11月 05 2016
法の世の深まり
本当にあちこちで怒っている人がいますが大丈夫でしょうか?
昨日はバカ会社がガチャガチャじゃましてきたものですから、ブログを書くのを途中でやめました。そうしたら案の定、何か起きたようで昼前くらいから怒りたくっていました。
この連中が何か起きるのは当たり前といえば当たり前なのですが(それだけ悪いことをしていますから)先ほども書きましたが、あちこちで最近は静かになっていた人たちがまた怒りだしているのです。
中には大変な怒りようの人もいます。そうかと思うと、散々嫌がらせをやっていたところがピタリとやめてしまったところもあります。
とにかくこの辺り、極端な人が多いのです。
そればかりか、運転手連中は明らかに変ですね。トラックの連中などいきり立って(ブシュとです)やってくる人もいるにはいますが、本当に少ない、元気なさげにブシュブシュやって行く運転手はいますが、それもまた少ない、それどころか、その走っているトラック自体が少ないのです。
昨日の庄内川の帰り道など(だいたい同じコースで帰って来ますので)二、三台しかトラックを見ませんでした。(途中からなんですが、よく車が通る道路に出ます。そこは車がひっきりなしに通りますので、普通なら二~三十台は〔もっとかもしれませんが。一々トラックの数を数えていませんから〕トラックが通って行きますが、昨日はずいぶん少なかったのです)
たまたまでしょうか?
たまたまとは思えないのです。だって昨日の夕方通ったその道は、いつもなら混んでいる道路が異様にすいていたからです。(昨日は金曜日でしょう。普通の日の夕方ですから〔六時前後です〕いつもなら、もう横の道は車が数珠つなぎです。それが昨日はガラガラだったのです。あの時間にあんなにすいていたのは初めて見ました)
何か別の道を通っているようで本当に異様に思えました。あの時間にあの場所を通っていて、横の道路があれだけすいていたことなどなかったからです。
まさか、トラックの連中があの時間にあの道路を意識的に避けたということはありませんよね。(もうみんな知っていますからね。私が庄内川に行った帰りはあの時間にあの辺りを通るということはです)
そういうことを多くのトラックの運転手が行うなら、普通の日の夕方といえども、あの道路がすくということは十分あり得るからです。
しかし、そんなことはしないでしょう。(しかも示し合わせたようにです…でもトラックは無線がありますからね)あれだけ元気よく私に嫌がらせをしていた人たちです。それが私から逃げるなどするわけがありません。(そんな臆病な、ねぇ)
昨日はたまたまあの道はすいていたのでしょう。そういうこともたまには(マァ、初めてですけど)あると思うからです。
しかし、面妖ですね。最近のこの辺りの人たちはです。本当に態度がおかしいのです。
ところどころまた怒りだしたところはある、そうかと思うと嫌がらせをピタリとやめてしまったところはある、あれだけうるさかったバスやトラックの連中がずいぶん静かになる、そのようなおかしな振る舞いをする人が日を追うごとに増えているのです。
なぜでしょうか?
正しい心の在り方を知らなくて本当によいのですか。
もう分かります。災いが次々に起き出しているということがです。
それは、この近所の人たちの態度が全然変わって来ているということでもその事実が分かるのです。(ねぇ、どこかの会社の人たち。大変そうですね。次々に災いが起きてです。それも次元の違った数のです)
正しい心の在り方を知らなければ、天罰を食らう、もうそういう時代になっているのです。
それを知らない(認めない)だけでしょう。(多くの人がです)
私がこれだけいっているにもかかわらずです。
時代が変わったのです。だからこのようなこと(災い)が起きるようになったのです。自分の心が大きく現れる時代となったからです。
何度もいいますが、因果応報という法則は絶対なのです。どんな人にも必ず現れるのです。私だけ特別現れないということはありません。(そんな法則が現れない人などいません。釈尊やキリストでも現れます)
もし私が、皆さんに起きているすべての悪を行っているのだとしたら、もう私はとっくにこの世にいないのです。
だって私は多くの人を病気にしているようだからです。(何百人ですか?それとも何千人ですか?まさか何万人などという単位じゃありませんよね。〔汗〕)
漫画じゃないのですから、そんなことが出来るわけがないのです。一人でも病気になるよう私が祈るなら、その祈りは自分に返ってきて、自分も病気になるからです。
これだけ多くの人が病気をしているのは、それだけ多くの人が悪い(間違った)ことをしているからです。その自分がしている悪いことが自分に返ってきてそれで病気になっているのです。
では、多くの人がしているその悪いこととは何でしょうか?
