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5月 22 2011

地震の確率

10:37 AM ブログ

前回、少し書きました地震の確率の話ですが、浜岡原発の辺りは今後三十年以内に大地震が起きる確立が八十数パーセントもあるとか、しかし、大地震が起きる確率が数パーセントしかなかった兵庫でも阪神大震災が起きました。

これで科学的根拠に基づいて地震の確率を出しているといわれても、これだけいい加減だと科学的根拠と称するものも、そこらの占いや競馬の予想屋とたいしてかわりません。(数パーセントでも大地震が起きているのに、こんなものが根拠になるとは普通では考えられませんが……〔普通ならこんないい加減な数字を出してきたら責任問題になりませんか?〕科学という言葉だけで、地震が起きても起きなくても根拠になってしまうのですからあきれます。こんなところにも科学教の弊害がでています)

私は地震の専門家ではありませんので、この科学的根拠の地震の確率をどのように出しているのか知りませんが、多分この世の物質だけを見て、その研究のうえで出しているのだと思います。(それはそうでしょう、現在の科学は検知でき、実験でき、再現性のあるものしか認めない物質科学ですから)

言ってはいけませんが、だからこれだけ狂うのです。(物質面しか見てないからです)

この地震の確率を物質面だけでなく、そこに住む人々の心の部分である精神面も加味して算出するならば、もっと正確な確率が出てくるのではないでしょうか。

例えばその地域に住む千人~二千人の人から無記名のアンケートをとるのです。「神を信じますか」(この質問はまずいかもしれませんが〔笑〕)「感謝の気持ちはどれくらいありますか」「人に対する思いやりの心はどれくらいありますか」「怒りっぽいですか」「愚痴っぽいですか」という具合にいくつかの質問に答えてもらい、そこに住む人たちの心の傾向性を調べるのです。

そしてプラスの思い(感謝、思いやり、親切心など)をたくさん持っている人が多い地域は、地震の起きる確率のポイントを減らし、逆にマイナスの思い(怒り、妬み、愚痴っぽいなど)を持つ人が多い地域は、地震の起きる確率のポイントをもっと上げるという、物質、精神の両面のデータを取って確率を出すと、より確かな地震の起きる確率が出ると思います。

それを数年間に一度位のペースで調べてみるといいのです。すると私が言う人の心の部分が、いかにこの物質界に与える影響が大きいか科学的に分かってきます。

精神面が、その地域に与える影響が大きいということが分かれば、未然に大地震など防ぐことができます。(例えば、この地域の地震の起きる確率が最近上がりましたので、皆さんもっとプラスの思いを多く持つようにしましょう、という具合にです。これだとおかしな宗教といわれないですみます、科学的に言っているのですから)これは何も地震だけに限りません。台風、大雨、日照りなどどのような災害にもいえるのです。

そうなれば大きな災害など一つも起きなくなり、莫大な防災費など必要なくなります。(すると財政赤字も減り増税も必要なくなります)本来はそのようにならなければいけないのです。

そのような世の中が一日でも早く来ることを願わずにはいられません。

(今週は地元愛知で女子プロゴルフのトーナメントがありましたが、行ったところで女子プロ選手も、男子プロと似たようなことしかしないだろうと思い観戦には行きませんでした。下手なところで私が観ていれば、またボールを打ち込んでくる選手がいるくらいが関の山だろうという思いがあったからです。〔何年も同じようなことされても進歩がないなとしか思わず、逆に興味がなくなります。最近はテレビでも野球やゴルフを見なくなりました。せいぜいスポーツニュースで見るくらいです〕私は不思議に思うのですがゴルフの選手だけでなく、野球の選手の中にも明らかにわざとこっちに打っているだろうと思う選手がいるのですが…あれはどのような気持ちで打ってきているのでしょう?気に留めてもらおうとでも思って打っているのでしょうか?しかし、こちらは「あぶねえな、当たったら怪我するだろうが」という思いしかありませんが…(笑)私に気に留めてほしいなら、前にも書きましたが無駄なボールを私のいる方に打ち込むより、その無駄なボールの賞金分をGTS心の研究所に寄付してくれた方がよほど気に留めますが…そろそろそのことに気づかないと天は気づきを与えることになります。私と一番初めに縁があったプロ野球選手はもうそれがでています。この選手今年はずいぶん調子が悪いようですが、それだけではすみません。この選手は法の恩恵を大分受けたにもかかわらず、その法を伝えた私に何一つお返しをしていません。この選手は自分に都合のいいことは聞いても、都合の悪いことはまったく聞きませんでした。都合のいいことだけ聞いて、都合の悪いことは聞かないとどのような目に遭うのか、その気づきの現象がすでにこの選手には何年も前から出ていたのです。それが私には分かっていましたので、今のままではいけない感謝と報恩の行為を私にしなければならないということを、それとなくこのブログに何度か書いたのですが、この選手はそれをやろうとはしませんでした。申し訳ありませんが、自分の都合のいい恩恵だけ受けて、それでそのままいけるほど法は甘いものではありません。間違っている部分はキッチリ反省させられるのです。また悪いことにこの選手、受けた法の恩恵は昨日今日のことではありません。何年も前からです。長年大事なことを放置してきた罪は、それ相応の報いを自ら負うことになるのです。この選手がこれからどのようになるのか、それはこの選手を見ていれば分かります。〔決してよくはならないでしょう〕この世には神がつくられた法則があります。その法則に従い裁かれることになるのです。結局、法を知ったとしても自分に都合のいいことだけやり、都合の悪いことを無視しているような、ご都合主義では人はよくはなりません。私たちはこの世に出てきた以上、心の向上を忘れてはならないのだし、自分の心が向上するように努力していかなければならないのです。それをしないと気づきの現象が現れてきます。そうして、そのような苦しみの中から自らの間違いを悟るように仕組まれています。法はその苦しみを経験することなく心を向上せしめ、幸せになる方法を教えているのです。だからこそ、この法には皆従わなければならないし従った方が得なのです。しかし、ご都合主義で法を聞いている者がどのような目に遭うのか、それはこれから分かることになります)

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