2月 15 2016
本当に救われるには
今日も朝から激しくお怒りです。なんかあちらは大変そうですね。(先週からですから)
悪いことが次々に起きているのなら、昨日書いたような名僧、高僧といわれる方々に頼まれたらどうでしょう。
こういう時のための名僧、高僧であるからです。(少々お金はかかるかもしれませんが。〔苦笑〕)
お祓いでも何でもしてもらえばいいのです。そうすれば、その災いも起きなくなると思うからです。
しかし、それをしてもらってもまったく効果がなかった場合、どうでしょう、裁判にでもかけたら。そうしないと化けの皮は剥(は)がれないと思うからです。(今やっている宗教のです)
私がどれだけいっても分からないのでしょう。本当の教えと偽の教えの違いがです。(認めたくないだけかもしれませんが)
なら、それだけ災いが起きて、これだけサイレンもしているのです。(今日もすでに何度か聞こえてきています)もうここまで来たらこれが人の業ではないと誰でも分かります。
人の業ではないのであれば、もうこの現象は物の怪(もののけ)の仕業なのでしょう。(私は物の怪ですか?)
そうであるなら、坊さん連中に頼めばいいのではないでしょうか。物の怪の祟りを鎮めるのは坊さんたちの役目であるからです。普通の人には出来ないことであるからです。
そうして頼むだけ頼んで、ちっともこの現象が収まらないということであれば、今度はその坊さんたちを集団起訴すればいいのです。
看板に偽りが大ありだろうとです。
そうすれば(これはニュースになりますから)多くの人が今の坊さんたちには何の力もないということが分かりますし、今の宗教の意味のなさも分かります。
ぜひやるべきでしょう。そうすれば、私のいっていることの正しさが分かるからです。
でも、まじめな話そうですよね。悪いことが続いた時などお祓いなどされる人は多いと思います。しかし、お祓いをしたにもかかわらずまだ悪いことが続いているようなら、そのお祓いは意味がなかったということになります。
それでは詐欺でしょう。
なんでみんな訴えないのですか?
わずかな金額ならまだしも、高額な金額を取られ、それでも何も効き目がないのであれば医薬品会社なら訴えを起こされます。
そうであるなら、宗教の世界でも訴えを起こしたらいいのではないでしょうか。あまりに現在の宗教界は腐っているからです。
本当の神の心を伝えている人など誰もいないからです。(坊さんと会うのに、高額な金を払わないと会ってももらえないなどまったくおかしな話なのです。坊さんは人を救ってなんぼであるからです。これでは貧乏人は救わないといっているようなものだからです。坊さんが金のあるなしで人を救うか、救わないか、決めているというのですから世も末です)
現在の宗教界に本物はいません。中が腐りきっているからです。(だから、神はわざわざ宗教とは別の世界から悟られた人を出されたのです。〔高橋先生は高電工業という会社の社長です。実業家であったのです〕宗教界にそういう人を出せば、中の慣習に流され正しい法が説けなくなるからです)
それがこれだけ神の業が現れだして、多くの人に分かり始めているのです。現在の宗教に何の力もないということがです。
すでに現在の宗教に人を救う力はありません。だから奇跡も現れないのです。
本当に人を救う力を持った人のところには必ず奇跡が現れます。(それは、釈尊しかり、キリストしかり、モーゼしかりです)
その奇跡は一体誰に現れているのでしょうか?
その奇跡が現れている人こそ、真に人を救うことが出来るのです。
追伸…北朝鮮が拉致問題の再調査の中止を通告してきたそうですね。
元々やっていたかどうかも怪しいのに、盗人猛々しいとはまさにこのことですね。
しかし、押してもダメ、引いてもダメ、こういう国はどうしようもありませんね。アメリカにでも頼んだらどうでしょう。北朝鮮はアメリカばかり見ているように思うからです。
そのアメリカは、大統領の予備選挙が真っ盛りといったところですが、有力候補がずいぶん考えの偏った人が多いとのことですが大丈夫なんでしょうか?
アメリカの大統領にあまりに偏った人がなってしまうと、世界がおかしくなります。
こちらもまた心配ではありますね。(高橋先生はアメリカの没落を予言していますが、こういう偏った人たちが大統領の有力候補だというのですから、そのアメリカの没落を予感させますね。国が没落する時など、やはりこのような非常に偏った考えの人がトップになって国を衰退させていくからです)
日本国内だけでなく、世界においても心配事が山のようにありますが、このような他国のことでもです。
日本に正しい神の教えが拡がり、その教えを学んでいる人たちが祈るのであれば、正しく導かれて行くのです。(例えば、拉致被害者の家族の方々が法を勉強して祈るのであれば、北朝鮮国内などにいろいろな現象が現れ、拉致問題も解決に向かうということです)
すべてに通じるのが本当の神の教えなのです。



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