10月 29 2015
最大の伝道者
キリストの弟子のパウロという人を知っている人も多いと思います。
この方はキリスト教最大の伝道者といわれ、キリストの一番弟子であったペテロよりも有名なのではないでしょうか。
しかしパウロは、キリストの十二使徒でもなければ直接キリストから教えを学んだわけでもないのです。それどころか、元々パウロはユダヤ教徒であり、キリスト教徒を迫害していたのです。
そのパウロがなぜキリスト教最大の伝道者といわれるようになったのか?
それは次のような奇跡がパウロに起きたからです。
それは「ダマスカスの奇跡」として有名な出来事なのですが(今のシリアのダマスカスは空爆と戦闘でとても奇跡が起きる状況ではありませんが)パウロは多くのキリスト教徒を迫害していました。
そのパウロがダマスカスに遠征していた時の話です。
ダマスカスのある場所で急に天から光が差しパウロを照らします。その時パウロ(この時パウロはサウロという名でありました)は「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」というキリストの声を聞いたのです。
不思議なことに、このキリストの声を聞いたとたんパウロは目が見えなくなります。
その見えなくなったパウロの目をあるキリスト教徒が癒します。
それからパウロは回心し(この時サウロからパウロと改名しますが、これが「パウロの回心」といわれるものです。〔または「サウロ回心」といわれます〕)キリスト教徒として命懸けでキリスト教を世界に伝え、数々の奇跡を現し、そうしてキリスト教最大の伝道者と後にいわれるようになるのです。
元々はユダヤ教徒であり、キリスト教徒を迫害していた者がキリスト教最大の伝道者といわれるようになるというのですから、ということはどれだけ悪い人でも回心するなら、このパウロのようになれるということです。(もちろん資質もあるのですが〔パウロは菩薩界の人です〕それでも本人の努力次第です)
いま悪いことをしている人がずいぶんいます。(法に対してという意味です)
法の流布のじゃまや私に対する嫌がらせなど、パウロの当時でいえばキリスト教徒に対する迫害と同じなのです。その人が自殺してもおかしくないくらいの嫌がらせをし続けているからです。
その当時、多くのキリスト教徒が迫害され殺されましたが、ということは、それと同じことを現代の人たちもしているのです。
キリスト教徒(これは正しい法を説いている人という意味です)に対する迫害は現在もあるということですが、その当時のキリスト教徒は、やはり私と同じように数々の奇跡を現したのです。
その当時(二千年ほど前です)はキリストが説かれたキリスト教だけが正しい法であったからです。
だから、その正しい教えを勉強し実践している人たちだけに奇跡が起きたのです。
その当時、他のユダヤ教などの教えは何の奇跡も起きていなかったのに、奇跡が次々に起きるキリスト教を認めようとせず迫害したのです。
まさに歴史は繰り返すですね。
正しい教えは一切認めようとせず、自分たちの考えがすべてであり(無神論にせよ、他の間違った宗教にせよです)どれだけパウロに起きたような奇跡が現れても(いま多くの人に現れている神の業は、パウロに現れた奇跡と同じような一つの気づきの現象なのです)それでも誰も回心しようとしないのです。
その奇跡を一人の者のせいにして怒っているだけなのです。
しかし、もし、当時のパウロが現在の多くの人々と同じ態度を取っていたなら、現在キリスト教がこれだけ世界に拡がっているということはなかったでしょう。(ということは、多くの人が救われることはなかったということです)
せいぜいイスラエル辺りで、そのような宗教をやっている人がいる程度にしかならなかったのではないでしょうか。
たった一人のパウロの気づきで、キリストの教えは世界に拡がったのです。
その一人になってみてはどうでしょうか?
この高橋先生、園頭先生が説かれた教えが正しいものである、キリストや釈尊と同じ教えを説いていられるのであるということは、私が証明しています。(奇跡を動画にまで撮っているんですから間違いないでしょう)
迫害者でも、そのような英雄になれるのです。(だとしたら、今生は英雄になれる人がたくさんいますね。〔苦笑〕)
回心されたらどうでしょう。回心し、この教えを真摯に勉強されるなら必ず奇跡は起きてきます。その奇跡と、この教えをパウロのように全世界に伝道されるのです。
そうすればパウロ以上の英雄になるのも夢ではないでしょう。パウロの世以上に今生は文化文明が発達しているからです。(それだけ伝道しやすいということです。例えばパウロたちはどこに行くにも歩いて行かないといけなかったのです。今は車があり電車があり飛行機があります。どこにでもあっという間に行けるのです。それにパソコンもあります。説いたことが即座に世界に伝わるのです)
無理して法の流布のじゃまを今日も続けている人たちがいます。(かなり無理しているのが分かります。〔ずいぶん元気がありませんので〕次々に恐ろしいことが起きているのでしょう)そのような迫害者でも回心するなら英雄になれるのです。
「ダマスカスの奇跡」はすでにそこかしこに現れています。
あとはもうそれにいつ気づくのか、そうしていつ回心するのか、それだけなのです。



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