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1月 29 2016

お蔭

11:13 AM ブログ

今日も朝からお怒りモードです。

こちら側は大きな壁が出来たので、あまりうるさくはありませんが、向こう側は大変でしょうね。(お察しします…アレ、それも私のせいですか?)

壁の向こうでドンドン(これが本当のカベドンですね。〔?〕)ガンガン毎日キレているようですが、キレていても状況は変わりません。むしろ悪くなる一方です。

考えを変えられるほかないのではないでしょうか。

見ても分かる通り(というか、起きても分かる通りと書いた方が正確ですか?)これだけお蔭のある教えもないからです。

お蔭とは(広辞苑によりますと)神仏の助け、加護があるという意味で(善悪にかかわらず)ある人や物事がもたらす結果・影響をいうのですが、この通りのことが次々に起きているのではないでしょうか。

この法にかかわった人たちにはです。

この教えに従っている人たちには次々に奇跡が起こり(神仏の助け、加護)逆らう人には次々に災いが起きているのです。(善悪にかかわらず、ある人や物事がもたらす結果・影響、罰ということです)

これだけの現象が現れているのですから、これ以上お蔭のある教えはありませんし、また、お蔭というものが本当にあるのである、ということを、この教えを知ってはじめて分かった人も多いのではないでしょうか。

信仰をすればお蔭があるなど、ほとんどの人は信じていなかったはずだからです。

多少のお蔭は信じていた人もいたかもしれませんが、まさかこれほどのお蔭があると知っていた人はいなかったでしょう。実際は私もそうであったからです。(やっている本人が分かっていなかったのですから、周りが分かるわけがありません)

まさか、これほどの現象が次から次に現れるとは思いもしませんでした。そういう体験などしたことがなかったからです。

それに高橋先生の時も、園頭先生の時も、たしかに奇跡は現れていたのですが、いま起きている現象とは別物であったからです。

高橋先生や園頭先生が現された奇跡は、過去世を思いだす現象であったり、悪霊を祓ったり、病気やけがを治す癒しであったりしたくらいでした。(くらいということはありませんね。これだけでも凄いんですが、これ以外では高橋先生があるプロ野球の選手に法を伝えて、その選手が奇跡的な活躍をしたことはありましたが、そういう選手は一人だけでしたのであまり騒がれませんでした)

しかし、今回はこのようなことだけではなく、法に逆らう人に次々に天罰が下ったり(マァ、高橋先生や園頭先生が法を説いていられた当時は、これだけ多くの人が法に逆らうということはなかったですから。〔法を知らずにいた人はたくさんいましたが〕高橋先生や園頭先生在世当時に、これだけ法に逆らう人が多かったら同じような現象が現れたと思いますが)逆に法に従う人には次々に奇跡が起きたり、祈って天変地変が起きたり、動物にまで奇跡的な影響を与えたりしているのです。

現れるお蔭がこれほど広範囲にわたっているなど、一体誰が想像できたでしょう。

これほどのことが起きるなどということは、もう神でもない限り想像出来ないのです。(一人の人間の想像範囲を超えています)

これほどの教えが現にあるのです。そうして、本当の神の教えとはこれほどのお蔭が現れるのです。

何で皆さんやろうとしないのですか?

この教えに逆らっているのでしょう?

世界に類を見ない教えが日本に出現しているというのにです。(ここまで次から次にお蔭が現れる教えは世界広しといえどもないと思いますよ)

そのお蔭でもです。これで終わりということではないでしょう。まだまだこれから続々と新しいお蔭が現れると思います。

それぞれの能力に長けた人がまだたくさんいるからです。(私のように現象に長けた人とか、園頭先生のように癒しに長けた人、あるいは高橋先生のように何でも出来て不思議な能力に長けた人〔例えば人の夢を操るとかです〕などなど)

これだけのお蔭があるということは、そのような能力を伸ばすかっこうの場であるからです。(現れるお蔭〔神仏の助け〕が自分の持っている能力を伸ばすということです)

高橋先生は、物質化現象まで現されたことがあります。(金が混ざった鉱石を出されたことがあります)

その物質化現象も、インドかどっかにいたサイ何とかとか(この人はただの手品であったといわれていますが)そこらの霊能者が現すようなケチな金粉などではなく(これは悪霊が行っているのです)モーゼが行った、本当の神仏が現す物質化現象です。

そういう現象を現す人もまた出てくるでしょう。この教えは無限の可能性を秘めているからです。(園頭先生は、その物質化現象が近いうちに自分にも現れるといわれていました。その現象が現れる前に先生は亡くなられましたが、もしかすると私にそのような現象が現れるようになるかもしれません。そのような現象もまた、この法の正しさを証明する現象の一つであるからです)

とにかく、この教えを勉強するなら、そのようなお蔭が(神仏の助け、加護)次々にいただけるのです。

何でそういう教えを勉強しようとはしないのですか?

