4月 06 2016
正しいから奇跡が、間違っているから災いが起きる
明らかに現れている現象が激しくなっているようです。態度が変わっている人がたくさんいるからです。
もうこういう状況になっては、どうしていいのか誰も分からないでしょう。
なぜなら、今この辺りで何が起きているのか、しっかり分かる人など誰もいないからです。
これまでは末法の世であり、日本など特に唯物無神論が全盛で、神に関わることは二の次、三の次にされ神のことなど知らない人が多いのです。
そういうところに本当の神の業が次々に現れだしたら、対処の仕方など分かるわけがありません。ほとんどの人が神に関することはシロウトであるからです。
これまでは神など信じていない人が多かったのです。そうして既存の宗教は菩薩が説いたものが中心であり(親鸞、日蓮、キリスト教はパウロ)新興宗教は現世利益を中心として説かれています。これでは本当の神の業が現れだしてはどうしようもありません。
本当の神の教えがどこにもないからです。
神を信じない人と、菩薩が説かれたもの(昨日も書きましたが菩薩は、如来のように完璧に法が説けるわけではありません。つまり菩薩が説いた教えでは間違った部分がいくつもあるということです)そうして現世利益を中心に説かれたものしか、現代の日本にはないのですから、本当の神の業が次々に現れだせばどう対処していいのか分からなくなるわけです。
既存の教えでは、本当の神の業は止められないからです。(だから、お経をどれだけ上げても仏像にどれだけ祈っても、このサイレンは止まらないのです。〔間違いが混ざる〕菩薩の教えでは本当の神の業は止めることが出来ないからです。完璧な如来の教え以外ではこの神の業は止められないからです)
しかし、数十年前にすでに本当の神の教えはこの日本で説かれていたのです。
その本当の神の教えを日本の人々が(これは世界の人々も同じなのでしょうが)勉強しようとしなかったことが、このようなことが起きて来たすべての原因であるのです。
この世に出ているすべての人が、この如来の教えは勉強しないといけないからです。
最近激しくなった天変地変も同じです。本当の神の教えが出ているのに誰も真剣に勉強しようとしないことが原因なのです。
要は、本当の神の教えが出ているにもかかわらず、いつまでたってもその神の教えを真剣に勉強しようとしなかったため、激しい天罰が(世界中で)くだっているということです。
それは釈尊やキリストの教えを知ってもらえれば分かると思います。本当の神の教えは一国だけのものではないのです。世界中の人のものなのです。
その本当の神の教えが日本に出現しているのに、その教えが世界に拡がるどころか日本にも拡がっていないのです。
これだけ神に対する背信行為もありません。だから、世界中に天罰がくだり始めたのです。
この教えを知らないということは(出ている)日本だけの責任ではないからです。世界中の人の責任であるからです。(連帯責任であるということです。それはそうです。もうパソコンがある時代です。世界中の誰でも高橋先生を知ることは出来ますし、その説かれた法も知ることが出来るのです。どこの国の人であろうと、それを知ろうとしないということは本人の努力不足であるからです)
世界の人が知らないといけない教えであるから、私はこれだけのことをしているのであるし(自分の身を犠牲にしてです)それほどの教えであるからこれほどの神の業が現れているのです。
私は昨日は庄内川に行ってきました。そうしたらまた面白いことが起きました。
庄内川の川岸を歩いていると、もうツバメが飛んで来ていました。
そのツバメが鳴きながら飛んで行くのです。(例のガチャガチャとです。〔笑〕)まるでこっちを見てくれといわんばかりです。本当に可愛いものです。
そうして、他の鳥もあちこちから出て来て「ピーピー」「ギャーギャー」鳴いて飛んで行きます。
そういう鳥たちを相手にしながら歩いて、そうして南陽大橋の下で休んでいると、昨日はやけに川の水が多かったのです。
どうも一昨日の雨の影響のようなのですが、その水が多い川に向かい声をかけていると、水面のあちこちにさざ波が立ったりわっかが出来たりします。
「なんだ?」と思って水面をよく見ていると、細かい魚たちがたくさん浮かんで来ていました。水面を泳いでいるのもいます。
私の声を聞いて、川底にいた小魚たちがたくさん水面に上がってきたようでした。
これもまた可愛いもので「おう、お前ら元気か」と声をかけると嬉しそうに水面を泳いでいます。
その小魚たちを見ていて、ふと横を見ると少し大きめの魚が一匹、水面から背びれを出しながら私の方に泳いでくるではありませんか。
「あれ、大きいのが一匹来たな」と思っていると、その魚は一度もぐり、私の目の前にまた上がってきました。(鯉かなと思っていたのですが、その魚をよく見たら二十センチほどのフナかなんかでした)
その魚は私の前を背びれを出しながらスーと泳いで行きましたが(「おい、どこに行くんだ」と声をかけましたが、無視して行ってしまいました。〔笑〕)こういう不思議なことが普通に起きるのです。
私は餌をやったわけでもなんでもないのです。
しかし、歩いていればいろいろな鳥たちが飛んでくる、川に向かって呼びかければいろいろな魚たちが私のいる岸近くまでたくさん寄ってくるのです。
いま現在、皆さん方に起きていることと私に起きていることの違いはどうでしょう。
如来が説かれた法をしっかり知るなら、このような愛ある奇跡が次々に現れるのです。
これほどの教えだから私は必死に世に伝えようとしているのであり、これほどの教えがすでに世に出ているのに、それを誰も知ろうとしないから、これほどの天罰がくだっているのです。
世界の人がこの法に従うなら、世界中で起きているすべての災いが止まるのです。そうして世界中のすべての人に、私と同じ奇跡が現れるのです。
いっていること、やっていることが正しいから奇跡が起こり、いっていること、やっていることが間違っているから災いが起きるのです。
このように天罰が次々にくだる(そうして次々に奇跡も起きる)時代となりました。
もう法を知らずにいることほど危ない(もったいない)ことはないのです。



人目の訪問者です。

職場でも異状なことがおきていました。仕事の進捗を監督するチームリーダーが同僚に向かって「どうせ暇だろ、こっちの仕事を手伝え」と言ったようで、同僚は「暇な仕事をしてるんじゃない」とひどく怒って話をしてきました。同じ係内でそれぞれが業務を与えられノルマを達成するために働いているのです。その仕事には内容によって月毎の仕事量で負荷が変動するものの、各々が計画をたて仕事を進めている。そんな中で、暇だからと言われたことに怒れたようです。利益追求で生産性を重視するあまり人工計算だけで人のやりくりを決める、そんな風潮の中で起きた一幕でした。
その時の仕事の状況もあります。
一つ一つのことにあまりめくじらを立てるのもどうなのでしょう。
どちらにしても、感謝してするということは大事なことです。
この辺りは感謝が足りない人が多いので、よけいそう思います。(苦笑)
そうですね。もし自分だったらと考えると、神の導きと思いながら心を調和させていく努力を惜しまなかったことでしょう。そう考えると、人の話を聞くことも難しいものであることが分かりました。