2月 09 2016
やれば天国、やらねば地獄
昨日は金山に行ったのですが相変わらずでした。(苦笑)
今日も朝からやたら怒っているのがいるし(どこかの会社に来ている業者とかです)いいことが起きていない人が多いんでしょうね、きっと。本当に哀れな人たちです。
そういう人たちのお蔭でこちらまでいいこと起きません。(何せ、八つ当たりされますので)
自分の周りだけではなく、未だにこれだけサイレンが聞きこえて来るのです。(今日も朝から何度も聞こえています)
これを全部、私のせいにしているのは気違い沙汰としか思えません。(究極の責任転嫁です)このような現象を人のせいにしている暇があるなら、自分自身を反省されてはどうでしょう。
その方がよほどよいことが起きるからです。
現に私のいうことを(一部でも)聞いている人たちには奇跡が起きているのです。(昨日もそうでしたが、最近は海外でも日本の選手があちこちで優勝しています。奇跡が起き続けていませんか?)
災いが起きている人たちは、私のいうことを知らないか(法を知らないか)逆らうかしている人たちばかりなのです。
これだけ違いがあるのですから、私のいうことを聞いた方がいいのではないでしょうか?私のいうことを聞いている人には、少なくとも奇跡が起きているのは事実であるからです。
もったいない話ですよね。私のいう通りに心を変えれば奇跡が起きるのです。それを無視しているのですから、これ以上もったいない話もないわけです。
私がいう通りに心を変えれば、例えば、入りたい学校に入れるかもしれないし、仕事の業績が上向くかもしれない。これまでうまく出来なかった仕事がうまく出来るようになるかもしれない。
このような、これまで出来なかったことが出来るようになるかもしれないのです。
というか、法を実践するならこれまで出来なかったことが出来るようになるのですから、このようなことはすべて実現可能でしょう。
そういうことをやった人はいくらでもいるからです。
神がかり的な活躍をしている人たちもそうですが、久しぶりによい結果が出たという人もいる。一日かかる仕事が半日で出来たという人もいる。(しかも普段よりもよい仕上がりでです)末期癌の痛みがとれて安らかに逝かれたという人までいるのです。
つまり、この教えを実践すれば、奇跡的な仕事が出来るだけではなく、死まで安らかに逝けるというのですから、これ以上のよいことはないわけです。(だって苦しんで死ぬのも嫌ですもんね)
人は必ず死にます。そうであるなら、その死ぬ時までよいことが起きるというのですから、本当に至れり尽くせりです。
何でこれ以上よいことをしようとしないのでしょう?本当に不思議ですね。
それにその死に対してもです。いつまでも死ぬのが怖い、死ぬのが怖い、では話にならないでしょう。
すべての人が死ぬからです。
人は必ず死ぬのに、それをビビっているというのもまたおかしな話です。死とは自然の摂理(せつり)であるからです。
死は、どんな人であろうと逃れられないのです。
しかし、これまでは、その死のことをタブー視して出来るだけいうのを(考えるのを)避けてきたのです。
何ですべての人に起こることを避けているのでしょう?避けていれば死から逃れられるとでもいうのでしょうか?
そんなわけがありません。どれだけ避けても死から逃れる術はないのです。
そうであるなら、逆にもっと死の話をしないといけないのではないでしょうか?死はすべての人に必ず訪れることであるからです。(これまでは変に死の話を避けてきたからよけい怖いのです。分からない方が恐怖感が増すからです)
なんでも、よく勉強しないとけない、もっと知らないといけないというくせに、死だけは誰もそうはいわないのですね。避けているだけです。
しかし、そうではないのです。もっと死のことを勉強しないといけないのです。
そうすれば死への恐怖も段々薄れてくるからです。
その死の話まで、この教えを知るならば理解することが出来るのです。死んだ後のあの世の生活まで教えてくれるからです。(それが嘘ではないという証拠が次々に起きる奇跡です)
そこまで分かると、今度は死ぬのも待ち遠しいということにもなります。(違う環境で〔今度は意識界で〕また心の勉強が出来るからです)
とにかく、この世のことからあの世のことまで、そうして、この世で奇跡を起こす方法まで分かるのです。
何度もいいますが、これ以上よいことはないのではないでしょうか。
それに祈りを覚えるなら、自分で奇跡を起こすことも出来るのです。私が祈って起きた奇跡をこのブログの中にいろいろ書いていますが、こういうことは誰でも出来るからです。
心がきれいになり、その祈りが高い世界に届くのであれば、様々な奇跡がこの世に現れることになります。
何かやる前には、必ず、天に祈りそうしてやる方がいいのです。その祈りが正しければ、そのやることが予想以上によい方に導かれることになるからです。(同じことをするにも、やる前に祈るのと祈らないのとでは結果が全然違います。これは自分で試してみるとよいでしょう。祈ってやると何かいいことが起きるからです)
もうこの教えを実践されることのよいことはいくらでもあります。書ききれないくらいですし、逆に、この教えに逆らうことの弊害ももうどれだけ書いたか分からないのです。
どれだけお経を上げようが、どれだけよいといわれるパワースポットに行こうが、これだけ奇跡が起きることはないのです。(そうですよね。どっかいって何か奇跡が起きました?)
どこにいようが、この教えを少し実践し、心を変えるだけで次々に奇跡が起きているのです。
やれば天国、やらなければ地獄、まさにその通りの世界が現れています。
何で多くの人が、それを分かっているのに無視しているのでしょう。
本当にもったいない話ですね。
(この教えを実践すれば自分の能力が何倍にもなるのです。何でやらないのですか?)



人目の訪問者です。

高校野球でかつて名を馳せた名門校が存亡の危機にされされているそうです。この学校実は大阪に母体のある宗教団体であるそうです。その教団が学校経営をして幼稚園からかつて短大まであり、他にゴルフ場や遊園地までもあったとか。何でも三代目教主が病に倒れた後、お家騒動があったようで、それが原因で信者が減って資金繰りが危うくなり学校経営に支障をきたしているようです。そして今年その学校への志願者が減って競争率も過去最低になったのだそうです。この時期にして宗教団体がこのような形でメディアにでるのは偶然とは思えなっかったのでコメントに載せました。
PLですか?
どちらにしても、これまでの宗教はこれからドンドン廃れていきます。
これからは、もうこの教えを実践しないと宗教として成り立たなくなるのです。
他の間違った宗教ではお蔭が全然現れて来ないからです。(何も起きないのにやっててもしょうがないでしょう)
この教えを実践すると奇跡が起きるのですから、そのうち皆やらないわけにはいかなくなります。
ウナッシーさんもそうですが、現に実践する人が出てきて、あちこちで奇跡が起きているのが、そのよい証拠です。
本物の神の教えは、やれば奇跡が起きるのですから誰だってやりたくなるわけです。
それに気づいている人はもうたくさんいます。
あとはウナッシーさんのように、堂々と、この教えを勉強していますと宣言して、ちゃんと私に協力してくれる人がいつ出てくるのか、それだけですが、それももう時間の問題であると思います。
すでに、この教えを実践している人はたくさんいると思うからです。(奇跡が起きていなくても、女性としては何か前よりきれいになったとか、雰囲気が変わってきたなどという人は、すでに法を実践している人でしょう。テレビで見ているだけでもそういうのは分かるのです)
昔々、法を共に勉強した仲間が、勇気を出して名乗り出てくれるのを楽しみに待っていましょう。