2月 07 2017
奇跡を起こすには
昨日、庄内川に行ったんですが、その帰り、あちこちにずいぶん人がいました。(そういえば行きにも出てきている人が多かったです。いつもはほとんどいないのにです)
最近、庄内川の帰りに中学生などまず見なかったのに、昨日は集団でいましたからね。驚きました。(下校途中のようでした)
どうしたんでしょう、急に?
どうせ私のブログを読んで、これまで私を避けていたのに(災いばかりが起きるからです)奇跡が起きるといいとでも思って出て来たんでしょうが(他の人たちもそんな感じでした。こっちを意識している人が多かったようですから)しかし、私のブログを読むなら読むでもっとしっかり読んでほしいものです。
ただ出てくればいいというものではないからです。(しかし、もし、あの出てきている人たちが私のブログを読んでいるのだとしたら、ずいぶん心が救われているはずですが、それなのに凄いですね、皆さん。私に感謝一つしません。何が驚きって、それが一番の驚きですね。〔苦笑〕)
私の近くに寄ってくるだけで、それで奇跡が起きるのなら、私の母はとっくに奇跡が起きています。
しかし、母に私と同じ奇跡は起きていません。
なぜでしょうか?
それは心が変わらないからです。
心を変えないと奇跡は起きないのです。
昨日の中学生など、帰りに会ったのはいいが、誰一人、私に謝ろうとする者はいませんでした。
あれだけ嫌がらせしていたのにです。(あの庄内川の辺りの中学生にもよく嫌がらせされましたから)
それを忘れたかのようにケラケラ笑いながら歩いていて、まだ私に嫌がらせして来る者までいます。
それでは寄ってこない方がよいでしょう。それでは奇跡どころか災いしか起きないからです。
もし、自分に奇跡を起こしたいのであれば、まず、そのような不遜で傲慢な態度から改めないといけないのです。
自分が悪かったとこれまでの行いを反省し、生意気な態度を取ったことを詫び、そうして「どうやったら救われるのですか?」と辞を低くしてききに来ないといけない、まずそのような筋を通さないと奇跡が起きる順序は得られないのです。
そういうところを適当にごまかして奇跡を得ようとしたところで、人としての筋も通さずにいて奇跡が現れるはずがないのです。
奇跡は私が起こすわけではないからです。すべて神が(天が)起こしてくださるからです。(そうであるなら当然筋はきちっと通さないといけないでしょう。筋を通さないで神の力が通るわけがないからです)
それが出来ないというのであれば寄ってこない方が(出て来ない方が)いいでしょう。状況は何も変わっていないからです。(それは中学生だけではなくすべての人にいえることです。先ほども書きましたが、この辺りで私によいことをした人は一人もいません。〔私に心は救われている人たちばかりなのにです〕しかし、悪いことをした人はごまんといるのです。それをまず反省しないといけない。奇跡はそれからです)
どちらにしても、不遜で傲慢な心のままでは奇跡は起きません。
奇跡は謙虚で素直な心がないと起きないからです。そのような心のかけらもないのであれば逆立ちしても奇跡は起きないのです。
だからこのブログを読んでいて奇跡が起きないという人は、そういうところ(不遜で傲慢な心)が多々あるということです。(どれだけ可愛らしい顔をしていてもです。〔笑〕顔と心は違うということです。〔苦笑〕)
だから奇跡が起きないのです。
まして、このブログを読んでいて災いが起きる人など最悪です。もうそのような人たちは、不遜と傲慢の塊といっても過言ではないでしょう。(人は愛と慈悲の塊にならなければいけないのにです。真逆ですね。〔苦笑〕)
まず、そういう心を反省されませんか?
そうすれば奇跡は誰にでも起きることだからです。
追伸…千代田区長選挙で自民党の推薦候補がボロ負けしましたね。
これで都知事の勢いはさらに増し、次の都議選で(都知事の候補が)バカ勝ちするようなら、その次に来る衆院選も自民党はやばいのではないでしょうか。
その都知事が衆院選まで乗り込んでくるかもしれないからです。(うちの市長さんも、それをにらんで次の市長選に出るのかどうか口を濁していますから……ただ、うちの市長さん、都知事にあまり相手にされていないのが残念です。〔苦笑〕)
しかし、いくら都知事の人気が凄いとはいえ、あまりに負けすぎていませんか?あの自民推薦候補がです。
しかもこの候補、えらい元自民党議員の先生の甥かなんかですよね。それなのにひどい負けようです。(何せ、票差が三倍以上ですから)
しかし、この自民党の推薦した候補が都知事が応援した候補に三倍以上の票の差がついたということはともかくです。
無所属の無名の候補との票差が千票もなかったというのはどういうことでしょう。(自民推薦候補が約四千七百票、無名の無所属候補が約三千九百票です)
この候補に、あれだけ自民党のえらい先生方が応援に駆け付けていたにもかかわらずです。(ずいぶん自民党の有名な先生方が応援演説をしていたではないですか。よくニュースで流れていました)
これでは自民党が応援してもしなくても同じであったということになります。だって、それくらいの票であるなら、自分のおじである元自民党議員の先生の名前だけでも十分取れる票であるからです。
つまり、今回の千代田区長選挙は自民党のブランド(神通力)が全然きかなかったということになります。
こちらの方がよほど深刻なのではないですか?
もしかしたら自民党の人気にかげりがみえているのかもしれないからです。(これ千代田区だけの問題でしょうか?)
都知事の人気を危ぶむよりも、この自民党の何か分からない人気のなさを恐れた方がいいのではないでしょうか。
今回の自民党の不人気が国政選挙にまで及べば、今度は衆院選挙で自民党がボロ負けするということもなきにしもあらずだからです。(支持率だけでは分かりませんよ。今回だけは自民に入れないなどよくある話ですから。何せ、小選挙区制は怖いですから)
なぜでしょう。なぜ今回の千代田区長選挙は自民党の神通力が全然きかなかったのでしょう?
自民党の神通力がきかなかったということは、それは神が自民党にソッポを向いたということになります。
自民党は(数にまかせ)あまりにおかしな法案を通しすぎましたね。(驕る平家〔自民〕は久しからずですね。〔苦笑〕)
だから私はいったのです。
「カジノ法案」など通さない方がいいとです。



人目の訪問者です。

今夜は三河と遠州の歴史をPCで見ていました。そこで気になった記事があったので紹介します。「戦後の日本は宗教と政治はタブーと知を知る人が率先して関わりを避けてきたが本当にそれで良いのだろうか?親が子に、社会が伝統を重んじる、その語り継ぐ文化に宗教があり、それが高い道徳、倫理観をもたらす事があると思う教育だけで高い倫理観・道徳は身に付かないということを考えなければならない。我々の先祖は多様な信仰活動を心のよりどころとして頑張り、世界でも稀にみる日本国の経済的・文化的な成長をとげたのである」
以上がその内容です。もとは二宮尊徳の報徳運動がこの三河遠州の広がったところから続く記事の1つですが、人としてあるべき姿を教えてもらっているような気がしましたので書きました。
そうですね。学校で道徳の授業だけではなく、宗教の授業も始まるといいですね。
そうすればもっと愛深い子もたくさん出てくると思うからです。