8月 11 2015
七十年談話と安保法案
いよいよ今日から鹿児島の川内原発が再稼働されます。
この原発の再稼働で、少しはこの異様な暑さも収まるといいですが、安保法案で安倍政権の支持率が下がっているところに、この原発再稼働です。
これ以上支持率が下がらないといいんですが(どちらも反対派が多いですから)そうしてこの十四日には七十年談話も閣議決定されます。
ここは安倍政権の正念場ですね。
その七十年談話なんですが、閣議決定が近づくにつれ、何かあまりよくない話ばかりが聞こえてきますが気のせいでしょうか?
まさか五十年、六十年談話と、さほど変わらないものが出てくるのではないでしょうね。そうであるなら出さな方がよいように思われますが、そこはどうなんでしょう。(侵略からおわびから、全部入れるようなことをいっているテレビもあるようですが、広い意味での〔西洋列強も含めた〕侵略行為があった程度に入れる分には仕方がないと思いますが、また日本だけが悪いような書き方はしてはいけないでしょう。それにおわびはもう何度もしているのです。これ以上おわびを入れる必要があるのでしょうか?戦争などしてもおわびなどしようともしない国もあるというのにです)
何か、ずいぶん七十年談話が後退したように感じますが、それはやはり支持率が落ちているからですか?だとしたら、それは主に安保法案が原因なのですから、そちらをなんとかした方がよいのではないでしょうか。
七十年談話を後退させるのは筋違いであると思います。
七十年談話をあまり後退させてはまずいでしょう。この七十年談話を、これまでの日本とこれからの日本を指し示す、大事な指針としないといけないからです。
それを世界に向け発信しないといけないからです。
その大事な談話を五十年、六十年談話同様、属国意識に支配された他国に媚びるような談話にしてしまっては、日本をより貶めることになります。
三人続けて、日本の総理大臣がそんな談話を出されては、世界の国々からやはり日本はそのような国であったのかと思われてしまうからです。(そんな談話ばかりでは、これ以上日本を貶めることはないですし、英霊に対しどう顔向けされるのでしょう。いずれ私たちは、そのような英霊の方々ともお会いすることになるのにです。〔もちろんあの世でです〕)
もし、支持率を気にされての七十年談話の後退であるならば、七十年談話を後退させてはいけないでしょう。
後退させるのであれば、安保法案の方であるからです。
この安保法案を先延ばしされてはどうでしょう。仮に後退した七十年談話を閣議決定したところで、どちらにしても、安保法案を参議院から衆議院に差し戻して強行採決されれば、安倍政権の支持率はまた下がるのです。
そうであるなら、支持率を下げている一番の原因である安保法案を先延ばしされるべきではないでしょうか。
その方が支持率の低下は抑えることが出来るからです。
それに、この法案は反対が多いだけではなく、安倍総理が先にアメリカ議会で夏までに決めると宣言してから、日本での法案審議が始まったのです。
これはどう考えても順序が逆であり、そこに持ってきて十の法案を一つにまとめるという手荒なことまでしているのです。
これでは「日本のためにこの法案を通す」といくら安倍総理がいわれても、これだけ法案を急ぐのは、日本のためではなくアメリカのためではないかと日本の国民は誰でも思ってしまいます。
だから、この法案を急いで通そうとすればするだけ支持率が落ちていくのです。国民はこの法案に対する不信感の方が大きいからです。
そのような日本国民の心を考えるのであれば、ここで安保法案を強行採決するのは(参議院で賛成票が上回れば別でしょうが)間違いであり、その国民の心が少し落ち着くまで、この法案はもう少し議論を尽くし(次の国会まで)先延ばしすべきなのではないでしょうか。
どう考えても、この法案の時はまだ来ていないように思うからです。
それとも、それではアメリカに顔が立ちませんか?(そうであるなら、安倍総理は日本国民よりもアメリカの方が大事であるということになってしまいますが)
この安保法案を少し先延ばししたくらいで、アメリカとの同盟がどうこうなるわけでもないでしょう。(日米同盟は、それほど薄っぺらな同盟ではないはずです)それに参議院をこれだけ延ばしても反対票が上回ったとなれば、アメリカにも一応の顔は立つはずです。(それにアメリカの議会で、少々吹くのはアメリカ側も織り込み済みなのではないでしょうか)
日本の安全保障はもちろん大事ですが、こうも国内が揉めていては、まずその揉め事を解決しないと、政権自体が終わってしまいます。
政権が終わってしまっては元も子もないのではないでしょうか。
それとも安倍政権は、この安保法案と心中されるつもりですか?まだ決めなければいけない法案は山ほどあるというのにです。
安倍総理の目的は安保法案を通されることなのでしょうか?それとも憲法改正まで考えていられるのでしょうか?
もし、安倍総理が安保法案を通すことを最終目的とされているなら、七十年談話を後退させようが、強行採決をされようがそれはかまわないと思います。しかし、先々憲法改正まで視野に入れていられるのなら、ここで一法案にこだわって大きく支持率を下げる愚は避けられた方がいいと思います。
最終目的を果たせなくなるからです。(先送りしたら、安保法案が通せなくなるかもしれないという心配があるなら、その心配は無用でしょう。少し先送りしたくらいで安保法案程度の法案を通せないようでは、どちらにしても憲法改正など出来ないからです。安保法案を通すことよりも、よほど憲法改正の方が難しいからです)
第一次安倍政権の時にも、法案を急ぎすぎて(次々に法案を決めてしまったため)それに国民がついていけなくなって安倍政権の支持が急落し、それが政権崩壊につながったのです。(もちろん他の理由もありましたが)
同じ轍を踏んではいけないでしょう。
どれだけそれがよい法案であろうと、その法案のよさを国民がほとんど理解できないうちに、その法案を通すのは強行でしかないのであって、それはよいことではありません。
ある程度の国民が、その法案のよさを理解出来てはじめてその法案は生きるのであって、なんでもそうですが、その時は大事であるということです。(時を待たずにやってしまっては、どれだけよいことでも失敗します。)
まだ安保法案の時は来ていないように思います。
後退させるのであれば七十年談話ではなく、安保法案であると思います。安保法案を少し引かせるのであれば、またうまくいくのではないでしょうか。
(引くべき時に引くのもまた時なのです。時を間違えてはいけないのです)



人目の訪問者です。

明日からの夏季休暇になる今日は気付いたことがありました。それは日々ノルマを科され進捗を管理されることからの開放感は嬉しいものなのです。しかしそれはノルマを達成した日々の自己満足に過ぎないことが分かったのです。
これは何とかしないと現代のカルマとして残ってしまう。心まで休暇にしない様に自己管理を進め、充実したものにしたいと思います。
とはいえ、休みの時くらい気分転換は必要でしょう。
あまり心に残さない、それが一番であると思います。