5月 16 2016
愛を出す大事さ
今日も朝から激しくお怒りです。(そりゃそうでしょう。わざわざ日曜日まで嫌がらせをしにくるくらいですから)
まだ神に頭を下げる気にならないようです。(ほんと傲慢です)
もう私を見て頭を下げる人も増えてきました。
何度もいいますが、奇跡が起きているのは私だけなのです。少しは私のいうことを聞いて反省されてはどうでしょう。そうすれば(災いどころか)奇跡も起きてくるからです。
その奇跡といえばです。
去年はあれ程の奇跡が次々に起きたのに今年はどうしたのでしょう。奇跡どころか、去年より成績が落ちている(それも著しくです)選手までいるではないですか。
ずいぶん寂しい話です。(それは法の実践を行っていないということですから)
あの百六十キロピッチャーもどうしたのでしょう?
調子が悪いのは肉体改造の代償?などと書かれていますが(書く方も大変ですね。いろいろ理由を見つけて原因を書かなくてはいけないからです。〔苦笑〕)去年最多勝まで取り、今年も百六十キロ以上の球をバンバン投げているのです。
それだけのピッチャーが勝てないのですから、調子が悪いのは、そういう技術、体力面ではないでしょう。
明らかにツキがないのです。だから勝てないのです。
では、なぜ(こうも)ツキがなくなったのか?
それは書かなくてもお分かりであると思います。あのゴリラのようにごつい選手にもいっておいてください。(それだけ馬力があるということです。あしからず。〔笑〕)
去年のような奇跡を起こしたいのであれば私に協力することです。(あなたたちは特に縁が深いのですから)
そうすれば、その心と行いに応じた奇跡がまた起きてくるからです。(あなたたちに奇跡が起きたらゾッとするでしょうね。他の選手たちは。〔笑〕)
私のいうことを誰も聞こうとしないから、これだけ災いが起きているのです。
何で奇跡が起きている者のいうことを聞こうとしないのですか?だから、不幸な人が次々に出てくるのです。
そのように気づいている人たちが、神の運動にいつまでたっても協力しようとしないからです。
現在の日本にこれだけの災いが起きているのも、そのような人たちの不徳の致すところなのです。(気づいても神の運動をじゃまする人しかいないというのですから、どれだけ不徳なのか分かりません。本当に罰当たりな人たちばかりです。だから罰が当たるのです)
我ばかり出したり、自分たちのことばかりしているのではなく、もっと愛を出さないといけないのです。
ところが多くの人が、何か起きてはじめて愛を出しています。
それでは遅いのです。(出さないよりはいいという程度です)
そういう(天変地変などが)起きる前に愛を出さないといけないのです。
多くの人が少しでも周りに愛を出し続けているのなら、そのような(激しい)天変地変は起きないからです。
また起きたとしても、小規模な被害で収まるからです。(そのような愛の心を出していない人たち〔マァ、私の周りにいる人たちなどそうなんですが〕のところなどに起きる災いは限定されるからです)
現在は、あまりに多くの人が(普段から)愛を出していないから、災いばかりが起きるのであり、もっと愛を出す人が増えるなら、このような災いは起きなくなるのです。
最近の私は歩いているとそこらじゅうで鳥が騒ぎます。よくこちらに飛んでもきますし、段々起きる奇跡が大きくなっているようです。(それは周りに起きている災いでもよく分かりますけどね。いま大きな祈りをしたら、どれだけ大きな現象が現れるか分かりませんね。一度試してみましょうか?…ハハ、何てね、もちろん冗談です。〔苦笑〕)
私に起きている奇跡が段々大きくなっているのは、それだけ善行を行っているからです。
毎日のように法の流布を行い(ブログ)多くの人の間違いを正しているのです。(辻説法や祈りなどしてです)
しかも無償でです。(たしか今年に入って誰からも寄付をもらっていませんから、これだけの善行を無償で行っているのと同じです。しかもじゃまをされまくっているのに、それに負けずにです。お金ももらわず、どんな困難にも負けず、ただ一心に法の流布を続けている、私は一体どれくらいの善行を行っているのか分からないくらいですね。〔笑〕)
これでは奇跡も大きくなるでしょう。
また仮に私と同じことをしている人がいたとしても(例えば坊さんとかです)間違った信仰でそれをしていてもダメなのです。
間違った教えをいくら流布しても間違った考えの人が増えるだけだからです。
だから、そのような人たちに奇跡が起きないのであり(私と似たようなことをしている人もいると思いますから)正しい教えを流布して、はじめて善行を行ったことになるのです。(だから、間違った教えを流布している人たちは逆に悪行を行っているということになるのです。間違った教えをどれだけ知っても不幸になる人が増えるだけだからです)
その私がしている善行を、天は知っているから(人は見ていなくても天は必ず観ていますから)私に起きる奇跡が大きくなっているのであり、私の善行をじゃまする人たちに起きる災いもひどくなっているのです。
そのような悪いこともすべて天は観ているからです。
自分でいうのも何ですが、少しは私を見習ってはどうでしょう。そうすれば、私と同じ奇跡が起きてくるからです。
そういう人が増えれば、もちろん災いは減ります。
この災いを減らすためには、もっと愛を出す人を増やさないといけないのです。



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