10月 25 2016
無知の罪の重さ
昨日はバカ会社がうるさくて書けませんでした。
そうしたらまた何か起きたようで、昼前くらいからずいぶん引いていました。
災いが起きることが分かっていても悪いことをやめよとしない(というか、どちらにしても悪いことが起きるので〔こうも無反省では当然そうなります〕やけくそなんでしょうが)本当に哀れなものです。
この連中が(昨日の災いもあり)引いているうちに書けるだけブログを書きましょう。
最近の名古屋は、最も魅力がない街とか、日本一の嫌われ都市とかいわれて、ずいぶん人気がないようですね。
それに加えて、もう日本全国で起きている現象を(人が次々に病気になる)私一人のせいにして、その現象を強調して(まるでこの辺りだけに起きているようにです)「あいつのせいでこうなった」と怒っている人が多いというのですから、よけい嫌われるでしょうね。
そんな人が次々に病気になっているような街など呪われているとです。(苦笑)
しかし、この頃はそういう噂が立つと逆に怖いもの見たさで名古屋に来る人が増えるのかもしれません。
最近はそういう怖いもの知らずの人が増えたからです。
しかし、それは単に、怖いものを知らないだけなのであって、その怖いもの(天罰)の本当の怖さを自分たちが知らないから平気でそのようなことが出来るのです。(先ほどのバカ会社の連中と同じです。そういうことをしていたら〔やけくそな態度〕後でどれだけ恐ろしい目に遭うのか、それをこの連中は知らないのです)
それは自分の無知さの現れなんですが、その無知ということが分からない、だから、これだけ悪いことが起きる人が多いのです。
自分たちが神のことも、心のことも、まるで分かっていないといつまでも気づかないからです。(だから、この時代、神のことも心のこともよく知らないと、どれだけ危ないのかということも分からないということです)
昨日テレビでやっていましたが、すでに日本は多死社会となり、火葬場が不足しているそうです。
つまり、亡くなる人が増えたため、人が亡くなっても火葬が追い付かず、すぐに火葬が出来ない自治体が増えているのです。(昨日やっていた埼玉の火葬場など早くて三日待ち、混んでいる時は十日待ちだそうです)
現在の日本は年間百三十万人の人が亡くなっているのですが、これが先々(十年~二十年先です)百六十万くらいにはなるのではないかと昨日のテレビではいっていたようですが、ずいぶん甘い予想ですね。
私はその程度ではすまないと思います。というのも、園頭先生が気になることをいわれていたからです。
前にも書いたのですが、名古屋に先生が講演会で来られた時に、名古屋駅など今ビルがたって人がいっぱい入っていますが、これから人が減っていって、今いっぱいに人が入っているビルもガラガラになって、廃墟になるビルも増えるといわれていたのです。
それはもう二十年以上も前にいわれたことです。
その時は、これだけ多くの人が亡くなっているわけでもなく、日本の人口の減少のことをそれほどいわれている時代ではありませんでした。(マァ、多少はいわれていましたが)
だから、そんなことが起きるのだろうかと不思議でしたし(というか、ピンと来なかったですね。いくら園頭先生のお話とはいえ、あまりに現実離れのした話であったからです)仮にそういうことが起きたとしても、それは百年も二百年も先の話であろうと思っていました。
しかし、今の現実を知ると、園頭先生は近いうちにこういう時代が来ると(多死社会)すでに知っていられたのですね。
だから、そういうことを、私たちにいわれていたのだと思います。
しかし、いま多くの人が亡くなっているといったところで、名古屋駅にあるビルにはまだまだ人があふれています。
そんなガラガラのところなどありませんし〔まだ新しいビルを建てているくらいですから〕廃墟となっているようなビルもありません。(マァ、古いビルでそういうところはあるのかもしれませんが)
やはり園頭先生がいわれたことは、外れているか、それとも、もっとずっと先のことをいわれていたのでしょうか?
