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11月 19 2016

心の広さ

11:04 AM ブログ

いやはや凄いですね。

何が凄いかって、昨日も私が家の近くまで帰ってくると、あちらでガンガン、こちらでドンドン、あちこちから音が聞こえてきました。

私はまた祭りでも始まったのかと驚きました。(ずいぶん時季外れではありますが)

この辺り、そこらじゅうで怒っていますね。(ほんと段々怒る人が増えています)凄い形相でにらみつけてくる人もいたようですが、本当に何度いえば分かりますか?

「その起きている災いは私のせいではない」とです。(皆さん、バカじゃないですよね?)

もう、みな私のせいです。何か、そこらじゅうで怒りたくっています。そうかと思うと、どこかの会社のように急に静かになってしまったところもあり本当に極端な人が多いのです。(あそこ本当にやばいんじゃないですか?静かになったとはいえ、ところどころで怒っています。相当起きているのではないでしょうか。恐ろしい現象がです)

いつまでも突っ張らずに詫びを入れたらどうでしょう。それ以外ではもう救われる道はないからです。(運転手の人たちもそうしたらどうですか?そういう運転手の人たちもやたら怒っているか、静かになってしまったかの両極端な人が多いからです)

この辺りで、そのような(極端な)態度を取っている人たちは、まずこのブログを読んでいます。

だからはっきり書いておきますが、どうあっても私のいうことに耳を貸さず、そのまま突っ張り続けるというのであれば、近いうちに百パーセント癌か何かで苦しんで死ぬことになります。(もちろん、その後は地獄往きです)

それでも、私のいうことをききませんか?

これほど多くの現象(災い)がこの辺りで現れ始めているというのにです。

ここに書くことは嘘ではありません。嘘を書く者に奇跡など起きないからです。(嘘を書いている人に天が味方しますか?本当のことしか書かないから未だに奇跡が起き続けているのです)

本当にそうなるのです。すでにそうなっている人がたくさんいるのではないですか?だから、そこらじゅうで怒っている人がいるのでしょう。

しかし、何度もいいますが、その現象はどれだけ怒っても止まらないのです。(そうして私のせいでもありません。因果応報という法則は絶対であるからです。私がもしそれだけ多くの人を病気にしているのであれば、もうとっくに病気になっています。私が未だに健康でいるのが、私が人を病気にしていない何よりの証拠です)

自分たちが悪かったと反省しない限り止まらないのです。その現象は自分たちが悪かったため、起きていることであるからです。

自分たちの心と行いが正しかったならば、そのような災いが現れるはずがないからです。逆に奇跡が起きて来ないといけないからです。(それは私が証明しています)

自分たちが悪かったのです。だから、そのような恐ろしい現象が次々に現れ始めたのです。

神がつくられた世の中で、その神を思わず、自分本位なことばかりして、そうして、そういう態度はいけないと、もっと神を思わなければいけないと、正しいことをいっている者のいうことを聞こうともせず、その正しいことを説いている者に罪まで擦り付け、我を張り続けている、これだけの悪いことをしていていいことが起きるわけがありません。(それが悪いことだという自覚がある人が少なそうですが、それは知らないだけで〔心の法則を〕実はこの辺りで私に対しやっていることは大変な悪いことなのです。だから、これだけのことが起きているのです。その起きていることで理解してください。自分たちがしている大変悪いことをです)

そんな悪いことをし続けたため、それをしているこの辺りの人たちに次々に天罰がくだり始めたのです。

それだけの罪をこの辺りの人たちは(未だに)つくり続けているからです。

だから、そのような(怒り、恐怖する)現象が次々に現れ始めたのであり、そうであるなら、そのやっている悪を反省しない限り、その現象は止まらないのです。

いい加減自分の罪を認めてはどうでしょう。それを認めない限り、恐ろしい現象から逃れる手立てはないからです。

「そんなに多くの人にそんなことは起きないだろう」「自分は大丈夫だ」何の根拠もないのに、そんな甘い考えで突っ張り続けるのなら、その人には確実に天罰がくだるでしょう。

