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2月 22 2016

知らないことの怖さ

11:03 AM ブログ

皆さん梨のつぶてですが大丈夫なんでしょうか?

現れる天罰は、激しくはなっても止まることはないと思うんですが、早めに謝られてはどうでしょう。くだらない意地を張っている場合ではもうないと思うからです。(このままだと大変な被害が出ますよ)

罪をつくった人が一人や二人ではありません。(こちらも、いちいちそういう人たちを祈るのも大変ですから)会社単位で詫びたらどうでしょう。そうすれば、その会社は将来にわたり安泰であるからです。(心から反省されればということですが。GTS心の研究所に寄付していただけませんか?そうしたら、その会社を祈るからです)

しかし、真正面から神に逆らうというのであれば、どれだけ大会社であろうと(たとえ親方日の丸であろうとです)潰されますよ。

神は日本を潰すことさえ簡単なことであるからです。

またシリアで連続テロが発生しました。百人以上の人が亡くなったということですが、こういう悲惨なこともです。

まだ多くの人が爆弾の怖さを知っているから、これくらいで収まっているのであり、もし、人々が爆弾の怖さを知らなかったら、もっと被害は大きくなっているでしょう。

爆弾の怖さを理解しようとしなければ、その爆弾がどれだけ近くにあっても怖くはないからです。

爆弾を怖がらないなら、近くに爆弾が置いてあっても、誰も何の警戒もせず(爆弾から逃げようともせず)そのまま普段の生活を続けているでしょう。

しかし、そんなことにでもなれば、爆弾の被害者はどれだけ出るか分からないのです。

爆弾があると(あるいは持っている人がいると)みな逃げるから、被害もこれで済んでいるのであり、もし、皆が爆弾の怖さが分からず爆弾があっても逃げようとしなかったら、被害はもっと深刻になるでしょう。

今の日本の人たちは、この爆弾の怖さを知らない人たちと同じなのです。

神の怖さをまったく理解しようとしないからです。

だから、誰も頭を下げようとしないし、逃げようともしません。(私の顔を見ると向かってくる小学生までいるのですから、話になりません。どれだけ恐ろしい現象が現れていてもです)

神の業の怖さ(それは爆弾以上に怖いのですが)を理解していないからです。

ですから、凄まじい被害も出るであろうし、それほどの被害が出ていても、それでも怖さより、腹が立つ方が勝ってしまうのです。

何度もいいますが、神の怖さをまったく理解していないからです。

これが無神論の怖さです。

日本の人たちは神など存在しないと思っているから、その(いないはずの)神が業を現すはずがありません。だから、神の怖さが分からないのです。

存在しないものは怖がりようがないからです。

しかし、神は存在しているのです。現に不思議な現象が現れているではないですか。なぜそれをいつまでたっても否定するのでしょう。

神の業を人の業とです。

神を認めてしまうと、さすがにその神には逆らえません。それで神の業を人のせいにしているのでしょうが、しかし私には、その神の力が作用しているのです。

だから、これだけの現象が起きているのであり、この現象をたった一人の者が自分の力で行うなど、ナンセンス以外の何ものでもないでしょう。

人一人が、このようなことを行うなど出来るはずがないからです。人の力を完全に超えることが起きているからです。

このような神の力が作用している人たちは過去にも存在していました。

それが預言者といわれる方々です。

あのような方々は、神の力が作用していたと分かるのに、なんで実際にそのような業が、もう何度も現れているのに、それを神の業と認めようとしないのでしょう。

それこそ傲慢の極みなのではないでしょうか。それは自分の間違いを認めたくないだけだと思うからです。

間違いを認めたくないから、意地を張っているのです。(どれだけ恐ろしい現象が現れてもです。それだけ頑なであるということです)

しかし、謙虚になり私のいうことに耳を傾けなければ、もう救われることはないのです。次々に現れる神の業がそれを教えているのです。(どれだけ現れたら分かりますか?自分たちの間違いがです)

自分たちが大きな間違いをしていたのです。(神など存在しないなどとです。信じられないくらい大きな間違いです)それだけの話なのです。

神は存在するのです。

いい加減、神の恐ろしさを理解されてはどうでしょう。この現れている神の業はどのようなテロよりも恐ろしいものであるからです。

神の存在を認め、その恐ろしさを理解するならば、いま起きていることがどれだけ恐ろしいことかが分かります。(それこそ、身の毛もよだつような恐ろしいことが繰り返し起きているのです)

いま起きていることの恐ろしさを早く理解していください。

そうすれば、助かる人もたくさん出てくるからです。

追伸…最近は海外でも、日本のスポーツ選手が次々に優勝しているようですね。法を実践する人としない人ではずいぶん起きることが違います。(優勝している選手たちが法のことを知っているかどうかは分かりませんが…多分知っているでしょう)

プロ野球もオープン戦が始まりましたが、地元のチームは今年も調子が悪そうです。(あの監督、私がいったことを反省していませんね。これでは今年もBクラスでしょう)

しかし、オープン戦がナゴヤドームで行われるようになったら、一度観に行こうと思っています。

久しぶりに会いたい選手もいるからです。(久しぶりって、今生ではまだ会ったことありませんが。〔笑〕)

法を実践するなら奇跡が起こります。

いつまでくだらない意地を張り、法に逆らい続けているのですか?これだけもったいない話もないのです。

(もったいないだけではなく、もう命にもかかわりますし)

2コメント

2 コメント to “知らないことの怖さ”

  1. ウナッシー2016/02/22 at 12:24 PM

    今朝方は不思議な夢を見ました。出掛けていた私は家に着き車から降りると兄弟がバイクで走ってきて少し離れたところで止まり手招きをするのです。この兄弟はまだ存命であり何かようなのかと近付くと、スーパーの袋に入った何かを持って来たぞとばかりに此方へよこすのです。だから私は有り難うといって中身を見ると本が入っていました。なんと園頭先生の著書でした。私はほっと息をついたところで目が覚めました。昨日のコメントに園頭先生の著書のことを書いたものだからそんな夢を見たのでしょうね。でもそんな状況でもそうした夢を見るのだから縁があるものと思い、見させて頂いたことに感謝致します。

  2. gtskokor2016/02/22 at 1:39 PM

    それは守護、指導霊に観せられた夢かもしれませんね。
    きっと、ウナッシーさんの守護、指導霊が『園頭先生の本を読め』と、そういっているのでしょう。

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