1月 22 2017
祈りの効果
アメリカのトランプ大統領誕生の翌日、世界各地で二百五十万人以上の人が参加したデモが行われたそうですね。(フランスのパリやイタリアのローマ、スペインのバルセロナ、ドイツのベルリンなどの欧州各地に加え、オーストラリアやニュージーランドなどでです)
それにしても、世界規模でのデモが起きるというのですから、いやはや今回はずいぶん不人気な大統領がアメリカに誕生したものです。(私の不人気ぶりも真っ青です…比べるレベルが違いますが。〔苦笑〕)
しかし、前にも書きましたがどういう理由にせよデモはいけません。
大規模なデモなど行えば、やはり争いが起きるからです。すでに暴徒化している人たちもいるとのことですが、所詮はデモも力ずくでしかないからです。
このような人たちは早くキリストの言葉を思いだしてほしいものです。(こういうデモに参加している人たちはキリスト教の人も多いはずだからです)
キリストは「汝の敵を愛し、責め憎む者のために祈れ」といわれました。
では、それを実践されたらどうでしょう。世界各地で二百五十万の人たちが心静かにトランプ新大統領を愛を持って祈るのです。
そうすれば、その祈りは必ず天に届きます。
祈りが天に届くのであれば、その祈りはきかれトランプ大統領に様々な現象が現れよい方に導かれて行くのです。
そうであるなら、黙っていてもアメリカは(世界は)正しい方に進んで行きます。
では、それをされてはどうでしょう。そのキリストの言葉に従うことこそ正しいやり方であるからです。
世界の人たちは、そのような祈りの効果を知りません。だからデモなど(間違った行いを)してしまうのです。
祈りよりもデモの方が効果があると思ってです。
しかし、それは違います。デモなどするより祈りの方がはるかに効果があるのです。
多くの人は間違った祈り方をしているからきかれないのであり、正しい祈り方をするのなら、その祈りは必ず天にきいてもらえるのです。
そうして、その祈りがきかれるのなら様々な奇跡が現れ、多くの人が正しい方に導かれて行きます。
その祈りの導きにこの世の地位も名誉も関係ないのです。誰にでも公平に作用するのです。(だからデモなどするより、祈りの方がはるかに効果があると私はいっているのです。地位も名誉も関係なく正しく作用するからです)
では、これだけ効果のある行いもないということになります。その効果があることがキリストがいわれたこと(汝の敵を愛し、責め憎む者のために祈れ)の正しさを物語っているのです。
実際に、この辺りは、私の祈りで悪いことばかり起きていると、多くの人が信じているのです。
私が祈っていると、すごい顔をして私の方を見ている人たちがたくさんいるからです。
少しこの辺りの人たちは過剰反応しすぎではありますが、しかし、祈りがきかれているということは分かるようです。
祈っているとギョとした顔で見ていたり、悪いことをすべて私のせいにしている人が多いことが、その何よりの証拠なのですが、この法を知るなら無神論の日本人でさえ、祈りがきかれるということが理解できるのです。(凄いでしょう。神など全然信じていなかった人たちが祈りの効果を信じてしまうのですから)
では、アメリカやヨーロッパの神を信じている人たちがこの法を知るなら、どれだけ多くの人が正しい祈りを理解されるか分かりません。
そうであるなら、それだけでも世界の趨勢(すうせい)が変わるのです。
そうではないでしょうか。もし、世界の多くの人がすでに法を知っているのなら、今回デモに参加しているこの二百五十万の人たちはデモなどせず、心静かに祈ったはずです。
多くの人が心静かに祈るだけなら世界各地でこれほどの騒ぎにはなりませんし、そのような正しい祈りは必ずきかれます。
祈りがきかれるのであれば、トランプ大統領もそうは間違ったこと(政治)は行えなくなりますし、もし、あまりに間違った政治を行うようなら天がトランプ大統領を大統領でなくさせるのです。(様々な方法でです。弾劾裁判など起こされ大統領をやめさせられるかもしれないし、病気やけがなどして大統領をやめざるをえなくなるかもしれない、そのようないろいろな順序がついてくるということです)
そうなれば世界の人々の不安もなくなりますし、世界もよい方に進んで行くということになります。
