12月 05 2015
神を恐れず
昨日は、三好カントリーで行われている女子プロゴルフのザ・クイーンズを観に行ってきました。
神の力が現れる選手でもいないかと思ったからです。
そうしたら、その確認どころではなかったですね。あちこちでちょこちょこ嫌がらせされてです。(ボランティアやギャラリーからです。もう、うっとうしい、うっとうしい)
そうして最後には(昨日のウナッシーさんからのコメントで書きましたが)惨事に遭いました。(あそこまでくると惨事ですね。惨事)もう最悪でしたね。
ああいうことをされるのです。二度とゴルフのトーナメントなどに行くかと心に誓いました。(今年はですけど。〔笑〕)
昨日私はゴルフを観ていても、後ろから前から横から、ちょこちょこ嫌がらせをされるので、とても見ていられないと思い、昼で帰ろうとしました。
そうして三好カントリーの入り口付近の駐車場に行ってバスを待っていたのです。(駅までの無料送迎バスが出ていますので)
その駐車場での出来事です。
そこにいたボランティアの面々、そうして、その駐車場には名鉄バスが何台も止まっていたのですが、そのバスの運転手たち、バスに乗ろうとそこに来たギャラリーの連中ほぼ全員に嫌がらせをされました。(だから、数十人くらいにされたんじゃないですか。バスが来るまでの十分か十五分くらいの間にです)
私が立っているとあちこちから嫌がらせが始まります。前にいたボランティアが急にせき込んだり、後ろにいたボランティアにでかい音を立てられたり、そうして向こうから歩いてきたボランティアも私の前に来たら急にせき込むのです。
バスに乗りに来たギャラリーたちもそうです。私の後ろからゴホゴホ、ガハガハうるさくて仕方ありません。
そうして極めつけは、名鉄バスの連中です。
止まっているバスがブシュブシュやるだけではありません。私の前を走って行くバスまで私の目の前ででかい音でブシュとやっていきます。
もう私一人が集中攻撃です。こういうのを惨事とはいわないのでしょうか?
私も散々そこで辻説法をしましたが、私以外のほぼ全員が私を集中攻撃しているのですから、私の話など聞くわけがありません。
ほとんどの人は聞かなかったんでしょうが、マァ、それでも辻説法は無駄ではなかったと思います。その話を聞いて静かになった人もいるにはいたからです。
しかし、ひどい話です。本当によってたかってですからね。
こういうことは、悪いことではないんでしょうか?いじめはいけないとか、セクハラだとか、パワハラだとかよくいわれますが、これもそのような何とかハランスメントというのではないでしょうか。
無実の者に勝手に罪を擦り付け、嫌がらせをし続けているからです。
私が何か悪いことをしているというのなら、悪いことをしているという証拠を見せてください。誰一人そんな証拠を見せてくれた人などいません。そういう証拠もないのに一人の者をよってたかって嫌がらせしているのです。
それは悪いことではないのでしょうか?
しかし、このような行為を警察にいったところで相手にしてくれないでしょう。では、祈るしかありませんね。誰にいってもそのような行為を直してはくれないからです。(祈らなくても、これだけ悪いことをしていれば天罰は下るんでしょうが、キリストも「汝を責め憎む者のために祈れ」といわれています。だから祈っているのです。その人たちのためだからです)
それにしてもやっと神の存在が分かってきたと思ったら、今度は神を少しも恐れない、不遜な行為をし続けている(これだけ神の業が現れているのに、誰一人神に手を合わそうとしない、それを人のせいにして怒っている人ばかりなんですから、本当に神を恐れません)何から何まで理解出来ないのですね。
神という絶対の存在をです。
西洋でなぜキリスト教がこれほど拡まったのか?
