8月 06 2015
正しい祈り
今日は七十回目の原爆の日です。
私たちは、核兵器廃絶のための努力と祈りはし続けないといけないでしょう。
それは日本が原爆の被爆国であるということだけではなく、そのような核戦争など起きれば地球全体が破壊されてしまうからです。
核兵器は世界人類を滅ぼします。核兵器廃絶の祈りだけは私たちは忘れてはならないのです。
その祈りといえば、昨日私よけいなこといいましたかね。その祈りのことでです。
昨日帰ってくると凄い怒りようでした。(どこかの会社ですが)そうして今日も朝から怒っています。どうやら皆さんの祈りが聞かれているようです。
何をいったかといえば、もうどこかの会社がうるさくて(私ばかりでなく)周りにも迷惑をかけ続けていると思ったから「周りの皆さんも一緒に祈ったらどうですか」と声をかけたのです。(ここでそのようなことをいうだけで、町中にそのいったことが広まります。そういう点では本当に楽です)
皆で祈った方が現れる現象も早くなると思ったからです。(私もこの近所では嫌われているんですが、敵の敵は味方ということで、協力される人もいるのではないかと思ってです)
もちろん、怒りなど持って祈ってはいけません。そういう怒りや恨みの心を持つのではなく「神よどうぞこの人たちを正しくお導きください」という愛の心で祈ってくださいと念を押しました。(祈り方は「神よこの者たちに様々な現象を現し、そのような現象を通しこの者たちを正しくお導きください。この者たちに光をお与えください。調和と安らぎをお与えください」程度でいいのです。いい方はだいたいでよくて、その心だけ間違えなければそれでいいのです。あとは神が〔天が〕祈った人の心と祈られた人の心を観て、それで判断してくれます。愛の心で祈り、あとは天に全託〔ぜんたく・すべて委ねるという意味です〕すればいいのです)
そうしたら覿面(てきめん)です。昨日帰ってきた時の怒りようは尋常じゃありませんでした。
即、何か現象が現れたようで、昨日はかなり怒っていました。あの怒りようだと多分誰か祈った人がいるのではないでしょうか?その祈りが聞かれているのです。
自分の祈りでこの連中に何が起きていてもです。(何が起きているのか知りませんが)それはこの連中が悪いことをしているから、天がそのような心と行いを観て、そのような現象が現れているのですから(それともちろん自分の良心の判断です)何一つ自分が罪の意識など持つ必要はないのです。
すべて本人の問題であるからです。
自分たちがした祈りは、その人が反省を促すための善意の行為なのであり、むしろよいことをしているのです。
だから私など、どれだけ祈りをしているか分かりませんが、そのような祈りをすればするだけ奇跡が起きてくるのです。
相手に何が起きても、それはその人にとってよい祈りであるからです。そのような現象を通して、その人の心は向上して行くからです。
だから、正しい祈りはこれ以上ない善行なのであり、すればするだけよいのです。(だから、釈尊やキリストも善人にも悪人にも同じように祈られたのです。それは善行であるからです)
このような正しい祈り(それは即ち正しい心で祈るということです)は何に対しても有効なのです。
例えばストーカーなどの問題でもそうでしょう。
警察にいったからと、そう簡単に諦めるストーカーばかりではありません。逆に警察にいったことを逆恨みし殺されることまであるのです。
こういう時に、正しい祈りを知っているのならすべて丸く収まるのです。
こういう場合は、相手の幸せを心から思って(「どうぞあなたも幸せになってください」とです。相手の心に愛を与えるのです。このような人たちは愛がほしいから寄って来ているからです)「神よこの方に光をお与えください。安らぎをお与えください。どうぞこの方を正しくお導きください」と祈ってから「あなたも神の子です。あなたはあなたのふさわしいところで幸せな生活をお続けください。神よ、どうぞこの方に光をお与えください。調和と安らぎをお与えください」と相手に祝福の祈りを送るのです。
そのような祈りを続けていると、相手の心に天から指導が与えられて(愛も与えられて)段々ストーカーをしている人に対する思いもなくなってきて、そのうちにストーカーをされなくなるのです。
ストーカーなどに対しては、こういう祈り(思い)が正しいのですが、だいたいの人はストーカーしてくる人を気持ち悪がったり、避けたりします。そのような行為(思い)が逆にストーカーを呼び込むということを知ってください。(愛のない行いが、よけいストーカーが愛をほしがるということになるからです)
そのストーカーも神の子です。ただ愛がほしいだけなのです。そのストーカーに愛を持って祈るのであれば自然に調和しながら、そのような事件は解決に向かっていくのです。
この正しい祈りを皆が知るようになれば、おかしな事件も減り、また悪いことをする人も減って行くと思います。(悪いことをしていると、そのしている人におかしな現象が現れるからです)
誰が祈っても、それが正しい祈りであるなら、その祈りは聞かれます。
そのような意味でも、この法を拡げることは重要なことであると思います。
追伸…ただし、正しい祈りは次のようなことも起こりますので、それはご用心ください。
例えば、ドメスティックバイオレンスをされていた妻が夫から逃げ、そうしてその夫が追ってくるのが怖くて夫を祈ったとします。
その場合、夫が悪ければ夫に現象が現れますが、妻が悪かった場合は祈った妻に現象が現れます。(正しい祈りは悪い方に気づきの現象が現れるからです)
この場合、夫を祈っていながら、妻がひっくり返るということもありますので、それはお気を付けください。
このようなドメスティックバイオレンスの場合、表面上は一方的に夫が暴力をふるうわけですから(妻がふるう時もありますが)夫が悪いということになりますが、内面(心)を観ると、妻が十分夫に愛を与えていなかったため、それが寂しくて夫は妻に暴力をふるっていた、という場合があります。(というか、こういうことが多いと思います。妻が夫に十分愛を与えているなら、その愛を与えてくれる妻に夫が暴力をふるうわけがないからです)
この場合は、妻が悪いというのことになり、妻に現象が現れます。
この世では表面を見ますが、天は内面を観ます。もし自分が悪いのではないかと思えるのなら、正しい祈りはされない方がいいでしょう。
自分に悪いことが起きるからです。
とにかく、正しい天への祈りはそれくらい公平に現象が現れるということです。決して、どちらかを贔屓(ひいき)することはありません。
だから、正しい祈りをされて悪い現象が現れた場合、それは現れた方が百パーセント悪いのです。(また天の観る目に間違いはないからです)
だから現象が現れた方が反省しないといけないのです。それをしないから、いつまでも悪いことが起きているのですが、その起きている人について同情などいりません。
それは現れている人が百パーセント悪いからです。その悪いところを直さないと、その人は結局地獄に堕ちるからです。
その地獄に行かなければいけない人たちを救うために、正しい祈りをしているのです。
なんの同情がいるのでしょう。
正しい祈りは、そのような人(の心)を救うために行っているのです。それがその人の本当の救いになるからです。



人目の訪問者です。
