>>ブログトップへ

12月 27 2015

感謝する大事さ

10:55 AM ブログ

昨日も異様でしたね。

朝方うるさかったのですが、途中から急に静かになりました。(もちろんどこかの会社ですが)よほど恐ろしいことが起きているのでしょう。(一昨日に引き続きです)

午後の三時頃家を出る時に、どこかの会社の横を通って行きましたが、やたら怒っている人がいました。

どれだけ怒って、恐ろしい現象を人のせいにしたところで、その現象は止まりません。自分たちが反省するしかないのです。

歩いていると、そういう怒っている人があちこちにいます。本当に反省を知らない人たちばかりです。(そういう人たちにいちいち辻説法をしなといけません。こちらも大変です)

もう傲慢さと責任転嫁がしみついているようです。そのような心を直さない限り、恐ろし現象は出続けるでしょう。まったく恐ろしことです。

このように私のいうことに耳を貸さない人たちはよいのですが、多少でも耳を貸している人たちには奇跡も起きています。

傲慢で責任転嫁がひどい人たちは、そういう奇跡を少しは認めてはどうでしょうか。

昨日のスケートを観ていてもそれは感じました。

やはり三度は続かなかったですね。疲れもあるんでしょうが、こちらにお礼でもしてくれれば(そのような法の実践を行えば)まだまだ天も協力してくれたのでしょうが、そういうことをする気がないのであれば、奇跡もそれほど続きません。

奇跡が起きるかどうかは、法をどれだけ実践できるのか、それのみなのです。

もっと法の実践が出来るなら、もっと奇跡も起きてくるでしょう。

しかし、総じてよかった選手が多かったのではないでしょうか。(自身の最高得点の更新をした選手も多かったからです)肉体ばかりを鍛えるのではなく、心の在り方を少し変えるだけでも十分よい結果が得られる、その証明は出来たのではないかと思います。

そういうよくなった選手が多かった中で、一人、調子の悪かった選手がいます。それもまたよかったですね。(苦笑)

別に皮肉をいっているわけではありません。本当によかったから、よかったといっているのです。

この選手も、このブログを読んで法を知ったのでしょう。だから、そのような結果が現れたのです。

法を知って、それを行っても、よい現象が現れる人たちばかりではありません。悪い現象が現れる人たちもいるのです。

その違いは何か?

簡単話です。これまでの思いが間違っていたのです。その間違った思いが強ければ強いほど、悪い結果が現れてきます。(それも法を知ったことによる気づきの現象です)

だから私はよかったといっているのです。そのような自分の考えの間違いがよく分かったからです。

だってこの選手、オリンピックで銀メダル取って、悔し涙を流していましたよね。(うれし涙じゃなくて)あれはダメでしょう。あまりに思いが偏っているからです。

金メダルを取りたいという思い込みが激しすぎるのです。

オリンピックでも何でもそうですが、メダルを取れない選手などごまんといるのです。銀メダルを取って悔し涙を流すなど、では、そのようなメダルを取れない選手はどうなるのでしょう。

それに金メダルを取った選手を祝福もしません。

ただ「金メダルがほしい」「金メダルじゃないと嫌だ」では駄々っ子と同じです。

それではあまりに考えが狭量なのではないでしょうか。(自分さえよければいいという考えがモロに出ています)これではダメなのです。

だから、この選手は法を知ったばかりに普段より悪い結果が出たのです。自分の考えがこれまであまりに偏っていたからです。(そういう意味では、前回の大会でしたか、二位になった外国の選手が一位になった、あの三百点以上の点数をたたき出した選手を「恐れ入りました」という態度で祝福していました。ああいう態度こそ人として取るべき態度であり、立派な態度であるといえるのです)

どうですか、そのような心を反省されたら。

そうすればよい結果が出てきます。なぜなら、あなたも法と縁のある方であるからです。

もう、金メダルを取りたいだの、一位じゃなきゃ嫌だだの、そんな小さな心は捨てることです。

「自分が今ここでスケートをやれるだけで有難い」まず、そのような感謝の心を持つことです。

休養していて、急に出てきて、それでもそのような場に立てるということは、どれだけ有難いか分からないのです。ずっとスケートの練習をし続けていても、そのような場に立てない選手はたくさんいるからです。

そう考えるのであれば、その場に立てることの有難さは分かるはずです。

そうして、どういう結果が出ようと、その結果に感謝することです。

自分が優勝するなら、二位、三位の選手がいるのであるし、自分が二位であれば優勝の選手がいるし三位の選手がいるのです。

どのような順位になろうと、その順位になった人はなった人の思いがあります。それをもっと思いやることです。

そのような自分の順位にもなれない人はたくさんいるからです。

そのように少しずつでも心を広げていくと、よい結果が出るようになります。(そのよい結果とは、特別スケートだけの結果とは限りませんが)

とにかく、法を知って悪い結果が出たのなら、まず自分が反省することです。そのような反省すべき、大きな間違いを自分がしているからです。

その間違いを法が教えてくれているのです。

マァ、そのような感じで今日はリラックスして今年最後の演技に臨んでください。自然体が一番大事ですから。(こんなこと書いたら、自然体で臨めるわけがありませんかね。よけい力みますかね。〔汗〕)

とにかく、法を実践することこそ、幸せの道であるのです。

それを一人でも多くの人に証明してもらいたいと思っています。

(法を勉強することは不幸の道、などと思っている人もいるようですから。勝手に自分たちが法に逆らって不幸になっているだけにもかかわらずです)

2コメント

2 コメント to “感謝する大事さ”

  1. ウナッシー2015/12/27 at 1:54 PM

    今朝目が覚めて起きるとメールが入っていました。仲良しの大事な友人です。何のメールかと思って見ると「今朝はまた素晴らしい陽光に包まれてなんとも気持ちのよい朝ですね」とありました。凄いことですよね。私に祝福の言葉を掛けてくれたこと。実は夕べの反省の時あろうことか「神よ、私を通して神の存在を知らしめたまえ」と浮かんできた事をそのまま祈りましてね、そしたら今朝のことなのでとても偶然とは言えないと思います。本当に新たな年を迎えるに、希望に燃える心境です。

  2. gtskokor2015/12/27 at 9:56 PM

    祈りが聞かれたのでしょう。
    そういうことは、法の実践を行えば行うほど現れてきます。(私も今日祈ったんですが、やはり奇跡が現れました)
    来年は今年以上に頑張ってください。(笑)

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。