1月 23 2016
歴史に学ぶ
今日から日本列島は、大寒波が襲来して大荒れの天気になる予報が出ていますが、そのような天気だけではなく国会も大荒れのようです。
よりにもよって政権の中枢の大臣の金銭授受疑惑です。これは荒れるでしょうね。
中国が魏、呉、蜀に分かれていた三国志時代の話です。
この三国の中で一番最初に滅亡したのは蜀でした。蜀の丞相、諸葛孔明が亡くなって三十年後のことです。
孔明が亡くなって三十年後(実際は二十九年後)に蜀は滅ぶのですが、実は、この蜀が滅ぶ原因をつくったのは孔明であったのです。
孔明は亡くなる数年前から北伐(ほくばつ・魏への遠征)を何度も行います。(その北伐を決行するにあたり、その時出した上奏文が有名な「出師表」です)
それは劉備の遺志(蜀漢の世をつくる)を継ぐという理由からではありましたが、あまりに無謀なことであったのです。
なぜなら、この時代、一番国力が弱かったのが蜀であり、一番強かったのが魏であったからです。
呉との同盟はありましたが、一番国力の弱い蜀が一番国力がある魏に何度も遠征するのです。これは無謀以外の何ものでもなかったのです。
この時、蜀が一番やらなければいけなかったことは、国力を富ませて守りを固める、これであったのですが、孔明は、そのような国内事情より劉備の意志を優先したのです。
この孔明の何度も行った無謀な北伐により、蜀は疲弊し、孔明亡き後、数十年で滅びることになったのですが、この時なぜ、孔明の北伐を誰も止められなかったのか?
その理由は、この時代の蜀で孔明に意見出来る人がいなかったからです。それだけ孔明は蜀では飛びぬけた実力者であったのです。
ですから、独断専行が多々あったということです。
いくら優れた人とはいえ、あまりに独断専行がひどいと、大きな過ちも犯すことがあるということを歴史が教えているのですが、少し独断専行が過ぎるところがあるのではないでしょうか。
だから、このようなことが起きたのではないでしょうか。
政権の中枢である大臣にこれだけの疑惑が浮上したのです。下手をすれば政権崩壊しかねません。
しかし、これだけの大きな政権の危機が現れたということは、やはり現れるだけの大きな理由が今の政権にあるということなのです。
その理由をしっかり理解し、それを反省すれば、この問題はさほど大きくはならないでしょうが、それをまったく反省することなく事を進めるなら、この問題は段々大きくなり、潰れるまではいかないかもしれませんが、政権に大きなダメージを与えることになります。
まだまだこれから(昨日もいわれておりましたが)憲法改正という大きな仕事も控えています。
あまり急がれぬよう、あまり独断専行されぬよう、くれぐれも慎重にお願いしたいものです。
何度もいいますが、同じ過ちを繰り返してはならないのです。



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