私に対する態度も、もちろんありますが一番の原因は私が何度も書いている、神を神とも思わない、そのような態度なのです。
そういう神に対する不遜な態度を日本の人々はずっと続けて来たのです。だから、これだけの多くの人が病気になって亡くなり、その亡くなる人が毎年増えているのです。(多死社会)
そのような不遜な態度がもう天罰を食らう、そういう時代になっているからです。
それをもう何度も前からいっているのに、この辺りの人たちは、その私のいうことを一切聞こうとせず、悪いことをすべて私のせいにして、他の地域の人たちは温暖化とか何とか他のせいにして時代が変わったことに気づかないのです。
どう考えてもおかしなことがこれだけ起きているにもかかわらずです。(だいたい、毎年死ぬ人が増えてるって、それだけでもおかしいでしょう)
自分たちに罰があっているなど毛ほども考えていないのです。そんなことが起きるわけがないと頭から思っているからです。
しかし、起きているのです。だから、これだけ多くの人が死んで行っているのです。
毎年、毎年、死ぬ人が増えているのは法の世が深まっているからです。(ということは、罰が当たる人が毎年増えるということですから。心と行いをいつまでも変えなければです)
だから私はいっているのです。「正しい心の在り方を知らなくてよいのですか?」とです。
もう正しい心の在り方を知らない人は罰が当たる時代になったのです。だから、これだけ不幸になる人が増えているのであるし、また、正しい心の在り方を知っている者には、奇跡が次々に起きているのです。
法の世(正法の世)が深まっているからです。
一昨日でしたか、私は堀川に行きました。
堀川にはもうカモメがいたのですが(まだ十数羽程度でしたが)それにもかかわらず、私が堀川に行き、カモメに声をかけていると魚があちこちで跳ねだしたのです。
あれには驚きました。
去年の今頃はもう魚は一切跳ねず、川の中にいるのかいないのか分からないくらいでしたが、今年はカモメがいるにもかかわらず、平気で跳ねています。(それに水面近くまで上がってきている魚たちもいました。カモメがすぐ近くにいるのにです)
つまりこういうことを見ても分かるのです。
よい現象も悪い現象も明らかに激しくなっているとです。
法の世が深まっているからです。だから、このような奇跡も起きるのです。(カモメがいる横で魚がバンバン跳ねる、考えられませんね)
法の世とは、奇跡の時代であるからです。
もう心が悪いままであるなら、災いが、心がよいのであれば奇跡が、頻繁に現れる時代になっているのです。
それなのに、いつまで悪いことを責任転嫁しているのですか?
そんなのはただの泣き言にしかすぎないのです。
追伸…何度もいいますが「お前のせい」ではなく「助けてください」なのです。
だって多くの人は正しい心の基準など知らないでしょう。ほとんどの人は自分の悪いところを直そうともせず、平気で人の悪口をいい、責任転嫁している、そういう暮らしを日々続けているだけだと思うからです。
そういう人は遅かれ早かれ災いが現れるのです。もうそういう時代が来ているからです。
そういう悪人が(そういうことは悪いことではないと思っている人も多いのでしょうが、とんでもありません。非常に悪いことです。〔非常に心を汚します〕だからそんなことばかりしている人も悪人なのです)災いを起きなくするには、相当心の在り方を変えないといけないのです。
それを自分だけでやれますか?
そういう(悪い)心が当たり前だと思っている人たちがです。



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