9月 22 2015
調和する大事さ
昨日は、久しぶりに野球観戦に行きました。(今年初めてです)
本当は今年は行く気がなかったのです。そこの球団の選手に嫌がらせをされて気分が悪いのと、こちらは人が多いところに行くのが大変だからです。(行く電車の中も〔下手すると〕大変ですし、行ったところでも大変だからです。ゴルフ観戦は、まだあちこち移動できますのでいいのですが、野球観戦はその場所でジッとしていないといけません。近くにおかしなのがいると修羅場になりますからね。〔苦笑〕)
しかし、今年で引退する選手も多かったので、最後くらい観ておこうかと、それで行ったのです。
しかし、あの球団最後までダメでしたね。(昨日も完封負けです)
いや、最後までというか、ずいぶん成績が極端でした。何連敗もしたかと思うと急に連勝が始まって何連勝もするのです。
一年を通してそんな感じでした。強いのか弱いのかよく分からなかったんですが、成績は最下位です。(まだ分かりませんけど多分そうでしょう)
そうなるでしょうね。これだけ極端な成績ではよい結果が現れるわけがありません。中道でないからです。
この球団がこれだけ極端な成績になったのも、この球団の中に極端な人がいるからでしょう。その人の心が成績に現れたのです。
では、その人の心を変えるか何かしないと、また来年もこのようになりよい成績はあげられないということになります。
選手補強も大事なのですが、調和するということはもっと大事なことです。調和する努力をされてはどうでしょうか。(しかし、あの背番号7の選手も今年は悪かったですね。手は骨折するわ、成績はまるで上がらないわ、最悪でした。厄払いに背番号を変えられてはどうでしょう。あの選手が7をつけていては逆に成績は悪くなるからです。これだけ神の運動に協力しなくては七大天使は協力しません。あの選手がそんな番号などつけていれば、それではいけないという災いの現象はよけい現れます。あの選手に7は不吉なのです。〔選手によっては7はラッキー7ではなく、アンラッキー7になるということです〕)
マァ、プロ野球球団のことはいいのですが、その調和といえばです。
運転手の皆さん大丈夫でしょうか?
昨日も下を向いたり横を向いたりしている人が多かったですね。(運転中にあんなことしたら危ないですよ)二、三の人がブシュとやってきたので祈ったんですが、中の一人の運転手が烈火のごとく怒っていました。
それが凄い怒りようなのです。「俺を殺す気か」というような表情で怒っています。
その怒りように私は思わず謝りかけましたが(凄い目でにらんでくるのでビビりました)よく考えてみれば嫌がらせをしてきたのは向こうの方です。
その嫌がらせに対し、私は「そのような嫌がらせをやめてください」という祈りをしているだけなのですから、私が謝るというのは筋が違うでしょう。
詫びを入れるのは運転手の方だからです。
しかし、それを忘れるくらいの怒り方でした。一体運転手の皆さんに何が起きているのでしょう?(それ以外の運転手はみな顔を引きつらせていましたし…では、嫌がらせなどしなければいいのにと思いますが)
それにこの辺りも変です。
昨日は前のマンションがバシバシやっていましたが、今日は静かです。昨夜何かマンションもおかしかったのですが(急に怒りだしたところがあったようですが)また何か起きたのでしょうか?
次々に不吉なことが起きているように感じますが、先ほども書きましたがもう少し調和されたらどうでしょう。
お前が悪い、お前が悪いの一辺倒で、悪いことを全部私のせいにして怒っていたところで、この災いは止まりません。自分たちの神を思おうとしない不信心さが現象として現れる時代となったのです。
その時代が変わったから起きだしたことを人のせいにしているだけなのです。
自分が悪かったと認められ、少しは私のいうことを聞かれてはどうでしょう。その悪者のはずの私には奇跡が起きているからです。
何でそんな悪者に奇跡が起きるのですか?そうして悪くない人たちに災いが起きるのでしょう。(普通逆でしょう。というかどう考えても逆です。そのように思っている人たちが間違っているのです)
口だけではなく、そのような現象が現れているのです。この起きる現象の違いだけは認めざるをえないでしょう。認められてはどうですか?自分たちが悪かったとです。
災いが起きるより奇跡が起きる方がよいのではないですか?(前に中学生もそれをいっていましたが)素直に自分が悪かったと認められ、私のいうことを聞くなら災いではなく奇跡が起きてきます。
また奇跡まで起きなくても、反省するなら災いは起きなくなります。それだけでも十分なのではないでしょうか。
しかし、今のままなら(まったく私の話に耳を傾けようとしないなら)少なくとも私に嫌がらせをした運転手連中は、もう一生楽しくはないでしょう。
私の癌という言葉に、それだけ顔を引きつらせているのです。そのような態度は、すでに多くの人に癌が現れた証拠であるからです。
それだけ癌が現れているのであれば、もういつ自分に癌が現れるか分からないのです。(もうはっきり書いておきます。このままではどれだけ癌になる人が現れるか分からないからです)
それでは仕事をしている時でも、一家団欒の時でも、そのことが頭から離れることはなく、トイレに行くたびに今回は大丈夫であろうか、またどこかにしこりなど出来ていないのだろうかと、ビクビクしながら生活して行かなければいけません。
それで楽しいはずがないでしょう。すでにその人たちの心の中は地獄であるからです。
このままでは、そのような地獄の心のままで一生を終えないといけなくなるのです。それでは仮に百まで生きても楽しくはないでしょう。
逆に長く生きれば生きるほど、その苦しみが長く続くのです。まさに生き地獄ですね。(そうして死んだ後も地獄に堕ちないといけません。生き地獄の後に本当の地獄が待っているのです)
ここに書いたことは脅しでもなんでもありません。実際に起きていることだからです。(そうでなければ運転手連中があれほど顔を引きつらせないでしょう)
調和することの大事さを少しは分かっていただけるでしょうか。(これまでは、ずっと運転手連中が私に嫌がらせをし続け不調和なままで来たのです。〔それも根も葉もない噂を信じてです。私に何の罪もなかったのなら、これだけの嫌がらせを大勢で続けてきたのです。その罪はどれだけ重いか分かりません〕だからこれだけのことが起き始めたのです。罪もない者に嫌がらせを続け不調和なままでいたからです)
今のまま、私に逆らい続けるのであれば、このような地獄しかまっていません。
しかし、私に詫びを入れ調和することが出来れば、奇跡も起きて来て、そこにそのまま天上の世界が現れるのです。
調和しますか?それとも不調和のままでいいのですか?
早く決断された方がいいでしょう。もう残り少ない時間の人もたくさんいると思うからです。
(悪いことはいいません。運転手の人たちは急がれた方がいいでしょう。あなたたちは私に対し〔神に対し〕相当悪いことをしているからです。〔間違ったことをし続けているのはあなたたちの方なのです〕その自覚がないだけです。しかし、起きだしたことの恐ろしさで、自分たちのやっていることの罪の深さを知ってください。如来の悪口をいっただけで次々に癌になる人を私は何人も見ています。今起きていることはこれが初めてではないのです。すでにこのようなことは起きているのです)



人目の訪問者です。