神の力は無限であるからです。

もし世界中の人が、そのような態度を取るのなら、世界中の人にその恐ろしい現象は現れるのです。

この大宇宙を創造された神が、その大宇宙から見たら、チリやほこりのような小さな存在でしかない地球の人々を消し去ることなど、造作もないことであるからです。

そう考えるのであれば、私たちが思っていることなど、どれだけ小さなことであるのかお分かりいただけると思います。

私たちが住んでいるこの地球は、無限の広さを持つ大宇宙から見たらチリやほこりのような存在でしかないのです。

では、その小さな小さな地球に住んでいる私たち人間はどうなるのでしょう。

地球がチリやほこりなら、それだけ小さな地球に住んでいる私たちなど、それこそ微生物程度のものなのであり、どれだけ小さいか分からないほどなのです。

その(顕微鏡で見なければ分からないほどの)小さな人間が、人間同士で我を張りあって、少し頭を下げ反省する程度のことが出来ないというのです。

では、そのようなことは、大宇宙から見るなら一体どれほど小さなことなのか分からないくらいです。(あまりに小さすぎて想像すらつきません。〔苦笑〕)

何でそんな小さなことに、それほどこだわるのですか?そのままの心では天罰がくだるのは確実であるにもかかわらずです。

もう少し大きな心になってはどうでしょう。

そうすれば、自分たちがどれだけ小さな心の中でこり固まっているのかよく分かるからです。

少し空を見上げるだけで、誰にでも広大な宇宙は分かるのです。

しかし、そのような宇宙の広大さを認識できるのは、それだけの心の広さを持っているから出来るのであり、それだけの心の広さがなければ、それは分からないのです。(宇宙の広さが分かるのは、それだけ広い心を人間は持っているから分かるのです。それだけの心の広さがなければ、宇宙の広さも分からないのです)

人間は誰でも、宇宙大にまで広がる大きな心を持っています。

その大きな心を少し広げてみませんか?

そうすれば、もっともっと素晴らしい世界が現れてくるからです。(また、心を広げるなら、それぞれに持っている素晴らしい能力も現れて来るからです)

追伸…この辺りはもう相当危ない人が多そうで、それで今回、ずいぶん危ない内容のブログになってしまいましたが、それは、それだけこの辺りは緊急事態であるということでご了承ください。

先ほどから二度、三度と公衆電話から電話がかかって来て私が出ると切れてしまいます。

そういうことをしている人に何かあったのか、それとも自分たちの身内や仲間に悪いことが起きて、それで腹いせにそんなことをしているのか、それとも詫びでもいれようと思い(その決心がなかなかつかずに)そういうことをしているのか分かりませんが、どういう気持ちであるにせよです。

私に電話をかけてくるのであれば「助けてください」「許してください」という電話がいいでしょう。

そのような心の人に私が祈るなら、その人には必ず何らかの奇跡が起きるからです。(そういう心以外で電話をかけてきているのであれば、このような状況です。一発で災いが起きます。当然そういうことをして来る人を私は祈るからです)

何度もいいますが反省して、改めてこの教えを学びませんか?

そうすれば、黙っていても奇跡は起きて来るからです。

2コメント

2 コメント to “心の広さ”

  1. ウナッシー2016/11/19 at 12:55 PM

    先日、朝に最近流行りのコンビニカフェを利用し通勤中にコーヒーを楽しみながら会社へ向かいました。そして今度は帰りに財布(小銭入れ)を確認するとあるべきところにないのです。落としたか違う場所へ片付けたのか探しては見たもののさっぱり分からずにいると、ふと朝のコンビニが頭を過りました。それで一応そのコンビニへ電話すると、お客様から申告があり預かっているとのことでした。それで帰りに受け取りに行き中身を確認して受けとることができたのです。これだけでも奇跡的⁉と思いたいのですが、中の小銭もしっかり入っていました。本当に心ある方に対応して頂いた事への感謝が尽きません。実はこれにはある事実があるのです。それは先日質問させて頂いたヒヤリ・ハットです。先生の御指南があり、悪いところを自分なりに反省しよく朝から実践をした後の事でしたのでまだ早計との思いもありますが、早速『良し』との回答なのかなと直感したのでした。何はともあれ善い事の継続と常に神に感謝し己の反省をして行く事が大切だと思うのでした。

  2. gtskokor2016/11/19 at 1:46 PM

    そうなのではないでしょうか。そのような結果は早く出ることもあるからです。

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