9月 29 2015
合掌(がっしょう)
今日はまた朝から凄い怒りようです。(本当に毎日極端に態度が変わりますね)
昨夜も何か次々に起きていたようですからね。切れまくっているんでしょうが、しかし、神の業に切れますかね。
本当に罰当たりな人たちです。(でも、徹底的なブログのじゃまは出来ないようです。どれだけ突っ張った態度を取ってもやはり怖いんでしょう)
こちらも朝から嵐が吹いているんですが、あの台風21号は凄い勢力まで発達したんですね。与那国島で最大瞬間風速が81メートルを記録したそうです。
これだけの強風が吹くなど五十年ぶりくらいだそうですが、本当に最近の台風は勢力が強まっています。
ゲリラ豪雨は激しくなる一方、台風は強力になる一方、突風(竜巻)や梅雨前線や秋雨前線などによる豪雨も激しさを増しているんですが、それもこれもみな温暖化のせい……のはずなんですが、昨日のテレビで面白いことをいっていました。
なんとここ十年の平均気温は変わっていないそうです。
しかし、これだけ雨や風などの現象が激しくなったのはここ数年の話です。
この十年の平均気温は変わっていないのに、起きる現象は段々激しくなっている…これ本当に温暖化のせいなんでしょうか?
というか、温暖化のせいではないと証明されたのではないですか。だって、気温とは関係なく起きる現象は激しくなっているからです。(昨日のニュースの中ではサラッといっていただけですが、もしかするとこれ世界の常識を覆す発見なんじゃないですか?というか、やっちゃったんじゃないですか、学者がつくりだしたこじつけ話の間違いの暴露をです)
マァ、それでもなんだかんだ細かい部分をほじくりだして(一部分をさも全体のようにいって)今起きている現象の激しさを学者連中は温暖化に結びつけ、自分たちのいっていることを正当化するんでしょうが(そういうの得意ですから。〔笑〕)私が前からいっているように、この激しくなる一方の現象は温暖化のせいではありません。
皆さん方の心が神から離れれば離れるほど、起きる現象は激しく強力になり、神の心に近づけば近づくほど、起きる現象は弱まっていきます。
早く多くの人が神の心(法)を知ることです。そうすれば、この異常気象(もちろん他の異常現象もです)は収まるからです。
昨夜はスーパームーンでした。家への帰り道、大きな月がよく見えました。
あれだけ大きな月がよく見えると、何か神々しく思わず合掌したくなりますね。(笑)
私たちは神や仏に祈る時、みな合掌しますが、この合掌するということも深い意味があるのです。
合掌して神(仏)に祈りを捧げる時は、みな胸の前くらいに手を合わせ、そうして祈ると思うのですが、この時に手を合わせない人はいないと思います。(例えば、手をぴったりとつけずに少し離して祈るとか、大きく離して祈るとかです)
また手を合わせるにしても、その合わせた手を体の中心ではなく、少し横にずらして祈る人もいないと思います。(例えば、右にずらしたり左にずらしたりです。まさか自分の心臓の前〔ということは少し左にずらすということです〕で手を合わせて祈るという人もいないでしょう。〔笑〕)
みな必ず合掌する時は、自分の中心に手を持ってきて、そうして手をピタリと合わせて祈るのです。
これはなぜだかお分かりですか?
このような態度が一番自然であるから、などという理由ではありません。ちゃんとした理由があるのです。
合掌する時、手を体の中心に持ってくるのは、どちらにも偏らない中道を現しているのです。そうして手をピタリと合わせるのは調和を現しています。
つまり、合掌している姿は、中道と調和を現しているのであり、合掌するその行い自体、すでに神の心を体現しているのです。
だから合掌する時、手を合わせなかったり(これは不調和を意味します)手を合わせても、その手を中心ではなく右か左にずらすようなことはしないのであり(どちらかに偏ってしまっては中道でありませんから)もし、そのような態度で祈るのであれば、そのような態度は、祈りの態度としては不遜以外の何ものでもないのです。
このように合掌するにしても、その姿は神の心をそのまま現しているのであり、その姿の現すまま、どちらにも偏らない中道の心で調和ある祈りをしないといけないのです。
そのような中道と調和する心を誰もが持つなら、この異常気象は収まってきます。多くの人が偏った不調和な心ばかり持っているから不幸が起きるのです。(それと責任転嫁もやめましょう。天変地変もすべて自己責任です)
何か腹が立ったような時は、合掌し(神の心を体現し)心を落ち着けて、その腹が立ったことを神に祈ってください。(キリストも汝を責め憎む者のために祈れといわれているくらいですから)
そのような思いと行いこそが神仏に通じ、それが自分自身をも救うことになるのです。
合掌。
(どこかの会社も急に静かになりました。〔また何か起きたんでしょうか?〕ここに書いたことと反対のことをしているのです。では逆のこと〔災い〕が起きるのは自明でしょう)



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