11月 19 2015
正法の時代
また昨日ウナッシーさんから凄いコメントが届きました。
静岡県の浜松市の火葬場は一週間待ちだそうです。
二十世紀の心(末法の心)のままでは二十一世紀(正法の世)は生き残れない、まさにその通りのことが起きています。
大丈夫ですか?法を勉強しないで。今の心のままではみな早死にしそうですね。正法の心を持つ人たちなどほとんどいないと思うからです。
それでは正法の世は生きていけないと思うからです。
日本はあまり心のことをいいません。(それは日本だけではないかもしれませんが)
信仰をするにしても、お経を上げたり、仏像を拝んだり、先祖を拝んだりするだけです。日本の信仰とはそのようなもので誰も心をきれいにしろとはいわないのです。
それは私生活でも同じです。心などそっちのけで、表面上の身なりや行いは気をつけるようにいいますが、心をきれいにしろとは誰もいわないのです。
では、心がきれいな人がいるのかと逆にそちらの方が疑問ですね。誰も心のことをいわないからです。
しかし、人間はその心をきれいにしないといけないのです。
心がきれいであることが、神の子である人間の本来の姿であるからです。
だから、私たち人間は何より心をきれいにしないといけないのですが、その心をそっちのけで生活をしているのです。ではずいぶん心は汚れているでしょう。
何でもそうですが、ほっておいてきれいなままであるものなどないからです。(自分の部屋でも何でもほっておいては段々汚れていきます。ちゃんと掃除しないときれいにはならないのです)
では、心も同じでしょう。心をきれいにする努力をし続けないと心もすぐ汚れてしまうのです。
しかし、その心をきれいにする努力を誰もいわないのです。(心をきれいにしなければいけないはずの信仰でも心のことをいわないのですから、他でいうわけがありません)では、心が汚れている人がずいぶん多いと思います。
自分で気づいて自分の心をきれいにしようと努力する人も少ないと思うからです。
しかし、心が汚れているとは実は大変不幸なことなのです。各自がそれぞれ持っている心とは多くの力を持っているものであるからです。皆、その心の偉大性を知らないのです。
各自が持つ心とは唯一神に通じているものであり、異次元への電話のような役割も有しているのです。
その電話が地獄に通じれば悪魔が、天上界に通じれば光の天使が近くに寄ってきます。
そうして悪魔が寄ってくれば災いが光の天使が寄ってくるなら奇跡が起きるのです。
心が汚れていると勝手に地獄に心の電話が通じてしまいます。そうすると災いも起きやすくなるということです。
そのような不意の災いが起きないためにも、心をきれいにしておくことは大事なことであるのです。
私たちがしている祈りとは、実は心を通して異次元に電話をかけているのと同じことで、だから祈りがきかれたという人は、それは心を通し異次元にかけた電話が光の天使に通じて起きたものなのです。(または悪魔に通じてです。悪魔も奇跡を起こすからです)
そうして、この心はそのような役割だけではなく、自分が経験した過去世の記憶も残されています。
そういう過去世の記録が、この世を生きていく上で大きな助けとなっているのです。(知らず知らずのうちに過去世の経験が今生現れてです)
各自の心は神に通じているだけでなく、天上界にも地獄界にも通じ、そうして自分自身が過去に体験したすべての記録まで残されています。
そうしてこの心を通じて神の力をこの世に現すことまで出来ます。
目には見えませんが、私たちが知らないだけで、この自分たちが持っている心とは偉大なものであり、多くの可能性を秘めたものでもあるのです。
だからこそ、そのような偉大な心を汚してはならないのであり、その心を汚していてはその偉大な心の能力も発揮できないのです。
これからの時代、この心の偉大性を理解出来ず、心の偉大な能力が発揮できない人たちはいられなくなります。
これからは、そのような心の偉大性を理解し、その能力が発揮できる人しか生活できない時代となるからです。
時代が変われば、前時代の考えをいつまでも持っている人は生活できなくなります。それはいつの時代でも同じなのではないでしょうか。
戦国時代の考えのままの人は江戸時代を生きることは出来なかったであろうし、そのような武士の時代の考えのままの人は、明治や大正の時代を生きることは出来なかったでしょう。
昭和の時代でさえ、戦前と戦後では大きく時代が変わったのです。
では、平成も同じでしょう。平成十一年までと十二年からとでは時代が変わっているのです。(西暦1999年までと2000年からとではという意味です)
しかし、今回は物質的に時代が変わったのではなく精神的に時代が変わっているのです。だからみな気づかないのです。
時代が変わったことにです。
しかし、確実に時代は変わっているのです。それは現れる現象で証明されているのです。
起きる天変地変の激しさは増し、そうして各地で起きる異常な現象。それにこれまで起きていない現象まで現れてきいるのです。
すでに全国で起き始めたサイレン(昨日でもちょっと観ていただけのテレビ番組のロケで〔場所は東京だと思いますが〕サイレンが聞こえていました)浜松などの亡くなる人の増加、そうして名古屋で数々起きる不思議な現象。(私に起きている鳥や魚の奇跡や次々に人が病気になっていることなどです)
このようなことは、これまで起きていなかったことなのです。しかし、最近になり起き出した現象であるのです。
なぜ、これまで起きていない現象が現れてきたのか?
このような現象こそ、時代が変わったから起きてくる現象であり、その時代が変わったことに気づいていない人たちが、そのような現象をすべて責任転嫁しているだけなのです。(私に起きている現象はさすがに責任転嫁は出来ないでしょうが)
このような(これまで起きていない)現象は、時代が変わったから起きている現象であり、そうであるならば、その時代が変わったことを自覚し、その時代に合った心と行いをしなければこの現象は止まらないということになります。
そうして、時代に合った心と行いをしなければ生きられないということになります。
これほど起きる現象が変わっているのに、それをいつまでも無視し続けることが出来るのでしょうか?
いつまでも責任転嫁をし続けていることが出来ますか?
そんなことをしている間に自分にその現象が現れるかもしれないのにです。
これまで起きていなかった現象が、次々に現れています。これは時代が変わっている証拠なのです。
早くそれに気づいて、その時代に合った心と行いを(生活を)出来る者だけが、その時代を生きていくことが出来るのです。
今まで通りの心と行いでよいのですか?
それではいけないということは、起きる現象が教えているのです。(そのままでよいということも起きる現象が教えています。私は奇跡が次々に起きているからです)
追伸…安心してください。今日は庄内川には行きませんよ。(笑)



人目の訪問者です。

今朝のニュースで茨城県の県教育委員が「妊娠初期にもっと(障害の有無が)分かるようにできないのか。(教職員も)すごい人数が従事しており、大変な予算だろうと思う」と発言したことを取り上げていました。この発言に対し県知事は「問題はない」と言ったそうです。この県知事にして教職委員ありと思います。
命の大切さや人生の正しい目的が分かっておられない良い事例であり、また「すごい人数が従事しており、大変な予算だろう」この記事は裏を返せば、今はその関係でコストが膨らんでいると言っていると感じます。これを見た障害者をお持ちのご父兄がどのように感じられるのか、本当に人間味のない発言であることが分かります。そして、心待にして授かった命を産みたいという方に対し問題発言として捉えても正当性はあるのではないでしょうか。結局この方々は命ではなくこの世に生きるためにだけのことしか考えられない視野の狭いそして心の寂しい者たちでしかないのです。何とか反省の機会があり性根を正されることを祈るのみです。
本当にそうですね。