もう信仰をしている人は心が弱い人、自分は一人で生きているなどと格好をつけている場合ではないのです。

実際に、人は一人で生きているわけでもないですし(空気や水があり、この地球があって私たちは生きられるのですし、周りに人がいなければ私たちは生きられません。〔お金を稼ぎたくても稼ぐ場所がなければ稼げないし、物を買いたくても買う場所がなければ買えません。神がこのような場をつくってくださり、人と人との助け合いがあって、初めて私たちは生きていられるのです。一人だけで生きられるわけがないのです〕)そういう人でも初詣や寺や神社、墓参りなどは行くのです。(じゃあ、あなたも信仰しているでしょう、といいたくなりますが。〔笑〕)

そういうことをいっている人は所詮は口だけなのです。

人は信仰をするのが当たり前なのであり、逆に正しい信仰はしないといけないのです。

私たちは皆、神の子であるからです。

しかし、そのようなことにかかわらず、もう本当の信仰をしないといけない時代になっているのです。

これほどの天罰が次々に現れているのですから、それはお分かりいただけると思います。(この異常現象はすべて天罰です。この神のつくられた世で、唯物無神論などという、およそ神の子の人間とは思えない最低の思想を日本の人々は持ち続けていたのです。それは大ナタを振るわれます。天罰を食らって当然ですね)

やるのが当たり前のことですし、やれば奇跡が次々に現れ、逆らえば天罰が次々に下る、このような状況を無視して、これまでのやり方を一切変えない、これだけ時代が見えない、時勢に疎い行いもないと思います。

せっかくこのブログを読んでいるのです。(ということは、今の状況がよく分かっているということです)少しずつでも始めてみませんか?

本当の信仰をです。(少しの布施の行為など行ってみるとかです)

そのような小さな行いでも、本当の信仰をしているという心があるなら、確実にお蔭は現れるのです。

やらない選択はないと思います。

2コメント

2 コメント to “お蔭”

  1. ウナッシー2016/01/30 at 10:09 AM

    書きたいことが沢山あって書き直ししてます。今朝方の夢は変な夢で、故意に車で自損事故を起こした上に、中指切断というと怪我をしたので家内を気遣い、その車は修理かと思いきや異国の集団に解体され捌かれているからその場で一喝し、その事を警察に連絡するといきなり名前をフルネームで呼ばれまた君かと呆れられる。すると揉め事を察した親分的な人が出てき和解へとなっていく。そんな自虐的なものでした。夢は夢でも少し疲れました。会社では昨日の退勤時に課長と出会ったので挨拶しながら頭を下げると自分で思ったより頭が下がらない、
    心から感謝しようにもできない。そんな自分を気付かせて頂きました。反省の機会をもらいまた一つ前進出来そうです。私の母は最近変わってきました。母は父に先立たれ一人暮らし。以前は年金だけでは不足であたようで電話がくればお金の入り用の内容でした。最近はお前と食事がしたいと言うのです。でもお互い余裕がないので断ってきましたがあ、おまりに誘うのとお金のことばかり言ってもと思い、こんど母には感謝を込めて食事をご馳走しようと思います。
    とりとめもない内容でしたが毎日が気付きの連続の様な多忙を極める中で「何故だろう」と思えることこそこ昨年の成果であったと思えます。

  2. gtskokor2016/01/30 at 11:22 AM

    なんか、書いてあることがよく分かりませんが。(時間はありますので、ゆっくり書いてください。〔笑〕)
    しかし、いろいろな現象が起きているのだけは分かります。(笑)
    まだまだこれから多くの奇跡が周りに起きてきます。(そのような時代です)
    心だけはしっかりしていましょう。

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