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8月 10 2016

怒り、ねたみ、ひがみ、罪の擦り付け

11:01 AM ブログ

オリンピックの奇跡は続いていますね。

日本初のメダル獲得とか、十数年ぶりのメダルとか、大金星とか、そういうニュースが続々と入ります。

今回のリオオリンピックの日本選手団は、選手の力だけではなしに(もちろん、選手の努力があってのことですが)何か他の力も働いていると明らかに感じます。

本当に神っているとしか思えませんね。(神の力が働いているとしか思えませんね)

神を思うから神の力が現れるのであって、神を思わなければ神の力など現れません。

神を思えば奇跡が起きる、そのような事実がまた現れたということです。(もう何度目でしょう)

こういうことをこの辺りの人たちみな知っているのです。(私のブログを読んでいる人が多いからです)

それにもかかわらず、私のいうことを聞くどころか、無視を決め込み、中にはひがんで怒りたくっている人までいるというのですから呆れます。(すぐ近くの人なんですけどね。昨日のようなブログを書くともう怒りたくって嫌がらせしまくりです。〔苦笑〕今日も朝からずいぶん機嫌が悪そうですが〔書いた通りのことが起きているからでしょう〕それにしても小さいです)

本当に狭く小さく貧困な心の持ち主の人ばかりです。

昨日は金山に行って来たんですが、バスやトラックの連中がブシュブシュしまくりでした。

サイレンがしてくると、怒ったような顔でブシュとやって行く運転手も多いのですが、昨日もそういう運転手がいました。

私が歩いていると救急車のサイレンがしてきました。すると、ムッとした顔で私に向かいブシュとやって走っていくトラックの運転手がいました。

しかし、そのトラックは少し先の信号が赤に変わったため、私が歩いて行くその先の道路で止まっていました。

私はここぞとばかりに、そのトラックの運転手に向かって怒鳴り始めました。

「オイオイ、あの救急車のサイレンの本当の原因はお前らのそのブシュブシュだろう。お前らがそれを始めてからあのサイレンはしてくるようになったんだからな。お前らはそれを知っていながら、なにあのサイレンはお前のせいのような顔をして怒ってんだ」

「お前らがそれを始めなかったら、サイレンはして来なかったんだ。それなのにまだそんなことしてんのか。一体どれだけ多くの人を病気にしたら気がすむんだ」

「皆さん、あのサイレンの原因はあの運転手連中のブシュブシュなのです。それが分かっていながら、まだこの連中はこんなことをしてきます。どういうひどい連中でしょう」

「お前らどれだけ多くの人を病気にしたら気がすむんだ、いい加減にしなさい」

など散々いってやりました。

もうその信号待ちをしていた運転手のいやらしそうな顔といったらなかったです。(笑)

私の怒鳴り声を聞き、急にオロオロしだして、その信号で止まっている間中、運転席で落ち着かないことこの上なかったです。(苦笑)

もうほとんどの運転手が、あのサイレンは自分たちが原因だということを知っているからです。(バスの運転手なんかも凄いですよ。ブシュとやってきたバスの運転手に同じようなことをいってやると、態度が明らかに変わりますから。顔が引きつる奴はいる、急に落ち着かなくなる奴はいる、横を向く奴はいると見ていても面白いです。〔笑〕あまり運転手を動揺させるとやばいですかね。事故でも起こされたら私のせいになります。〔汗〕)

この辺りは、こういう人たちばかりなのです。

私のいうことを聞いて、奇跡が起きている人たちがたくさんいることも知っている、そうして、あのサイレンの原因は本当は私ではないということも知っている、そういう人がたくさんいるにもかかわらず、まだ私を認めようとせず、罪を私に擦り付けたまま嫌がらせを繰り返しているのです。

どういう人たちであろうと思われないでしょうか。

この辺りになぜサイレンがたくさんしているのか、その理由がお分かりいただけると思います。

こういう(天罰を受けるだけの)心の持ち主が多かったからです。

だから、それだけの災いが起きたのです。

怒り、ねたみ、ひがみの心ばかり持ち、知っていながらの罪の擦り付け、そういうことを平気で出来る人たちが多かったからです。

だから、そのような心の持ち主に次々に災いが起きているのです。

その心と行いが悪いからです。

それにしても悪い人たちですね。毎日のようにこのブログをじゃまし続けている連中(今日は妙に元気がありません。でも、元気がないながらじゃまだけはしています。〔苦笑〕)もそうですが、運転手連中など、あのサイレンの原因は自分たちであると知っていながら、それでもサイレンを私のせいにし続け、いまだにブシュブシュやってきてサイレンの原因をつくり続けているからです。(ということは病人をつくり続けているということです)

それだけ悪いことをし続けているのです。自分たちに(運転手連中に)病人が続出するのも当たり前のことでしょう。

自分たちが病人をつくり続けているのです。自分たちが病気になるのは因果応報以外の何ものでもないからです。

しかし、そのような自分たちが原因で起きていることさえも、このような人たちはみな私のせいにしているのです。

ずいぶん悪いことをし続けていると思われないでしょうか。

その自覚がある、ないにかかわらず、自分たちがし続けている悪は自分たちに返り続けます。

そのしている悪に気づかないと、最後には滅ぼされるのです。

いつまでそんな悪いことをし続けるのですか?

私のいうことを聞き、奇跡が起きている人たちが続々と現れています。

善い行いをすれば善いことが、悪い行いをすれば悪いことが、確実に現れてきます。

自分たちが不幸になっているその原因は自分たちにあるのです。

(悪を一としていては、災いが起きて当然です。私は善を一としています。だから奇跡が起きているのです)

2コメント

2 コメント to “怒り、ねたみ、ひがみ、罪の擦り付け”

  1. ウナッシー2016/08/10 at 12:51 PM

    今日も酷暑、しかし受ける風は何となく夏を惜しむかのような肌触りのような気がします。スポーツは今リオ五輪と高校野球で賑わいを見せています。特にこの異状な暑さの中で繰り広げられる高校野球では何と清々しい様を見せてくれています。夏の定番とも言えるこの高校野球が終われば季節は秋へと変わって行くのですね。一年の早いこととをつくずく感じます。今でこそ毎日反省感謝を通して過ごしていますが、取り戻せない過去に今のような生活が出来ていたならと、また反省をしています。どんな過ごし方をしようと時間は止まらない、貴重な時間であると感じています。

  2. gtskokor2016/08/10 at 1:47 PM

    園頭先生は時間は神の命であるといわれていました。
    私たちの生きている時間は限られています。
    時間を無駄にしてはいけないのです。(それなのに、進歩がない、なんと無駄な時間を過ごしている人が多いのでしょう。そのような人たちは本当に哀れです)

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