9月 10 2016
百の言葉より一の行い
今日は前のバカ会社は休みですか…今週もよく怒っていました。
昨日など朝からカンカンでした。(凄い怒りようで)しかし、昨日は朝から出て行きましたので(内海に行ってきました)よかったです。家にいたら凄かったでしょうね。(苦笑)
あれだけ怒っていては悪い現象がよけい現れます。逆のことしかやりませんね。本当に哀れなものです。
しかし、怒っているのはこの連中だけではありません。
前回のブログを書いた翌日、外を歩いていると、やたらトラックの運転手連中にブシュブシュやられました。(あのブログのあてつけでしょうか?)
それが頭に来たものですから、この一週間というもの、そこらじゅうで前回のブログに書いたようなことをいいまわりました。
そうしたらここ一日、二日は妙に静かです。さすがにやらしいんでしょうか。(苦笑)
しかし、事実ですからね。あの連中が多くの人を病気にしたから、自分たちが今、次々に病気になっているのであり(因果応報)私は一人として人を病気になどしていないから健康でいられるのです。
もし、私が人を一人でも病気にしていたら、今頃、私も同じように病気になっています。(疑う人は自分で実験してみてください。憎んでいる人に〔憎んでいる人など一人や二人誰だっているでしょう〕丑の刻参りをするのです。〔もう、わら人形に憎しみを込めてガンガン釘を打ち込んだってください〕それで、その憎んでいる人に何か起きたら、自分にも必ず何か起きます。自分の念が自分に返って来る実験などすぐにでも出来るのです)
いま私が健康でいて、多くの奇跡が起きているのは、私が人を一人も病気になどしていなくて、多くの人(の心)を救っているからです。
このような結果が、その何よりの証拠なのです。
よい原因を自分でつくっているから、よい結果が自分に現れているのです。(善因善果です。法則は嘘もつかないし間違うということもありません。必ず正しく現れるのです)
悪い結果が現れている人たちは、自分たちが悪いことをしているから悪いことが現れているのであり(悪因悪果)正直にその悪いことを皆にはなして心から反省し詫びを入れることです。
そうすれば、その悪い(恐ろしい)現象は止まるからです。
などと簡単に書きますが、それは「あのサイレンの原因は自分たちです。私たちが多くの人を病気にしました。本当に申し訳ありませんでした」ということをはっきりいえということです。
そんなことをいえるわけがありませんよね。運転手の連中がです。(そんなことをいったら周りの人たちの態度が一変するでしょうし、自分たちの信用もなくなるでしょうから)
しかし、それをいわなければ、自分たちに起きている現象は収まらないのだし、そのサイレンの原因は私一人に疑いが集中しています。(というか、もう私が犯人にされていますが)
あなたたちが、これから受ける苦しみをすでに私一人が受けているのです。少しくらい自分も悪かったと思わないのでしょうか?(こちらは無実の罪を着せられているのですよ)
しかし、遅かれ早かれ、その嘘はばれます。(私がばらしますから)
早く自分たちの罪を反省し、詫びた方がいいのではないでしょうか。どちらにしても、その自分たちがつくった罪は自分たちで償わなければいけなくなるからです。(この世に逃げどくはありません。この世で、その罪のしらを切り通したとしても、あの世でもの凄い苦しみが待っています。〔あの世の地獄で償う苦しみはこの世の数倍、数十倍です〕この世での償いの方がずっと楽なのです)
ですから、一刻も早く、このような人たちは反省してもらわなければいけませんが、しかし、これで私の疑いも晴れたと思います。
私が祈って人を病気にしているなどというあらぬ疑いがです。
何度もいいますが、私の祈りで、もし一人でも病気になっている人がいるのであれば、私もとっくに病気になっているからです。
それで書きますが、私は毎日のように祈っているのですが(いろいろなことをです)その祈りを一つ増やそうと思います。
その増やす祈りとは、このブログをもう何年も前から見ている人たちについてです。
そういう人たちは、私が何度「お気持ちだけで結構ですから、布施してください」と頼んでも、その頼みを聞いてくれません。
一人、二人の人は、それを聞いてくれますが、それ以外の人は私の申し出を一切聞こうとしないのです。
