5月 01 2011
法を伝える使命①
今日の名古屋は朝から雨模様です。今週はその地元名古屋で男子プロのゴルフトーナメントがありました。今日は最終日ですが、この雨では台無しですね。
このゴルフトーナメント、今日を含めた四日間あまり天気はよくなかったようです。やたら風は吹くし、晴れていたかと思えば急に曇ってきて雨は降り出すし、最終日はこの天気です。最悪ですね、出場選手も大変です。
私はこのトーナメントは観に行くのをやめました。懐も寂しかったしブログを再開したとはいえ、心も晴れなかったものですから…(まさに今の天気のようです)。
というのも、この前寄付していただいた方の一人が、次のようなことを私に言われたのです。
「高橋先生も“私は宗教でなど飯を食べません。他に仕事も持ちながら法を説いているのです”といわれていたのだから、君も他の仕事をしながらブログを書けばいいじゃないか、あまりブログを書くのやめるの言うと誰も君のブログを読まなくなるぞ」(この方は高橋先生のことも園頭先生のこともご存知の方です)
私はそのとき「そうですね」としか言わなかったのですが……。
本心は『あぁっ、この方も私の心を分かっていられない』と残念な気持ちにしかなりませんでした。この方も私に寄付してくれたとはいえ、それは知り合いだから同情の気持ちから寄付してくれただけで、真に法のことを思って、私に寄付をしてくれたわけではない、という思いにしかならなかったからです。
『これではいくら私がここに法のことを書いても深くは伝わらない』としか思えませんでした、私の気持ちをこの方はまるで分かっていなかったからです。
この方は高橋先生もご存知の方ですが、園頭先生のこともご存知です。では、園頭先生はどうだったのでしょうか?
園頭先生は違います。園頭先生は戦争の悲惨な体験を通して、国が違い事情が違うとはいえ、人と人が争うことがどれだけ悲惨なことなのかを自覚され、世界平和のために一生を捧げようと思われ終戦後一人立たれ伝道されたのです。
高橋先生は高橋先生で決めてこられた法の説き方があり、園頭先生は園頭先生で決めてこられた法の説き方があります。
ここではっきり言っておきますが、高橋先生が説かれ、園頭先生が継がれた法(神理)を継いでいるのは私です。(巷ではそのようにいう人はたくさんいますが…では、そのような人のいうことを天がきいてくれるのでしょうか?私が高橋先生と園頭先生の法を継ぐ者であるから、天はここに書いたことに応えてくれるのです)それは、次のような夢を観たことでそれを知ることになりました。
その夢を観たのは、ちょうどあの四十日の間何も食べなかった時のことです。
何も物を食べなくなって三日ほどたったとき、その日は寒かったので、私は夜も外でなどろくろく寝られず、朝方コインランドリーが開いたので、コインランドリーの中に入りそこにある椅子に座っていました。すると前の晩ほとんど寝ていなかったので、椅子に座るとウトウト眠ってしまったのです(ほんの十分か十五分くらいだったと思います)そのときに不思議な夢を観ました。
その不思議な夢とは次の様なものでした。
私はある場所に立っていました。フッと足元を見ると土が少し盛り上がっていて何か足元に埋まっているのが分かりました。それに気づいた私はその足元の土を手で払いのけたのです。すると、土のなかから非常にきれいなピカピカ光る短剣が出てきたのでした。
その短剣は、柄には赤や青や緑といった石がちりばめられ、全体はきれいな黄金色に輝いています。
その短剣を見た私は、驚くと同時に嬉しさがこみ上げてきて感動していました。夢の中の私はその短剣が何であるかを知っていたからです。
その短剣とは高橋先生が持たれ、園頭先生が継がれた宝刀(法灯)であったのです。
それを今度は私が持つことになったのです。その宝刀(法灯)を手に取った私は(手が震えていましたが)顔や体が宝刀の光で金色に輝いていました。その宝刀を手にしようと、私はこれまでどれほど長い年月努力し続けてきたことか、それを夢の中の私は知っていました。その宝刀をやっと自分が手に入れることができたのです。
私は宝刀(法灯)を手にできたことが、本当に嬉しく感激して大喜びしていた、というところで目が覚めたのでした。
目が覚めた私は、もう何も食べずに死のうと思っていたときでしたので、何で死のうとしている自分が、高橋先生が説かれ園頭先生が継がれた法灯を継ぐことになったのか、この観た夢の意味が分かりませんでしたが、しかし、その後、私は死なずに済んで不思議なことに、このように高橋先生や園頭先生のこと、そうしてお二人が説かれた法をブログに書いています。
今思うと天に導かれ、そのような順序を貰ったとしか思えませんでした。
聖書に出てくる預言者といわれた方々がやられていた、四十日四十夜の断食、皆そのような修行を通し多くの人々に法を伝えていったのです。



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