それはユダヤ教という下地があったからです。
モーゼが次々に恐ろしい現象を現し、ユダヤ教を拡める前までは、みな、それぞれの勝手な神を信仰していたのです。そうして、間違った行いも多々していたのです。(そのもっとも大きな間違いが奴隷制度です。だからモーゼはその奴隷を解放したのです)
しかし、その間違った行いを口でいったくらいで直すでしょう。
直すわけがありません。(王にどれだけ進言したところで奴隷を解放するということはなかったでしょう)結局人は、そのような恐ろしい現象が現れないと、改心するということはないのです。
それはエリヤしかり、エリシャしかりでしょう。
このような激しい宗教の後に、キリストは癒しの奇跡を次々に行い、そうして福音を述べ伝えたから、キリスト教はこれほど大きく世界に拡がることになったのです。
西洋の人たちは、そのような恐ろしい神を先に知っていたからです。
先に恐ろしい神を知っていたから、その後の癒しの神を多くの人が支持したのです。恐ろしい神よりは癒しの神の方がよほどよかったからです。
ところが日本はそのような下地がないのです。
日本に恐ろしい神が現れたことはありませんでした。古来からの神道もそうであったし、仏教もそうです。
荒ぶる神ではありませんでした。むしろ優しい慈しむ神であったのです。
だから日本の人々は、祈る対象といえば、自然や先祖が中心なのであり、優しい八百万の神が日本の人々の神であったのです。
そうして、日本の神はたくさんいてしかも優しいが、西洋は一神教でしかもその神が荒ぶる神であり、だから西洋は宗教戦争ばかりしているのだ、ああいう信仰ではいけないと、日本の人たちは自分たちの信仰を正当化してきました。
しかし、実は日本も、そのような神ではないものを信仰していたため(自然や先祖は神ではありません)本当の神が分からなかったのです。
ユダヤ教のような激しい宗教の下地がなかったからです。
本当の神を日本の人々は分からなかったものですから、日本に生まれられた如来も日本の人々には分からなかったのです。
いってみるなら、モーゼの前にいきなりキリストが現れたのと同じことだったからです。
先ほども書きましたが、もし、西洋にモーゼが現れることなく、いきなりキリストが現れていたならどうなっていたでしょう。
これほどキリスト教が世界に拡がっているということはなかったでしょう。
それまでの西洋には、それまでの宗教があったからです。
モーゼは(それはエリアやエリシャなども同じですが)そのようなこれまでの宗教をぶち壊したのです。そうして新しい宗教を一から現したのです。(天に〔ヤハウェに〕従ってです)
だから、その後に現れたキリスト教は世界に拡がったのであり、日本はそのユダヤ教に変わる宗教がなかったのです。
だから、如来の教えが拡がらなかったのです。優しい教えばかりでは、誰もその教えを聞こうとはしないからです。(どれだけ奇跡を現してもです。自分たちの生活が出来ていればそれでいいからです)
しかし、天から観たら、それではいけない。それでは本当の神の教えは拡がらないからです。
だから、私がモーゼの代わりをやらされているのです。
そういう激しい現象を現さない限り、日本の人たちの目は覚めないからです。しかし、それは日本だけではなく、西洋の国々が経験してきた道であるのです。
そういう現象を現さなければ、本当の神の存在にみな気づかなかったからです。
この現象は起こされるべくして起こされている現象であり、そのような現象を現さない限り、多くの人は神の存在に気づかないのです。
現にこれだけ激しい現象が現れたから、日本の多くの人たちが神の存在に気づいたのです。(唯物無神論であった人たちでさえです)
しかし、神の存在に気づいたのなら、今度は神の恐ろしさにも気づかなければいけないのです。
そうしなければ、恐ろしい現象は何度も現されるからです。(日本の人々はしっかり本当の神を理解しないといけないからです)
このような恐ろしい現象が現れているのは、私のせいではなく、神の恐ろしさを知ろうとしない、多くの日本の人々のせいなのです。
早く神の恐ろしさを知ってください。
神の恐ろしさを自覚する人が増えるなら、恐ろし現象は自然と収まってくるからです。
追伸…ということで、神の恐ろしさをいつまでも自覚出来ない人たちは、その自覚が出来るまで恐ろしい現象は現され続けるということです。
だから昨日、私に惨事をもたらした人たちは徹底的に祈ります。神の恐ろしさを知ってもらうためにです。(このザ・クイーンズが行われている三日間だけですけどね。それだけ祈るだけで十分だと思います。それだけでも、ボランティアやバスの運転手に何か現象が現れる人が出てくると思うからです。それだけ心が汚れている人が多いということです)
いつまでも神の恐ろしさを理解しなければ、そのような人々は滅ぼされるのです。(何度もいいますけどね)
私が悪いのではなく、いつまでも神の恐ろしさを理解しない、あなたたちが悪いのです。
いま日本の人々の心は大きく変わりつつあります。これから日本の人々は本当の神を知ることになるのです。(八百万の神とはまったく違う本当の神をです)



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