果たして、そのような態度が正しいのか否かです。それを祈ろうと思っているのです。(というか、もう祈っているんですけどね。このブログが書けなくなった一週間ほど前からです。このままではブログが書けなくなると思い「どうぞ、何年も前からこのブログをただで見ている人たちを正しくお導きください」とです)
このままでは何年たっても、今のまま変わらないでしょうし、今のままではいつかはこのブログも書けなくなります。
このブログが書けなくなるということは、法を伝えること、拡げることが出来なくなるということですし、それでは日本が滅びてしまいます。(もう滅びかけていますけどね。いろいろな異常現象が次々に起きてです。私はその原因は、そのような、このブログをボッーと見ている人が多いからだと思っていますが)
だからそういう祈りも加えて、そういう人たちの態度が果たして正しいのかどうなのか、天に聞いてみようと思っているのです。
ですから、別に今の態度を変えてもらわなくても結構ですが、そういう祈りだけはこれからします。(というか、もうしています)
そこはご了承ください。そのような人たちは自分たちの態度が悪いとは思っていないと思うからです。(自分たちの態度が悪いと思っていたらこんなこと平気で出来ませんから。〔笑〕)
しかし、自分が悪いことをしていないと思っていても、悪いことをしていることは多々あります。(それはこのブログを読んでいただければ分かると思います。〔苦笑〕)
自分はボッーとこのブログを読んでいるだけではない、自分なりに法の流布に協力している、とそう思われている方は大丈夫なんでしょうが(それも勘違いかもしれませんが)まったく自分はそういうことをしていないという自覚のある人はやばいかもしれません。
私が祈ると何か起きるからです。(天に導いてもらいましょう。このままでは法が説けなくなりそうだからです。あれだけ怒っているのです。〔ということは毎日のように何か起きているということでしょうから〕あの会社、もう何が起きてもやめないでしょうね。このブログのじゃまはです〕)
それこそ、布施くらいされてはどうでしょう。(せっかく寄付のページもつくったことだし、分かりやすくなったでしょう。振込先がです。〔笑〕)そのような行いを天は喜ばれるからです。(匿名でも何でもかまいませんよ。すべて天はお見通しですから)
別にこのままでよいと思っている人はかまいませんが、やはり今のままではまずいだろうと、少しでも反省される人は、すぐにでも布施してください。
何度もいいますが、すでに私は祈っているからです。(手遅れになってからでは遅いですから。私の祈り、自分たちで味わってみますか?このブログを読んでいる人たちだけの特典ですね。〔笑〕)
先ほども書きましたが、別に私の祈りでどうこうなるわけではありません。すべて自分に起きて来る悪いことは自分に責任があるのです。ただ私の祈りは、そのお返しを早くする作用はあります。
そこはご了承ください。悪いのは悪いことが起きる、その人自身であるからです。
ソロソロ次の一手を打たなければ、本当に日本が危ないのです。
現在日本で起きていることは、天変地変だけではなく、北朝鮮のミサイルや核実験など、それが本当に日本に向かって来たのなら、どれだけ被害が出るか分からない、もしかすると滅びるかもしれない(核など撃たれたら日本は終わりです)そういう深刻な状況なのです。
こういう危ない状況も法が拡がるなら変わってくるのです。
そのためにも法の流布は必要であり、法が拡がることが自分だけではなく日本も守ることになるのです。
百の言葉より一の行いです。
どれだけ口でうまいことをいっても、一つの行いもなかったら、その人は信用されません。
法に対し、一の行いをされている人が果たしてどれだけいるのでしょう?
この法は、そのような人たちの心も含め、多くの人たちの心を救っているのです。
そのような偉大な法にいつまで甘えているのですか?(このブログを読み奇跡が起きた人たちなど特にそうです)
法のために一の行いをしてください。
多くの人がそれをするなら、それが大きな行いとなり、日本を、ひいては世界を救うことになるからです。



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