても出来ないからです。
今年は、日本の歴史観を変える節目の年にしなければいけないし、もう偏向報道など続けていては、それこそ自分たちにも何が起きてくるか分かりません。(そのような時代です)
それに、いつまでもそんな一方的な報道を続けられては、日本を守ってくださった英霊や先人の方々に顔向けも出来ません。
もう一度しっかり日本の歴史観、そうして、そのような報道の仕方を見直す時が来ているように思います。
戦後七十年、この年は、これまでの(間違った)歴史観を払しょくし正しい歴史と偏向報道をなくす、そのような記念の年としたいものです。
そのためにも、安倍総理が出される七十年談話は、しっかりしたものを出していただきたいと願っているのですが、その報道の仕方もまた、正しいものであっていただきたいと切に願っています。



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