そうではないでしょう。園頭先生は、この先(それも近い将来です)日本の人口が急激に減るということを天上界から教えられていたのだと思います。
だから先生は、私たちにそのようなことをいわれていたのであって、そんな先の話なら、その時にそういうことわりを入れるはずであるからです。(これは百年、二百年先の話ですと)
それに、よく考えてみれば今あるビルが百年も二百年も持つわけがありません。(せいぜい数十年です)ということは、やはりこの数十年以内に、日本に大きな人口減少が起きるということを園頭先生は予言されていたのです。
二十年以上も前に誰がそんなことを考えたでしょう。これからまだまだ医学は発達していくのです。
では、日本は今以上の長寿社会となり、先々、日本の人口は増えるのではないかとさえ思えた時に、園頭先生はそういう話をされたのです。
しかし実際に、その時には考えもしなかった多死社会などということが起き始め、亡くなる人が年々増えているのです。
だから、その時、園頭先生がいわれていたこと(予言)は当たっているのであり、その園頭先生の予言に従って、今このようなこと(多死社会)になっているのではないかと思えるのです。
でなければ、毎年毎年(数万単位で)亡くなる人が増えていくなど、どう考えてもおかしいからです。(昨日のテレビでも、ではなぜ、毎年毎年亡くなる人が増えているのか?ということについては一言も触れませんでした。つまりその理由は分からないということです)
しかし、数万単位で亡くなる人が増えたとしても、それで今あるビルがガラガラになり、廃墟になるビルが増えるのかといえば、そうなるまでにはまだ数十年もかかるということになります。
そういう先の予言をその時、園頭先生はされたのでしょうか?
違うでしょうね。仮に数万づつの人がこれからよけいに亡くなっていっても、十年、二十年先の年間の死者の予想が百六十万くらいなのです。
そのくらいの人が亡くなっても、多くのビルが廃墟になるくらい人が減るとは思えないからです。
ということは、どこかでもっとペースが上がるということです。そうでないと、園頭先生がいわれた予言は外れることになるからです。
園頭先生の予言は外れないでしょう。当たると思います。(つまり年間で亡くなる人のペースはもっともっと上がるということです)
なぜそう思うのか?
それはこの辺りの人たちを見ていれば分かるからです。
特にどこかのバカ会社など顕著ですが(相も変らずじゃましています)この辺り、こういう態度を取っている人がたくさんいるのです。(私のブログを読んで心が救われていながら、感謝一つせず、そのお返しが嫌がらせ)
これでは多くの人が罰が当たるのが必然なのです。
それは、どこかのバカ会社やどこかの運転手連中を見ればわかるはずです。(罰が当たりっぱなしですから)
そういう態度をとっていれば、罰が当たるという見本のような人たちがたくさんいるにもかかわらず、それでも、そういう間違った態度を改めない、そういう人が、この辺りわんさといるのです。
では、罰が当たって死ぬ人も増えるということになります。現実に亡くなっている人もいると思うからです。
これはどこも似たり寄ったりでしょう。それは、いま起きている天変地変の激しさでも分かります。(私のブログを前から読んでいて、少しも布施しようともしない、そのような人が多いことでもそれは分かるのです)
そういう人が多ければ、罰が当たる人がこれからもたくさん出てくるということになります。そうであるなら、亡くなる人はもっともっと増えるでしょう。
これからは正法の世がより深まっていくからです。(ということは、よけい罰が当たりやすくなるということです)
この辺り、そういう(神のことも心のことも知ろうとせず不遜な態度を続けている)人たちに次々に罰が当たっているのです。
法の流布のじゃまはもっとも悪いことなのです。それこそ、殺人を犯すよりもです。(法は心を救うのです。肉体よりも心を救うことの方がより大事なのであり、ということは、法の流布のじゃまは心を救うことをじゃましているというということになり、それは心を救わない〔即ち心を殺す〕ということであり、それは肉体を殺すことより罪が重いのです)
そういうこの世で一番悪いことを平気でして、心が救われている人にこれまた平気で無視や嫌がらせです。(それも非常に悪いことです。心が救われるほどのよいことはないのですから。それだけよいことをしている人に嫌がらせや無視を決め込んでいるのです。だから、それも非常に悪いことであるといっているのです)
これではよいことが起きるわけがなく、この辺りに次から次に悪いことが起きるのはある意味、当然のことなのです。
その一番悪いことをいつまでたっても理解しようとしない人が多いからです。(だからこの数年でこの辺りずいぶん人が減るのではないかと思えてなりません。特にこの辺りは、そのような無理解な人が多いからです)
だから、これから亡くなる人は急激に増えるのではないかと思えるのです。
そのような神や心のことにいつまでも無知な人が多いからです。
いつまでも勉強する気がないのであれば、いつまでも無知なままなのです。しかし、もう無知では危ない時代になっています。
しかし、それさえも無知な人は気づかないのです。
釈尊は、この世で一番悪い人は「知るべきことを知らない(無知な)人である」といわれました。
その釈尊がいわれた神理はいつの時代においても正しいのです。



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