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6月 11 2016

正しい信仰と間違った信仰

10:57 AM ブログ

今日は休みの会社が多いようです。(どこかの会社もです)

では、こういう時は静かに書けるのかというと、今度はどこかのマンションの連中がじゃましてきます。(そういう人たちも私のブログは読んでいるのにです)

本当にこの辺りの人たちは感謝ということを知らないようです。(人のブログを読むだけ読んでいて、じゃまはしても布施をした人など一人もいませんから。〔苦笑〕)

しかし、昨日のようなブログを書いたら烈火のごとく怒るのかと思ったら、そうでもなかったですね。(昼からそううるさくなかったですから。どこかの会社の連中ですが)

詫びを入れる気がある人が多いのなら早くそうすることです。深刻な病気にでもなってからでは遅いからです。

さて私は、昨日は名古屋港水族館に行ってきました。(年間パスポートを持っていますから。〔笑〕)

相変わらず可愛かったですよ。どの生き物もです。ベルーガやイルカなど私の前で泳ぎ回っていましたし、ペンギンなども大騒ぎです。(ペンギンなどもうプールの中で飛び跳ねていましたから。〔笑〕そこは動画に撮りました)

しかし、そういう大きな生き物だけでなく、小さな魚たちも可愛かったです。また小さな魚で不思議な態度を取ったものもいました。

その不思議な態度を取った魚とは、あのこの前行った(木曽川と長良川のある)三重県の長島町の長島川で見たあの顔を上げて泳いでいたボラたちです。

その子供のボラだと思うんですが(小さいだけで同じ姿かたちをしていましたので、多分同じ種類の魚だと思います)水槽の中で、なんと、その大きなボラたちと同じ泳ぎ方をしているのです。(水面から顔だけ出して口をパクパクさせて泳いでいました)

しかもその泳ぎ方を私に見せつけるように泳いでいます。(私の前を行ったり来たりして、私の顔を見ながら、そのような泳ぎ方をしていました)

私もちょっと驚いて「お前なんで同じ泳ぎ方しているの?」と、その小魚に話しかけましたが、さすがに答えてくれませんでした。(笑)

そこも動画に撮りました。ちょうどよいことに同じSDカードに大きなボラとその小さなボラが(その魚がボラかどうかよく分かりませんが)映っています。

その動画を公開した時、見比べてもらえれば、同じような泳ぎ方をしていることがよく分かってもらえると思います。

それにしても不思議ですね。何で同じ種類の魚が、まったく別の場所で、同じ時期に同じような泳ぎ方をするのでしょう。(それ以外の魚はみな普通に泳いでいました)

何か目に見えない力が働いているとしか思えませんね。(テレパシーか何かです)何らかの心の通信があるのでしょう。

それにしても、これだけ多くの生き物たちが、これだけ喜んで寄って来る私が、多くの人を病気にしているなど、一体何を根拠にいっているのでしょう。

もし私が多くの人を病気にしているのなら(不幸にしているということもそうですが)もう雰囲気からして凄いものになるでしょう。(それだけ悪いことを実践していたら、ものすごく殺気立っていると思いますよ)

しかし、私がそんなに殺気立っているのなら、生き物たちが寄ってくるわけがないのです。

先ほども書きましたが、人間以外の生き物たちは何かテレパシー(人間にもあるのですが、人間は心が汚れているため、それを感じなくなっているのです)のようなものを感じているからです。

その何かを感じている生き物たちがこれだけ私に寄ってくるのです。それだけを見ても、私が人を病気になどしていないということは分かるのではないでしょうか。

もし私が多くの人を病気にしているのなら、その何かを感じる生き物たちが、そういう悪いことに(恐ろしいことに)気づかないはずがないからです。

そんなことを私がしているのなら、生き物たちは恐ろしがって私になど寄ってこないはずだからです。

逆に、何かを感じている生き物たちがこれだけ喜んで私に寄ってくるのです。そのような現象は、それだけ私が善人であるという何よりの証拠なのです。(私が人よりも善人であるから、それを感じている〔通信されている〕鳥や魚たちは私に喜んで寄って来ているのです。釈尊やキリストの時と同じようにです)

その人よりも善人であるはずの私が人を病気にしている、これ以上の罪の擦り付けはないと思います。

その病気といえばです。

有名な歌舞伎俳優の奥さんが、癌になったということでずいぶん騒がれているようですが、気の毒な話です。まだ奥さんは若いのにです。(それに子供さんも小さいのにです)

それにしても、ずいぶん若いのに(三十三歳とかいわれていますが)癌になる(しかも深刻な状態のようですが)何か問題があるのでしょうね。心にです。

そうでなければ、このような深刻な問題も起きて来ないからです。

しかし、一概に、その人の心に問題があるとばかりもいえませんね。この辺りも深刻な病気になる人は多そうであるからです。

正しい信仰にあまりに逆らうとやはり深刻な病気になりますし、間違った信仰などしていても、これもまた深刻な病気になります。

要は正しい信仰をしていないと、そのような不幸なことになる確率は高くなりますよ、ということがいいたいのですが、そういう深刻な病気になった人はです。

もう、心を入れ替え正しい教えに帰依されたらどうでしょう。そうすれば奇跡も起きてくるからです。

正しい信仰を行い、正しい祈りを行うなら、例えば、その人の病気に一番合った医者に出会えるとか、その人にとって一番良い治療法が見つかるとか、そのような道がついて来るからです。(それが天の導きです)

そればかりか、正しい祈りはその癌まで小さくするのです。(現に私はそういう祈りをしたことがあります。私が祈ると末期癌の方の癌が小さくなり痛みまで引いたのです)

正しい信仰は、このように不幸な人も幸福に出来るのです。祈りをちゃんと天がきいてくださるからです。

もうこれまでの信仰が通用しないことはこの名古屋の人たちはみな知っています。

では、正しい信仰をされてはどうでしょう。

間違った信仰をしていては不幸になる、それがもう、はっきりと分かる時代となっているからです。

(そうして正しい信仰をしていると幸福になるということもです。いろいろ不思議な体験も出来てです。先ほどの生き物たちの例などそうです)

2コメント

2 コメント to “正しい信仰と間違った信仰”

  1. ウナッシー2016/06/11 at 7:47 PM

    これまで反省反省と思いながらやってきたことは心さにあらず、であったのではなかろうか、という思いになってきました。それは今の生活を振り返った時、例えば家族のことを思うと、結婚をしたから嫁と暮らし子供ができたから家族が増えたのだ。という事実だけをとらえ神よ有り難う御座います、と感謝をする。しかし、そもそも結婚できたのは嫁が生きていたことで縁が結ばれたわけであり、その嫁をご両親が愛情を注ぎ手塩に掛けてきて育ててくれたお蔭なのである。そうして私も同じなのであり両親のお蔭なのである。子供は授けられた命を嫁が大事に愛でもってお腹の中で命を守り、産んでくれたことで子供は授かったのである。そのように私は心から自分の半生をもう一度振り返り心機一転、真実の自分を見つめていこうと思いました。

  2. gtskokor2016/06/11 at 8:41 PM

    そのような深い反省も大事であると思います。頑張ってください。

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