9月 12 2015
因果応報
茨木県の鬼怒川の決壊は大変なことになっていますね。
死者、行方不明者は数十人にのぼり、まだ取り残されている人や避難してきた人、多くの家も流され水に浸って、どれほどの被害が出ているのか、またいつ復旧するのかまるで分りません。
これだけでも甚大な被害が出ているのに、昨日の大雨で宮城県の渋井川まで決壊してしまったとのこと。今回の大雨は一体どれほどの被害となるのでしょう。
やはりあの大雨は大変なことになったのですね。
祈ってあげてください、と頼んだのですが、関東の皆さん、あまり祈った人がいなかったのではないでしょうか。今日の朝、東京に大きな地震が起きましたが、あれなど東京の人たちがあまり祈らなかったよい証拠でしょう。
もし、東京の人たちが私のいうことを聞いて、あの大雨を祈っていたならば、鬼怒川の決壊はともかく宮城県の渋井川の決壊は止められたでしょう。本当に残念です。(私のような田舎者のいうことなど聞けませんか?昨日でもテレビを観ていたら、お前のいうことなど聞けるか、みたいな顔をした人いましたから。〔苦笑〕)
ずいぶん冷たい人が多いようですが、それにしても、もの凄い被害状況です。(これはもうオリンピックどころではないのではないですか?オリンピックも白紙撤回されたらどうでしょう)
愛と慈悲を出そうとしないと(自分さえよければいいという考えが強いと)そのような無慈悲な心は自分に返ってきます。結局、そのような心の持ち主は不幸になるのです。(東京の皆さん、首都直下型地震にお気を付けください。今のような心の人が多ければ起きますよ)
こちらでは、その典型のような出来事が次々に起きています。
今日はどこかの会社は休みですが、昨日もブログを書くのをじゃまされたので、午前中は前の会社を祈っていたんですが、そうしたら午後はずいぶんビビッていたようです。次々に何か起きているみたいです。(毎日夜の九時、十時頃までやって忙しいのに、よく土曜日休みにしますね。まさか昨夜全員が滅ぼされたということはないでしょうね。〔汗〕)
それに運転手連中の変わりようといったらないですね。
もちろんまだブシュブシュやってくる人はいますが、ずいぶん減りました。それに信号で止まっているトラックの運ちゃんに最近はよく声をかけるんですが、ほとんどの人が顔をこわばらせて無視です。
一体どうしたのでしょう?(「癌になった奴何人くらい出た」とです。そう聞くとほとんどの運転手が顔を引きつらせています。下を向いたり、向こうを向いてしまう人もいますが、しかし、私の質問を聞いてへらへら笑っている人はいません。ここ一週間くらいのことですが、よほど癌になる人が出ているのでしょうか?運転手の間で何が起きだしているのでしょう?)
しかし、こちらにどれだけ(鳥が寄ってくるなどの)よい現象が現れていても、それを一切無視して、悪い噂を鵜呑みにし(サイレンなどの)悪い現象だけはすべて私のせいにして、よってたかって嫌がらせを大勢の人が一方的にしてきたのです。
そんなことをされれば、普通の人ならうつ病になります。(毎日されるんですから)
重いうつ病になれば、その人の人生は終わりでしょうし、最悪自殺するかもしれません。
つまり、人一人を殺してしまうほどのことを私に嫌がらせをした運転手は、平気でしてきたのですから、それをした人、一人一人にその責任は同じようにかかってきます。(その説明は、前に集団ストーカーのことを書いたブログの中に書いています)
一人一人が殺人を犯すようなことをしているのですから、それをした人は、それと同じことが自分にも返ってくるのです。
だから、私に嫌がらせをした運転手が癌になっているのです。その罪が返ってきだしたということです。(因果応報)
これは運転手以外の人も同じでしょう。
歩いていると、そこらじゅうで嫌がらせをされるのです。当然、そんなことをされればうつ病になってもおかしくはありません。それほどのことをしているその罪は(自分は軽い気持ちでやっていたかもしれませんが、やっていることは大変な罪なのです)必ず自分に返ってくるのです。(ということは、私に嫌がらせをした人は、これから癌などの命に関わる病気になる人がたくさん出てくるということです)
これは法則ですから(善因善果 悪因悪果)必ずそうなるのです。
それでも反省されようとしないのですか?(明らかに自分たちが悪いのにです)
二、三日前に北海道の方から布施(賛助会員の年会費)をいただきました。
その少し前にもウナッシーさんから布施をいただいたのですが、他の皆さんはまだ払っていただけないのでしょうか。(苦笑)
そういう愛と慈悲の心を実践することが大事なことなのであり、そのような心が自分を救うのです。(善を行えば善が自分に返ってくるからです)
いろいろ教えてもらって知らん顔をしている人も、根も葉もない噂だけ信じて嫌がらせをしてくる人も同じです。同じように罪をつくっているのです。(その罪の重い軽いはあるにせよです)
反省されてはどうでしょう。
そのような心の人ばかりでは、その人も救われないし、そのような救われない人が多いのであれば、結局、日本もダメになってしまうからです。
自分が悪かったという謙虚さ、愛と慈悲という本来、人としてのあるべき心をもう少し出されてはどうでしょう。(神の子である人間は誰でもそのような心を持っているからです)
そのような心を一人一人がもう少し出されるのであれば、それだけで多くの人々が救われて行きます。(もちろん自分も救われます)
自分を、そうして世の中を救いたいという心が少しでもあるなら、愛と慈悲の心を実践されることです。
そうすれば、救われるだけではなく奇跡まで体験することになるからです。
(ウナッシーさんと北海道の方はお二人とも奇跡を体験されています)
追伸…それにしても茨木の鬼怒川の決壊は大変な被害となっています。
鬼怒川に大雨が降ったといっても、その異常な大雨は上流の栃木県で降ったものが多くて、その大量に栃木で降った雨が下流の茨木にたくさん流れてきて、それであの常総市辺りで決壊したとのことですが、それでは茨木県は踏んだり蹴ったりですね。(栃木で降った大雨のせいで決壊したようなものですから)
茨木は今回の鬼怒川の決壊被害だけではなく、地震も多発しています。(この決壊被害が起きた茨木南部は地震の巣といわれていますから)
今回のあの辺りで起きた決壊も、もしかしたら、そのような反原発がある風力発電が原因しているのかもしれません。
宮城県で起きた渋井川の決壊も、あるいは女川原発を再稼働していたら防げていたかもしれませんね。現に鹿児島は原発を動かしてから、異常な大雨は降らなくなったからです。(多少の大雨はあるにせよです)
とにかく、このような異常気象が起きると物質面ばかり取り上げていますが(台風がどうの、低気圧がどうのとかです)本当の原因は目に見えない精神の部分にあるのです。
早く、そのことにも多くの人が気づいてほしいものです。
そうすれば本当の防災、減災が出来るからです。



人目の訪問者です。

今回の水害では避難場所が確保され避難できた方々もいたようで、避難先からの中継も報道されてました。そこには至極当然のように菓子類や飲料水が確保され皆さんは分けていました。実のところこの物資は地元企業からの差し入れ善意だそうです。やはり当たり前などは無に等しく慈悲の現れであり、このような場面一つ観ても心の在り方の勉強になります。自分がしっかりとしようとする前に、周りには知らなければならない慈悲の心があり、それに感謝できるだけの心の器を日頃から養うことが大事だと気付きました。
本当に当たり前などということはありませんね。(この地球にある空気や水でさえ神が用意されたものなのですから)
多くの人が本当に感謝が足りないと思います。