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7月 27 2016

法の偉大さ

11:04 AM ブログ

昨日は、朝起きると凄いめまいに襲われまして(あまりにめまいがひどくて吐いてしまったくらいですから)病院に行っていて、それでブログを書かなかったんですが(結局たいしたことなかったんですが)案外あんな悲惨な事件があったから、急に体調が崩れてしまったのかもしれませんね。(いつまでも法を拡げるのをモタモタしているなとです。天の気づきの現象です)

あんな悲惨な事件とは、昨日神奈川で起きた、障害者が刺されて十九人が死亡し二十数人が重軽傷を負ったあの事件のことです。

戦後最悪の殺人事件とのことですが、それにしてもひどいものです。

この日本で起きた今回の大量殺人事件はテロではないようですが、最近は世界で同じような(大量殺人の)テロ事件が続出しています。

このような事件を一体どうやったら止めることが出来るのでしょう?

回りが気をつけろといわれましても、四六時中、怪しい人たちを見張るわけにもいきません。(そういう人はたくさんいるだろうしです)

警戒を厳重にしたところで、一体どこでその大量殺人が起きるか分からないのです。

だから止めようがない、だから起きている、といえるのかもしれませんが、悪魔に魂を売った者たちはこのような事件を平気で起こすのです。

だから法を拡げることが大事なのです。

法が拡がればこのような事件を未然に防ぐことが出来るからです。

この世で出来ることは限界がありますが、あの世、すなわち天が(神が)することに限界はないのです。

そうではないでしょうか。それはこの辺りで数々起きているサイレンなど知れば分かるはずです。

最近は減りましたが、一時は凄い数のサイレンがしていたのです。(もう一日何十回も聞こえていましたから)

そのサイレンはみな私のせいです。

では、何で私は無事でいられるのでしょうか?周りで起きて来る多くのサイレンをみな私のせいにされていてです。

よく考えてみてください。これだけ危ない状況もないのです。

数々聞こえてくるサイレンがみな私のせいなのです。それにくわえ、それだけサイレンが聞こえてくるのであれば、当然、家族や仲間、あるいは好きな人が病気やけがをしたという人はたくさんいたはずです。

ということは、私の周にも、そういう不幸があった人はたくさんいたわけであり、そういう逆恨みを、私は多くの人からそこらじゅうで受けていたのです。

もう数えきれないくらいの人から逆恨みを受け、そうして、実際に病気になった人もまじかにいる、そうして、その人を次々に病気にしている、その張本人が目の前にいる。

このような状況下で、何で私はこのように無事でいられるのでしょうか?

その家族や仲間が病気をした人の中には、普通の人だけではなくやばそうな人もたくさんいたはずです。やばそうな人ばかりでなく、家族や好きな人が重い病気にでもなり、それを私がやっていると思い込んでいるのであれば、普通の人だってやばいことをしてもおかしくはないはずです。(それは男であれ女であれです。家族愛が深い人もいれば、恋は盲目ともいいますし)

それだけの逆恨みを受けながら、しかし私は、殺されるどころか、暴漢に襲われたこともありません。

せいぜい、嫌がらせを受けるくらいのものなのです。

別に私はボディーガードをつけているわけでもなければ、家にこもりっきりというわけでもないのです。そこら辺を普通に歩いています。普通に歩いているどころか、大きな声で辻説法をしながら歩いているのですから目立つことこの上なしです。

それに私が歩いていれば、そこらじゅうの鳥たちが騒ぎもしますし、ヘリまで飛んできます。私がどこにいるかなど誰でも分かるのです。

それなのに何もされない、これは一体どういうことなのでしょうか?(あのヘリが上から見ているかもしれないから、それで何もしないなどというのは明らかに無理があます。頭に血がのぼれば、仮に近くにボディーガードがいたとしてもやってくる人はやってくるからです)

これが神の力であり、法の力なのです。

周りに恨んでいる人はたくさんいますが、本当に私に危害を加えようとする人は一部なのです。(これだけ多くの人に私は恨まれているのです。そういう人はゼロではないと思います)

その一部の人を神はすでに知っているのです。

そういう危ない人たちに神は(天は)天罰をくだし、そういう事件を未然に防がれているのです。

天はすべての人の心の中が分かるのです。では、誰がそのようなことを実際に行い、誰が行わないかもすべて分かるということになります。

では、その実際に恐ろしいことをしてしまう人に天罰がくだってしまえば、その人はその恐ろしことを実行することが出来なくなります。

だから私にそれほどの事件が起きなかったのです。そういうことをやろうとしている人に先に天罰がくだっていたからです。

この先、そういうことが起きるかもしれませんが(こういうことを書くと意地になって何かしてくる人もありますから〔苦笑〕)あの一番サイレンがしていた時に私が無事でいられた、それが神に守られた何よりの証拠なのです。(あの当時は、サイレンなどしてくると、もう血走った眼でにらまれたことが何度もありますから)

法が拡がるとこういうことが起きるのです。(神が事前に守ってくださる)

例えば、大量殺人など犯す人に(大量殺人を犯す恐れがあるではありません。確実にやるという人にはです。神は〔天は〕先のこともすべて分かるからです)天罰がくだり、病気になどなってしまったら、その人はその大量殺人を行えなくなります。

そういうことが起きるということです。つまり法が拡がれば、こういう凶悪な事件を未然に防ぐことが出来るのです。

法が拡がるのであれば、そのような神の力が行き届くようになるからです。(法が拡がるということは、それは即ち神の力が拡がるということだからです)

だから私はいっているのです。早くこの法を拡げないといけないとです。

どれだけ悪いことをしていても(いま世界中で起きている、テロや戦争までもです)そこにいる人々が法を知るのであれば、その揉め事が自然のうちに収まり何でも話し合いで解決がつくようになるからです。(どうしても分からない人たちには天罰がくだり、よい方に導かれて行くのですから、これだけ平和な話もありません)

本当の神の教えとはこのようものなのです。

偉大な神の力(奇跡)が、そこに次々に発生し調和と安らぎのうちにことが解決をしていくのです。

今一番問題になっている、このような(大量殺人などの)問題も法を拡げるなら解決します。

この法の偉大さもう少しご理解いただけないでしょうか。

そうすれば(何度もいっていますが)真の平和がそこに訪れるからです。

(この私がそれを〔体を張って〕次々に証明しているのです。〔ほんとに命懸けですよ。このブログはどういう人が見ているのか分からないんですから〕その命懸けの使命を理解してくれる人があまりに少ない。これでは罰が当たる人が多いはずです)

2コメント

2 コメント to “法の偉大さ”

  1. ウナッシー2016/07/27 at 12:44 PM

    お体の具合が優れなかったとのことですが、処方薬は出たのでしょうか。
    先生のこのブログを心待ちにしている方のためにも、奇蹟的な回復を期待しております。また大変失礼なこととは分かっていますが、先生の回復を感謝の心で祈らせて頂きます。またお手伝いができるよう、間違えのなきよう今後も精進して行きます。

  2. gtskokor2016/07/27 at 1:39 PM

    それはありがとうございます。
    しかし、体は全然問題ありませんでした。(良性のめまいとのことです)少々疲れがあるのではとのことでした。

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