これはトランプ大統領が間違ったことをすると仮定して書いていますが、この法が世界に拡がるなら、このようなことも起きるということです。
別にトランプ大統領が正しいのであれば、それだけ多くの人が祈るのであれば大きな奇跡が起きるのです。
正しい祈りをして悪いことなど一つもありません。
ですから、すぐにでもこの法を世界の人に伝えねばいけないのです。それだけ世界の人が必要としているのが、このような本当の神の教えであるからです。
この法が世界に拡がることの大事さが少しはお分かりいただけるでしょうか。
その世界が一変に変わるほどの教えが日本には存在しているということです。
それなのに、それが分かっている人が動こうともしない、そのような態度だけでも十分不敬ですが、それどころか、この教えを敵視して潰そうとしている人たちまでいるというのですから、そういう人たちは悪魔に憑かれているといっても間違いではないでしょう。
この教えが世界に拡がれば世界が変わる(もちろんよい方にです)そのような教えを潰そうとするなど、もはや悪魔でしかないからです。
そんなことをしていてよいことが起きるわけがありません。
だから悪いことが起きているのだし、また、ただこのブログを読んでいるだけの人たちも、いつまでも自分の小さな殻の中に閉じ困っていてはいけないでしょう。
その殻を破り、この教えを世界に伝えようとする気概のある人がたくさん出て来ない限り、日本の災いは続くからです。
日本はこの本当の神の教えを世界に伝えなくてはいけない大きな使命があるからです。
世界中の人がこの教えを持っています。
自分たちの(法を知っている人たちの)使命の大きさを早く自覚してください。
その使命を自覚し、法を世界に拡めない限り、世界は平和にならないからです。
追伸…大相撲は稀勢の里が優勝しましたね。
場所中に何か稀勢の里のことを書くと必ず負けますので(苦笑)今場所が終わるまでは相撲のことは書かないことにしようと思っていましたが、昨日稀勢の里が優勝を決めましたので書くことにします。
今日勝てば横綱という目も出てくるのかもしれませんが、今日白鵬に負けて、今回の優勝だけで横綱というのは早計でしょう。
去年、最多勝であった力士とはいえ、あの肝心なところの勝負弱さは誰もが知っているからです。(もう何回がっくりきたか分からないくらいです)
横綱が肝心なところで負けているようでは真の横綱とはいえないでしょう。肝心なところで勝ちきるのが真の横綱であるからです。
今日、白鵬に勝つなら少しは勝負弱さも克服できた、これなら強い横綱になれると思う人も出て来るのでしょうが、今日負けるようなら、今場所はたまたま運がよかっただけということになり(終盤で豪栄道との取り組みが休場になったりもしましたから)仮に今回の優勝で横綱になることになっても、真の横綱と思える人も少ないでしょう。
少なくとも今日の白鵬との取り組みでまず白鵬に勝ちきらないと横綱になる資格はないはずです。
そういう意味では優勝が決まったとはいえ、今日の取り組みはまた楽しみです。
しかし、最近の大相撲はこのような楽しみな取り組みが増えました。(何せ、大関以下の力士で強い力士が何人も出てきましたから)
それがまた相撲人気が復活した理由なのでしょうが、しかし、力士たちは体の強さだけではなく、心の強さ、そうして行い、そのようなところもまたよいアピールをしていただきたいものです。
日本の国技である大相撲は、それだけ多くの日本の人々が注目していることであるからです。



人目の訪問者です。

昨夜の大河ドラマでは、幼少期の直虎である「おとわ」が、奇跡的に今川の人質になるのかという時、解放されたというストーリーでした。蹴鞠をしていたて嫡男に勝ち褒美を受け取った、その姿には這いつくばってがむしゃらなまでの姿に視聴者も感動したのではないでしょうか。でも私は少し違って、おとわを取り巻く大人達の功績とおとわ自身の素直な心が奇跡的なことを起こしたとみます。それは前回自分の親に向かい「阿呆」といい放った時には親を見下したと思ったのでしたが、取り巻く大人達が動いたのは自分の親を見下さず尊敬の心があったからこそ取り巻く大人達へも素直に心を開いた結果のことだと思いました。自分が産まれ最初に接する大人こそが父であり母なのである。だからこそ親とのつながりは要ではないのでしょうか。
そうですね。そのような心が大事なのです。